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想造獣  作者: 雨有 数
第1.5章 公王町事件簿
79/91

79話「親子の形、決着」

 私は駆ける。

 龍宮寺さんの背を追って、私は必死で足を動かした。地面を蹴り、時に屋台を登り、時に壁を蹴って。


 最適なペース配分と身体運びを常に思考する。

 少しでも無駄な動きをしてしまえば最後、私と龍宮寺さんの距離は絶望的に離れていってしまう。


「もういいでしょう」


 私は声を出した。

 龍宮寺さんに語りかける。追いかけっこは終わりだ。

 これ以上逃げても意味がないことは龍宮寺さんにも伝わったはず。今ここで、私たちは向き合わないといけないということも。


「……」


 動きを止めて、龍宮寺さんはゆっくりとこちらを見た。

 目が合った瞬間、心臓が掴まれるような圧が私を襲う。屈してしまいたくなるほどの、冷たい眼差し。

 だけど、ここで折れるわけにはいかなかった。


 私も足を止めて、斬想刀の柄に手を添える。小さく、息を吐いた。

 早まる心臓をなんとか留める。私のもっと奥の方、本能が龍宮寺さんとの戦いを嫌がっていた。


「……藤坂舞、分かっているぞ。本当は儂と戦いたくないのだろう。それもそうだ。主が儂に勝てるはずがないのだから。いや、たとえ藤坂舞であろうとも、人が儂に勝てるわけがないのだ」


 鱗の一枚一枚が翡翠じみた輝きを放つ。その長い身体に黒雲がかかる。

 迸る雷が一層、龍宮寺さんの恐ろしい姿を飾り立てていた。

 これが龍宮寺一……。龍神であり、守護神。


 勝てるのか? 戦えるのか?

