80話「おはよう」
爆発が起きた。
凄まじい衝撃と、爆風が吹き荒れた。
俺たちとメアリー・スーの戦いは混沌を極めていた。未だ俺は突破口を見つけられていないが、それでも分かったことがある。
ロールの力を借りて幽体になった際には、いくつかの特性があると。
まず、空を飛ぶことができる。まだこれは俺自身が使い熟すことができていない。二つ目に身体が透けること。これが何よりも重要だ。
建物や地面、壁、障害物をすり抜けることは龍宮寺との戦いで確認済みだったが……。それ以外のものも幽体となればすり抜けるらしい。具体的にはメアリー・スーの攻撃もすり抜けた。
つまり、俺たちは幽体と割と無敵。
もしかして、これって強い?
なんて思い始めたところで、メアリー・スーが爆発を起こした。
「この爆発でも無事なのね。私一人じゃ貴方たちをどうにかすることは難しいみたい」
バラバラに砕け散った屋台と地面の中央に降りたってつまらなさそうにメアリー・スーは地面を蹴る。
どうやら、メアリー・スー単体では幽体に対する攻撃手段を有していないようだった。
「つまり、自分たちが超有利ってことッスね」
ロールの声が頭の中に響いた。
この自分の考えが全部筒抜けなのにはまだ慣れないけれど……。幽体というのは、そう悪くない。
「一心同体って感じがしてよくないッスか?」
「にしては、ロールの心の中は聞こえないんだから不公平だよな」
「むむぅ、確かにそれはそうッスね」
不満なのはその一点だけだ。
別にロールの心の中を読ませてくれと思っているわけじゃない。(どうせろくでもないことばかり考えているだろうし)ただ、俺の心の中も読まれないようになればいいのになと思っただけだ。
「私は無視するの? 意地悪な貴方、悲しい私?」
頭の中で会話していると、メアリー・スーが不満げに頬を膨らませた。そういう動作はどこまでも子供らしいのに、どうしてこんな事態を引き起こしているのだろうか。
それはやっぱり、彼女にも相応の理由があるのだろう。だけど、どんな理由があろうとも、夏祭りに来ている人を巻き込んでしまうのは見過ごせない。
「どうせ、こんなことやめてくれって言っても聞いてくれないだろ?」
「それはどうかしら。誰も彼もが私を見てくれるなら、私を追いかけてくれるのなら、やめるのも吝かではないのだけれど」
そういうわけでもないでしょう、とメアリー・スーは首を傾げた。
俺は首を縦に振る。
どんな人でも、どんなことでも誰彼からも好かれたり、追いかけられることなんてこの世にはないんだ。
「だから私はこうするの。万人に好かれることはないけれど、その逆は悲しいことに真なのだから。じゃあ、そうなれば、誰が私を見てくれるの? 誰が私を愛してくれるの?」
「……こんなことするから、余計に嫌われるんッスよ」
頭の中でロールの真剣な声が聞こえた。
いつものロールにしては手厳しい、怒りが多く含まれたそれ。今までのメアリー・スーの行いを見て、憤っているのだろう。
龍宮寺といい、メアリー・スーといい、あのロールをここまで怒らせるのだから凄いことだ。
「龍宮寺は例外ね。あの人はとっても私に素直なの。私のためなら、どんなことでもしてみせるとまで豪語したわ」
胸に両手を当てて、メアリー・スーは嬉しそうに頷いた。
龍宮寺とメアリー・スーがそこまで仲がいいようには見えない。俺たちの知らないところでそんなやり取りがあったのだろうか?
