84話「呼び方」
入道雲が立ちこめる昼の空。
その下で俺は走っていた。こんな夏に全力疾走である。
「センパイ、もっと速く走らないと追いつかれるッスよ~」
「走ってるこっちの身にもなってくれよ!」
息も絶え絶えで俺はロールに反論する。
彼女は呑気だが、俺は全然呑気じゃない。呑気でいられるわけがない。
チラッと後ろを確認すれば、三匹のイタチが俺を追いかけていた。あれはカマイタチ、妖怪だ。
そんな妖怪を討伐するために俺は駆り出されたわけで、今は必死に逃げている。
つまり囮になって指定の場所に連れて行く。それが俺の今の役目。
逃げるだけの簡単なお仕事だと最初は思っていたが……これがまぁ辛い!
「目的地まで後どれくらいだ?」
「うーん、あと百メートルくらい?」
くらい!?
まぁ精密な地図をロールが持っているわけではないし、しっかりと残り距離を予測できる方が不思議なんだけど……。
どんどん頭は酸欠になっていく。走るのってこんなに辛いことだっけ?
なんてよく分からない疑問が浮かんできた。
閑静な住宅街を、こんなに走っている人間は俺しかいないだろうな。
オーバーヒート気味の身体に鞭打って、俺はラストスパートをかける。
「よし、見えた!」
遠くにぼんやりと、刀を振るう舞の姿が見えた。でっかい壁みたいな怪物を一刀両断しているが……あれはぬりかべって奴だろうか。
もう俺の背後すれすれまで来ているカマイタチが、その鋭利な両腕を振り上げる。同時に俺の身体を嫌な浮遊感が襲った。
確か、カマイタチは一匹目で相手を転がして、二匹目で……。
「ロール、頼んだ!」
「はいッス!」
完全に転びきる前に、ロールが俺の身体に入り込むことで俺は幽体になった。
転ばないし、二匹目の斬撃だってすり抜ける。何が起きたか分からないのか、イタチたちはお互いの顔を見合わせて首を傾げた。
「これがホントの幽体離脱だな!」
「センパイ……面白くないッス」
ロールの冷静な突っ込みが俺の心に突き刺さる。
悪かったな、面白くなくて! と、悪態を吐いてみれば……。
「上手いこと言うね」
的確な刀捌きでカマイタチを斬り捨てた舞がそう言ってくれた。
ほら、分かる人には分かるって奴なんだよ。俺のセンスっていうのはさ。なんて思いつつ、俺は舞を見る。
「これで全部ッスかね」
「イタッ」
ロールが勝手に俺から離れるものだから、転びかけていた俺はしっかりと転んでしまう。
あっ、みたいな声と共にロールが俺を見下して、てへへと舌を出した。可愛くしたって、無駄だからな……。というジト目と共に俺は立ち上がる。
「ああ。これで全部だろう」
「にしても、今日は数が多かったな」
夏祭りから一日、昨日の今日でこんなにたくさんの想造獣をお目にかかるとは思わなかった。
カマイタチ、ぬりかべ、他にも色々な想造獣が一カ所に出現するなんて……。しかも、それら全てが妖怪なのも気になる。
「これも五大獣と関係があるんッスかねぇ?」
「……恐らくそうだろうね」
顎に手を当てて浮遊するロールに、舞が頷く。
五大獣も活発に動き始めたということなんだろうか。だとすれば……それだけロールの手がかりを掴むチャンスが増えるということでもあった。
俺は地面に散らばった結晶を拾い上げて集める。
屋流はこれを集めて一体何をするつもりなのだろうか……。鑑賞用なんて、絶対嘘だ。
そう考えていると、舞の懐から電子音が鳴り響いた。電話だ。
「少し電話に出るよ」
俺たちに背を向けて、舞は電話を耳に当てた。
相手は多分龍宮寺だ。ロールと顔を見合わせて、俺は様子を窺う。
「はい。はい。分かりました」
そのやり取りは以前と変わらない。
でも舞の声は全く違っていた。俺たちと話す時と変わらない、いつもの声色。安心したし、嬉しかった。
「ええ、今は二人と。分かりました、伝えておきます。はい、ではまた……龍宮寺さん」
その龍宮寺さんという呼び方に、もう前ほどの暗い意味は込められていなかった。それどころか、そこに込められているのはきっと明るい意味。
電話を懐に戻して、振り返った舞の表情だってずっと明るいものだった。
「なんて言ってたッスか?」
「うん、これからも藤坂舞のことを頼むだって」
「なるほど~! 任してくださいッス!」
俺も頷いて肯定した。
道のりはまだまだ険しいものだが、俺たち三人ならきっと乗り越えられるだろう。
照りつける巨大な太陽の下、屋流の店を目指して俺たちは歩き続けた。
第1.5章 公王町事件簿<了>
また、区切りまでようこそ!
楽しんで頂けましたでしょうか? 第二章はただいま書き溜め中です! 12月の公開を目処に、励んでおりますので、しばらくお待ちください。