 そんな問いかけが私の中から湧き上がる。答えは分からない。

 でも、それは悪い意味での分からないじゃない。


「やってみないと……分かりません」


 柄を握って、姿勢を落として私は構えた。

 私の返答を聞いて、龍宮寺さんはすぅーっと目を細める。どうやら、その言葉がお気に召さなかったらしい。


「分かりきっておるわ」


 その言葉が吐き出された次には、龍宮寺さんが尾を振るった。

 横に一閃。

 刹那、尾から風の刃が放たれ私に降りかかる。合わせて、一歩踏み出すと同時に抜刀。居合い斬りをもって、私は風の刃を断ち切った。


 次いで身体を半歩ずらす。

 紙一重で炎が通過。回避先にも置かれた炎を飛び越えて私は前を見据える。


 龍宮寺さんは依然として夜空に君臨していた。

 予想通り直接対峙は避けている……。あの人も想造獣だ。故に斬想刀は唯一と言っていい天敵。

 いくら堅い鱗と、圧倒的な力を持つ龍宮寺さんだってこの刀には斬られてしまう。それを握っている私だが、さほど有利ではない。


 斬想刀があるからなんとか戦えている。戦いになっている。

 いくら斬想刀が天敵とはいえ弱点がないわけじゃない。その内の一つが間合いである。強力な攻撃であろうと、当たらなければ意味がない。


 刀の間合いは限られているし、私の間合いだって限られている。

 今の状況は私の弱味が如実に表れている。遠距離攻撃に徹せられては反撃をしようにも刀が届かない。走って行こうにも空中に居座られては私が届かない。


 私との戦い方を熟知している。……厄介だ。


「動きが硬いな。緊張でもしているのか?」

「ええ、少し。思えば、こうして向き合うのは初めてなのではないでしょうか」


 視界が炎で覆われる。ならば裂く。

 地面を踏み締め、進む。


「何度も儂が稽古をつけてやっただろう。その度に主を負かしたぞ?」

「いえ、そうではなく」


 風が吹きすさぶ。ならばいなす。

 滑り込み、加速する。


「ならば何を申す」

「本音で語り合うのが、鉄の仮面ではなく……藤坂舞として貴方の前に立つのが」


 雷鳴轟く。ならば斬る。

 そのまま龍宮寺さんの真下に潜り込む。


「ぶつけてみませんか。お互いの本音を」


 思えば、私はずっと逃げてきた。

 本音をぶつけてしまうと、本心を語ると、この繋がりを失ってしまいそうだったから。でも、それじゃいけないと気がつけた。

 だから私は語りかける。


「何を話すというのだ」

「何でもです。今まで話せなかったことを……。私たちが話そうとしなかったことを!」


 声に力がこもる度に、私の身体にも力が入った。

 より高く、より強く飛翔できる。

 私は飛ぶ。

 空へ行く。

 龍宮寺さんが離れていくのなら。

 私から近づくまで、届かせるまでだ。


「やめろ! 来るなッ!」

「……!」


 風が生まれる。

 思わず吹き飛ばされた。難なく地面に着地することはできたが……距離は広がるばかり。

 やめろ、来るな。

 その言葉が何度も何度も頭に響く。


 疎まれているのか。

 嫌われているのか。

 もう、私たちの縁は切れているのか。

 嫌な考えばかりが頭を過る。それが真実であると心の誰かが告げる。


「私が嫌いですか」

「……そうではない、のだ」

「なら、どうして!」

「……」


 沈黙。言葉の代わりに放たれる炎、風、雷。

 その威力は先程よりも劣っていた。避ける必要すらない、ただ刀を振って胡散させる。


「……どうだってよかろう! そんなこと、主には関係ない!」

「あります。私は龍宮寺さんのことを知りたいんです」

「……突然何を」

「そうですね。突然です。今まで、私は怖かったんです。龍宮寺さんのことを知るのが」


 私は一歩、二歩と踏み出す。

 ゆっくりと龍宮寺さんに歩み寄る。

 怖かった。もしかすると、龍宮寺さんは自分のことを嫌っているんじゃないかと考えたら、それを知るのが。

 疎まれているのかもしれない。嫌われているのかもしれない。憎まれているのかもしれない。


 そんな思いばかりが溢れて、本心を聞くのが怖かった。

 だから向き合えなかった。私の怠慢だ。臆病な私が悪い。


 だから。


「知りたいんです。知らなかった分も、今から」


 そうすれば。


「家族になれると、思うんです。龍宮寺さんは……私のことを家族だなんて思いたくないかもしれませんけれど」

「……家族など必要ない! 友人も! 藤坂舞、主は孤高であるべきなのだ!」

「……どうしてですか?」


 私は孤高であるべき。そう思っていた。少し前まで。

 そうじゃないと、周囲の人間を傷つけてしまうと思っていたからだ。でも、私は孤高じゃなかった。あれは、ただの孤独だった。


 それは嫌だ。

 今だから分かる。孤独は辛い。胸が裂けそうな程に。


「人は、大切な縁が増える度に弱くなるのだ。弱くなれば、主が命を落とすやもしれぬ。そんなことがどうして許されようか!」


 ……そうか。

 本当に、本当に龍宮寺さんは私のためを思ってそう言っているんだ。

 この無茶苦茶な行動も、何もかも。私のためにやっているんだ。

 今、分かった。


「親ってのは、子供のためならどんなことでもする。たとえ、それが疑似的な親子だとしてもね。舞ちゃんは、自分のためにどんな非道をもしてしまう親を好きになれる?」


 先生の言葉が脳内で蘇った。私は……そんな親は嫌いです。

 なんて断言できればどれほど良かったか。嫌いだと思う気持ちもあるけれど、確かに好きもあった。


「親ってのは、子供がどんなことになっても好きなものさ。逆はそうじゃないけどね」


 先生はまた誤った情報を私に流した。

 逆だって、同じじゃないですか。友達を脅かして、自分勝手な理由で多くの人を巻き込んで、それを全て私のためだと言ってのける龍宮寺さん。どうして嫌いになれないんだろう。