「それと、あの人も私に向かって一直線。恐ろしい人たちだけど、それだけで私が愛するに事足りる」
瞼を閉じて、メアリー・スーは声を弾ませた。
あの人は誰か分からない。メアリー・スーが惚れ込む人間が他にもいるという事実が、後に活かされるかもしれない。そう思って、記憶の片隅に置いておく。
最も、今大事なのはメアリー・スーをどうやって退けるかだ。彼女をどうにかしないと、この世界からの脱出だってできないだろう。
「貴方たちは龍宮寺に絶対勝てないのだから、ここで諦めておいた方が身のためよ? 私と遊び続けて時間を浪費して、その先には破滅しか待ってないのだから」
跪くクマの手に座り込んで、メアリー・スーは肩を竦めてそう言った。
俺たちとメアリー・スーの戦いは平行線をたどっている。お互いに決定打どころか有効な攻撃の一つもない。
だからメアリー・スーが出した答えはこうだ。もう無駄に戦わずに龍宮寺の決着を待って、その後に龍宮寺に仕留めて貰えばいいということ。
それは合理的な判断だ。
だけど……。
「龍宮寺は舞がどうにかしてくれると思うけどな」
「本当に? そんなわけ――」
くすりと笑って俺に反論しようと口を開いた瞬間。
メアリー・スーが余所を見た。その方角は、舞と龍宮寺が向かって言った方角。
何かあったに違いない。
「嘘……そんな!」
立ち上がったメアリー・スーはわなわなと震えて口を覆った。衝撃的な出来事が起きたらしい。
あの驚きようから察するに……多分、舞が龍宮寺をどうにかしてくれたのだろう。彼女の勝利を確信して、俺は胸を一撫でした。
「どうして貴方も自分から私を手放すの? どうしていつも私は負けるの……? 正義は必ず勝つというけれど、それじゃあ私が悪い子みたいじゃない!」
メアリー・スーは地団駄を踏んだ。
俺はただその様子を眺めている。俺たちの敵である少女だが、少し哀れだと思ってしまう。一体彼女は何にそこまで執着しているのだろう。
舞の件、今回の件もあって、俺は彼女に寄り添えない。徹底的に、敵となってしまったから。
でも、こんなに可憐な少女がここまで必死になって追いすがっている何かは知るべきだと思った。
「みたいじゃないッス。悪い子ッスよ、メアリー・スーは」
「え……」
俺の身体から抜け出して、ロールが直接メアリー・スーに言葉の剣を向けた。
ロールを見る少女の瞳の赤は、酷く褪せている。
「いや、違うでしょう。だって私は、悪いことをしようと思ってたわけじゃ……。そう、そうよ! 私は、みんなのためを思ってね? やったわけで……」
「……悪気がなかったら、こんなことしていいと思ってるんッスか? 人の気持ちを弄んで、トラウマをほじくり返して、トラウマを突っついて、多くの人を巻き込んで……自分勝手が過ぎるッスよ」
「違う、違う、違う! 違うわよね! ミスター・トレック!」
両手で頭を抑えたメアリー・スーは、側にいるクマのぬいぐるみに同意を求めた。けれど、その返事はない。
それどころか、さっきまではあんなにも大きかったぬいぐるみが、どんどんと小さくなっていく。果てにはただのぬいぐるみに逆戻り。
「なんで、どうして……ミスター・トレック! なんで、私を置いていくの……。そうだわ、貴方なら、きっと私を守ってくれるわよね? 冷たい雨からいつも守ってくれる貴方なら! そうでしょう、ミスター・アンブレラ!」
今度は浮遊していた傘に縋り付く。だけど、当然のように傘もただの傘に戻って地面に落ちる。
ことん、という無機質な音だけがメアリー・スーに返事をしていた。
「え……え……?」
ふらり、ふらりとメアリー・スーは後退りする。
狂った屋台はどんどんと崩れ落ち、夜空の様相も元へ戻っていく。
悪夢から目覚めるように、何もかもが元通りになりかけていた。
「これは……?」
「ここはメアリー・スーの精神世界みたいなものッス。だとすれば、本人の精神状況がダイレクトに影響してるッス」
「つまり、龍宮寺を倒されたことで戦意を喪失しているっていうことか?」
ロールは頷いた。
今まであんなにも余裕綽々だったメアリー・スーが狼狽えているのだから、龍宮寺の敗北は本当に予想外だったのだろう。
あんなに強力な味方がいるのだから、それを失った時のショックは計り知れない……か。
「私は夢の現し身で、理想の化身で、メアリー・スーなのに! どうしてこんな目に遭わないといけないの? 本当なら、みんなが私を見てくれて、いないもの扱いなんてしなくて! 求めて、追いかけてくれるのが普通なのに!」
メアリー・スーが叫んだ。
子供の駄々じみたそれは、最早いつものような詩やポエムではなく。ただ純真にメアリー・スーの本音。
「今のアンタは夢の現し身だとか、理想の化身じゃなくて……ただの悪夢ッスよ。メアリー・スー……」
「違う、私は……私は……私は!」
その一言がトドメとなった。
世界の崩壊はさらに加速していき、メアリー・スーはうわごとを繰り返すのみ。
「じゃあ私は一体……何なの?」
夢の世界が崩れると同時にメアリー・スーが放った一言が。いやに印象的だった。




