89話「新都綾」
「ん……ここは」
俺が意識を取り戻したのは、真っ白な天井が見えるベッドの上だった。
少し見覚えのあるここは……。
「おう、目覚めたか。具合はどうだ?」
「風間さん……」
「自分もいるッスよセンパイ。心配したんッスからね〜!」
ひょこりと風間さんの隣から顔を出すのはロールだ。どうやら俺は保健室に運び込まれたらしい。
そうだ、舞は。
俺は視線を右往左往させて舞の姿を探した。しかし、彼女の姿はどこにもない。
「ああ、マイちゃんはその……」
「どうしたんだロール、浮かない顔して……まさか」
嫌な想像が頭を過ぎる。致命傷じゃなかったはずだけど、万が一ということもありえた。頭にある最悪の想像を振り払いつつ、俺はロールと風間さんの次の言葉を待った。
「命に別状はない。今のところね。ただし、一つ困ったことがあってね」
「屋流……先生」
保健室のカーテンを捲り、煙草を咥えた屋流が淡々とそう話した。あの狐面相手に居残っていた屋流が無事に帰ってきてくれたことは嬉しい。けれど今は舞の容態の方が気になった。
「あの狐面の力だと思うんだけど、舞ちゃんが目を覚さなくてね。怪我も酷いんだけど、今のままだとそれの回復もままならない」
「狐面……」
「五大獣だって自分のことを言ってったッスね……めっちゃ強かったッス」
「ああ、でも舞が負けたのは……」
多分、俺がいたからだ。
いつまでも舞に守られてばかりの俺がいたから、彼女は不覚を取ってしまった。それくらいは分かる。
「これ、舞ちゃんから。君に預かっていて欲しいんだって」
「斬想刀……俺が持ってていいんですか?」
「うん、持ち主たっての希望だしね。ボクが持つより舞ちゃんも安心だろうさ」
相変わらず死んだ魚のような目を俺に向けて、屋流は頷いた。
舞がそれを望んだというのなら……屋流から斬想刀を受け取って俺はベッドから身体を起こす。
「今日はもう遅い。舞ちゃんのお見舞いにも行きたいだろうけど、明日にしよう。ボクも一緒に行くからさ」
「分かりました」
「じゃあ、ボクと迅ちゃんは龍宮寺さんに話を通しておかないとだから。これでね」
「気を落とすなよ日々君。君のせいじゃない」
「はい、ありがとうございます……」
保健室から出ていく大人二人の背中を見送って、俺は大きくため息を吐いた。
「なぁロール……やっぱり俺たちも強くならないとな」
「そうッスねぇ。まぁ今日のところは家に帰って休むッスよ。難しいことは明日考えるッス!」
「そうだな」
ロールに元気を分けて貰って、俺たちは保健室を後にした。自分の無力さを痛感しながら。
◆
翌日、俺たちは屋流と一緒に舞のお見舞いに向かった。
痛ましい姿の彼女は身体の至るところに包帯を巻かれている。屋流が言っていた通り、意識はないようだった。
「命に別状はないんですよね?」
「ああ、今のところはね。でも、あの狐面次第というところかな……」
「あいつか」
自らを五大獣と名乗る怪しい男。舞が目を覚さない理由があいつにあるというなら、あいつの匙加減ひとつで舞の容態が急変する可能性だってあるということだ。
結局、舞の命を握られていることに変わりはない。
斬想刀を握る手に自然と力がこもる。
「舞を助けるためには、あの狐面を倒すしかない……ということですか?」
「ああ、そうなるね。ただ相手は五大獣だ。一筋縄でいかない所じゃないだろうね」
五大獣。メアリー・スーや吸血鬼みたいな怪物中の怪物。俺一人でどうにかできるわけもない。
「ボクも時間稼ぎで戦ったから分かるけれど、あれは強い。舞ちゃんが動けない今、勝機があるとすれば……」
屋流がチラりと斬想刀に視線を向けた。この刀を上手く当てることができればいくら相手が怪物でも勝機があるというわけか……。
「屋流先生が斬想刀を使いますか?」
「まさか。舞ちゃんは日々君に持ってて欲しいみたいだよ?」
「……でも」
俺じゃ、これを使えない。
宝の持ち腐れだ。唯一の勝機を俺が握っているというのも……荷が重い所の話じゃなかった。
「でもも、だっても苦情は舞ちゃんに言ってね。さてと、じゃあボクは情報を集めてくるよ。何か分かったら連絡するからさ」
「分かりました……」
なんて言葉を残して、屋流は病室の窓から飛び出していった。
「……ここ、五階なんだけど」
気ままな屋流を見送って俺はこれからの行動を考える。
とにかく、やることもやりたいこともないのでロールに話を聞いてみることにした。
「ロールは何かやりたいこととかあるか?」
「あ、自分行きたい場所があるッス!」
「じゃあ、そこに行こうか。どこなんだ?」
「んーと……!」
◆
「それで来たのがレンタルビデオショップか……」
「だってー、センパイの家にないんすもん。勇者アルトルムの続きがー!」
「あのなぁ、状況を分かってるのか? そんなことしてる場合じゃ……」
「とは言っても、自分夜めーっちゃ暇なんッスよ? 配慮が必要ッス!」
「はいはい、分かったよ。一通り借りるか……」
「やったーッス!」
幽霊は眠ることができないらしい。そんなロールのためにと、俺は家にあった勇者アルトルムという作品を見せていたんだけど……。眠れない幽霊の消費力を舐めてた。
今はそんなことをしている暇じゃないと思いつつ、ロールがこれ以上煩くなるのも勘弁して欲しいので、彼女の望み通りDVDを借りるとしよう。
「えーっと、アニメはどこだったかな」
「センパイー……。アルトルムの作者さんってどんな人でしたっけ?」
「新都アヤ先生か? なんで今そんなこと聞くんだ?」
陳列棚からお目当てのものを探して、俺はロールに言葉を返す。取り敢えず、新章の一巻から十巻くらいまでを借りておくか……。
「長ーい金髪に、探偵帽みたいな人ッスか?」
「詳しいじゃないか、どこで知ったんだ? そんな情報」
「いや、そこにいるッス」
「は?」
ロールの言葉に釣られるように、俺は彼女が指差す方向へ視線を向けた。
まさか、そんな訳……と思いつつ見てみれば。
「ほ、本物だ……」
「ええー! そうなんッスか! 自分サイン貰ってくるッス!」
「おい、ちょっと待てって第一ロールのこと見え……行っちゃった……」
普通の人は幽霊であるロールを見ることはできないというのに……。
多分あの人は本物の新都アヤだと思うんだけど、どうして本物がこんなところにいるんだ。美人すぎる漫画家か何かとして、メディア露出も多いような有名人なのに。
「サインくださいッス〜!」
「ん、私のファンかな……浮いてるね、君」
「……!」
ロールが無視されると思い込んでいた俺は、新都さんの言葉に思わず二度見してしまった。物珍しそうにロールをまじまじと眺める新都さん。間違いない、彼女はロールが見えている。
「ろ、ロールが見えるんですか!?」
「ん、君もファンかい? ロールというのはこの浮遊してる? ああ、見えるとも!」
「え」
驚き固まる俺。
いや、屋流や風間さんみたいにロールが見える人は稀にいる。でも、まさかあの有名人が見える人だったなんて思わなかった。
「どうした大将、さっさといこーぜ」
「あーっ!」
新都さんの背後から姿を見せた“彼”を見て、俺とロールは揃って声を上げてしまった。
だって、そこにいたのは……俺とロールが今まさに借りようとしていたDVDの主人公。勇者アルトルムだったのだから。