「私は弱くなんてなっていませんよ」


 しっかりと、龍宮寺さんを見上げる。

 星が満ちる夜空に浮かぶ龍の姿。かの龍は瞼を閉じて鎮座する。

 私たちの会話は平行線をたどっていた。けれど、少しずつ、本当に少しずつ本音を語り合えている。


 話し合いは無駄ではない。


「二人のお陰で強くなれました。龍宮寺さんが私を強くしてくれたように」

「……」


 ゆっくりと瞼を開けて。

 龍宮寺さんは息を吐く。そして空を一度旋回。

 二度。

 三度。


 繰り返す度にその速度が上昇していく。

 四度を超えた辺りで最高速度に到達しただろうか。そのまま、空で回転を続ければ……。龍宮寺さんから竜巻が放たれた。


 竜巻は真っ直ぐ私に飛びかかる。刀を振り上げ対抗しようとするも……。


「っ」


 身体の重心が風で持って行かれる。

 刀の間合いに入る前に、私のバランスが崩れた。そして吹き飛ばされる。

 屋台の壁に足をつけて、なんとか着地するが……。すぐさま目の前に二つ目の竜巻の姿が。

 飛び退いて回避。


 私の弱味を相変わらず突いてくれる。


「最早加減はせん。大怪我をして己の愚かさに気付くのだ。それでも、死ぬよりはマシだろう」

「貴方に誰も殺させません。もちろん、傷つけることも」


 そう返答をした瞬間。

 龍宮寺さんが降下。耳をつんざく風切り音と共に私と同じステージに降り立った。

 多少のリスクを顧みないということ。それはつまり、龍宮寺さんも本気になったというわけだ。


 刀を持たぬ手で結われた髪を解く。

 黒髪が広がった。気合いを入れ直す。重圧が私を押しつぶそうとしている。でも、負けてなるものか。そんなものに。


 両手で刀を握り、構える。


 身体の中心をずらして被弾面積を抑えつつ、刀の切っ先を龍宮寺さんに向ける。私の中で、最も基本的な構えの一つ。己よりも巨大な敵、遠距離攻撃を持つ敵と立ち会う際に用いる構え。


 轟音が響く。

 何の音かは分からない。多分、亜月君たちの方だろう。でも、今そこに思考は割けない。

 一つ確かなのは、その音によって火蓋が切られたということ。


 龍宮寺さんは口から炎を吐き出した。

 真っ赤な炎の壁が生み出され、私の視界を覆う。


 目眩まし。


 龍宮寺さんだって、これで勝負を決めようとは思っていないだろう。

 これは壁。自分の次の手を隠すための行動。あの人から私も見えなくなるが、私の行動は決まっている。


 後ろに身を退くか、上へ飛び上がるか、はたまた踏み出して炎を斬るか。


 ならば龍宮寺さんはその全ての選択肢を潰せるように動けばいい。合理的だ。先手を取られたのは痛かった。

 けれど、だとしても身を退かない。

 上へ飛びもしない。


 ここで消極的な行動をするということは。戦いのペースを龍宮寺さんに譲り渡すということ。

 そうすれば最後、二度と私に勝機は訪れない。

 だから私は一切の迷いなく踏み込む。


 同時に刀から右手を離し、左手で炎を断ち切る。

 胡散する炎、晴れる視界。目の前にはかぎ爪を振り降ろす龍宮寺さんが。

 たった今振り降ろした斬想刀では、間に合わない。

 だからこそ、私は右手を離していた。


 炎を斬ったと同時に鞘を握っていた私の右手は、振り降ろされる凶刃を防ぐように鞘を押し当てた。

 無論、私と龍宮寺さんの膂力は比べるまでもない。

 すぐさま、右腕に凄まじい負担が。身体が地に叩きつけられる。

 でも、私は両足に目一杯の力を込め、たたき伏せられないように耐える。一秒すら耐えられない。


 でも、それだけの時間があれば十分だった。


 私は刀を翻して、鞘で押しとどめた爪を狙う。

 が、刀が停止。

 鈍い金属音が聞こえたことによって、私の思惑が外れたことを知る。


 目を動かせば、龍宮寺さんの左手に握られているのはコンクリート片。恐らく、どこかしらのタイミングで地面からえぐり取っていたのだろう。

 すぐにこの後の展開を察して、私は龍宮寺さんの身体を蹴って脱出。


 空中で一度回転し、着地する。


 斬想刀にはいくつかの弱点がある。まず間合いの問題。

 そして二つ目が想造獣以外にはそれほど有効な攻撃手段ではない……ということだ。想造獣やそれに類するものならば圧倒的攻撃力を持つこの刀。しかし、対象がそうでなくなってしまえば、その切れ味は大きく低下する。


 コンクリート片など、斬れるわけもなかった。

 本当に厄介だ。

 龍宮寺さんと全く同一の、同じ力を持った想造獣がいたとして、斬想刀に対する知識がなかったなら……。多分、今のやり取りで私の勝利は決まっていた。


 いかに自分の有利は初見殺しに頼っているか、痛感する。


 私が自分の無力を憂いても、龍宮寺さんは攻撃の手を休めてくれない。左手に握ったコンクリート片を投擲。これは刀では防げないので私は避ける。

 都度、地面からえぐり取り私に投げる。斬れないのがもどかしい。

 でも、コンクリート片の隙間を縫って私は距離を詰めていく。


 刀の間合いに入れば、私は刃を振り上げる。

 またコンクリート片、的確に防がれた。


「ほら弱い。主がどれだけ足掻いても、儂には届かぬ。それは何故か。家族や友人などに現を抜かし、鈍ったからだ」

「だとしても、それが弱くなることだと私は思いません」


 弾かれた刀を即座に持ち直して軌道変更。別の角度から攻める。

 これも防がれた。


「どういうことだ。鈍れば鈍になる。鈍は弱い。弱ければ死ぬ。単純な道理だろう」

「それが間違っているんです。確かに、孤独は人を鋭くする。でも、その鋭さは強さじゃない」


 繰り出される尾の一撃を飛んで避ける。

 身を捩り、背に刺突。

 身体を翻した龍宮寺さんに防がれた。


「龍宮寺さんだって、本当は気がついているんでしょう」

「……そうだな。実際のところ、そうではないのだろう」


 ダメ押しでもう一撃。

 これもやっぱり防がれて、私たちは互いに距離を取った。


「恐ろしかった」

「……」


 私は驚いた。

 だってあの龍宮寺さんにも恐ろしいものがあるんだと思ったから。

 一体、何を恐れているんだろうか。私には想像もできない。


「藤坂舞。主が」

「え……」


 欠片も予想していなかった言葉に私は固まった。

 龍宮寺さんが……私を恐れていた? 私が龍宮寺さんを恐れるみたいに?

 悪い冗談みたいだ。一体私の何を恐れるというんだろう。


「儂が関わったから、主の両親は亡くなってしまった」

「……」


 確かに龍宮寺さんが私の父をこの道に誘ったと聞いている。

 そうしなければ、父が想造獣に殺されることはなかったのかもしれない。同時に、母が死ぬことも……。


「いつしか、儂は主の本心を知ることが恐ろしくなってしまった。儂を恨んでいるんじゃないか、憎んでいるんじゃないか」


 恨む。憎む。そのどれも、私があの人に抱いたことがない気持ちだった。

 感謝ばかりだというのに、こうも伝わっていないのか。私は、欠片も伝えることができなかったのか。


「次第に、主は鉄仮面となっていった。儂の心配に反して、主は儂に従順だった」


 私が鉄仮面となったのは中学校から。龍宮寺さんに逆らうつもりは毛頭もなかった。

 そうしないと私は棄てられてしまうように思っていたし、受けた恩を仇で返すような気がしてしまうから。


「だが、それがどうだろうか。あの二人と出会ってからというもの、主は徐々に感情を見せるようになった」


 私は自分を出すことの嬉しさを知った。

 感情をひた隠すのではなく、表に出すことを知った。鉄仮面を私は棄てていた。


「いつか、主がそのまま鉄仮面を脱ぎ捨てたのなら……。儂の恐れていたものが表面化すると思った。今までは疑うだけで良かったのに。隠れて怯えるだけで良かったのに。突きつけられてしまえば、儂は……それが恐ろしかったのだ」


 龍宮寺さんも私と同じことを恐れていたらしい。

 本当のことを知るのが怖かった。互いの本心を教え合うのが怖かったんだ。

 私は龍宮寺さんに感謝の気持ちを向けている。多分それは龍宮寺さんだってそうで、私が思っている以上に私のことを嫌ってなどいない。


 でも、それは伝わらなかったし伝えられなかった。

 そういうものなんだ。人っていうのは。言葉や態度で示さないと伝わらない。

 私たちは、怠慢だった。


 そして臆病だった。


「私もそうでした」


 だから私は頷いた。

 貴方と同じだって知って欲しかったから。その恐ろしさや不安が一人だけのものだと思って欲しくない。


 或いは、亜月君やロール君だって多分そう。

 でも私たちと違うのはあの二人が素直だったということ。自分の気持ちをこちらに伝えていた。

 だから、私は二人を友達だって思えた。二人が私を大切にしてくれていると信頼できた。


 だったら、私も……自分の気持ちをしっかりと伝えないといけないんだ。


「私も恐ろしかったんです。本当は私なんて好きじゃなく、嫌われていて不必要に近づくことでそれが露呈してしまうのが」

「嫌っているわけなど……」


 龍宮寺さんが私から目をそらした。

 その返答が何よりも嬉しい。私は愛されているんだ。そう自身を持てた。


「私も龍宮寺さんを恨んでいたり、憎んでいたりはしていません。ただ、今の龍宮寺さんは嫌いです。お互い、素直になりませんか? 家族には……なれませんか?」


 今の気持ちを私は真っ直ぐと言葉にした。

 嫌われるかも、見捨てられるかも。そんな不安に立ち向かって私は語る。


「なれぬだろう。今さら! 家族には……」

「どうしてですか?」


 地面を蹴り、駆ける。

 距離を詰める。なにもかも。


「主は儂と父と呼べぬし、儂は主を娘と言えぬ」

「呼び方なんて、どうだっていいでしょう。大切なのは、そこにどんな思いを込めるかです」


 放たれる竜巻を、私は切り裂く。

 毛先が立たれる。肩が軽く切られる。それがどうしたっていうんだ。

 私はもう避けないし、離れない。


「血もつながっていないんだ」

「貴方が血のつながりを親子ではない理由にするのなら。私は貴方との思い出やこれからの日々を親子だと思う理由にします」


 投げつけられるコンクリート片を、鞘で叩き落とす。

 一度、二度、三度。

 何度投げられようと、私は真っ直ぐに龍宮寺さんの元を目指した。


「グッ――儂は、主をこのような過酷な道に陥れた張本人なのだぞ。儂がいなければ、主はきっと、普通の少女でいられたんだ」

「もしそうだとすれば、私は亜月君ともロール君とも、龍宮寺さんとだって出会えていません。私はその方が嫌だと思います」


 懐に潜り込んで、私は構える。

 同時に龍宮寺さんも爪を振り上げた。

 勝負は一瞬。お互いに、一撃で決まる。

 でも、ここで臆せば勝機はない。肉を切らせて骨を断つ。というわけではないが、無傷の勝利など虫が良すぎる。


 少しの怪我は仕方が無い。そう覚悟して私はノーガードで刀を振り上げる。

 今の私にできる、最速の斬撃。これならば、きっと……龍宮寺さんにだって届くはずだ。


「……」

「……」


 沈黙。

 結果は、お互いに寸止め。

 私の刀が龍宮寺さんの首元に当てられ。龍宮寺さんの爪が、私の頭の直前で停止していた。


「だから言っただろう。その甘さが、命取りになるのだと……」

「それを言うなら、お互い様です。龍宮寺さんだって……そうじゃないですか」


 お互いに、決定的な一撃を放つことはできなかった。

 それがどういう意味なのかは、お互い理解できていることだろう。ただ、見つめ合った。


「童は儂の命令に従えば良い。そう思っていたが……そうか。儂が見て見ぬフリを続けている間に、主はこうも成長しておったか。大きくなったな、舞」

「……!」


 優しく、龍宮寺さんの爪が私の頭を撫でた。

 その言葉は嬉しいものだった。何よりも、どんなことよりも。


「私が成長できたのは、あの二人のお陰です。二人は私に様々なことを教えてくれました」


 龍宮寺さんとの問答だって、二人からの受け売りだ。

 でもそれが私の力となってくれた。これは私だけの勝利じゃない、みんなで掴んだ勝利なんだ。


 私一人じゃ勝てなかった。

 その事実が私にとっては嬉しいもので、たった一人で勝つよりも何倍も良かった。


「そうか……儂はなんと愚かだったのだ」

「一人で暴走してしまうと、人は愚かしくなってしまうものです。でも、一人じゃなければ、それを止めてくれる人がいます」


 私にとってのあの二人がそれだった。龍宮寺さんにとっての誰かが、私であればいいと思う。


「だから私が、家族がいます」

「……」


 刀を翻して、鞘へと収める。これ以上、龍宮寺さんと戦う必要があるとは思えなかったからだ。

 私が龍宮寺さんの頬の、翡翠の鱗に触れようとした時。

 手は届かず、龍宮寺さんは離れていく。


「儂は過ちを犯した。この状況を生み出したのは儂でもある。故に、儂は償わなければならないだろう」

「どういうことですか?」


 私と距離を十分取り、龍宮寺さんはうねった。


「そして、儂はまだ証明されていない。藤坂舞、主が強くなったということを!」


 加速する。

 どんどん早まっていく。

 そこまでされて、ようやく龍宮寺さんの意図に気がついた。


 なんて不器用な人なんだろうか。

 私も、そういうところは似たもの同士。だったら、私は腰を落として柄に手を置く。


「何事にも決着は必要だということですね」

「左様。袂を別つ」


 龍が動く。

 高速で迫る龍の身体を私は刀一本で迎え撃った。

 突進を紙一重で避け、その身体を断つ。殺しはしない、でも、今ここでは動けないくらいの傷を。


「なるほど……強くなったな。そして、儂は弱くなった」

「その弱さが、私は愛おしく思います。お父(龍宮寺)さんもそう思うでしょう?」

「そうだな……舞」


 刀を回転し、地に突き刺せば。

 同時に龍が伏した。

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