78話「おやすみなさい」
煌めいた。
眩い光が。
俺の前に立った彼女がその刀を振るった。
その煌めきに合わせて龍宮寺は身を捩り、上空を駆け上がる。
同時に白い手が俺に差し出された。
「無事で良かった。本当に心配したんだ」
「ありがとう。もうダメかと思ったよ」
その手を取って、俺はふらりと立ち上がる。
まだ息があがっている。もう少し休憩しないとまともに動けない。
新鮮な空気を肺に送り込んで、俺は周囲を見回した。
俺たちの背後には二匹のクマに空飛ぶ傘。上空にはメアリー・スーと龍宮寺……。
「いやぁ、マイちゃんがこっちに来てくれて助かったッス……。自分たちだけじゃ、絶対どうにもできなかったッス……」
珍しく疲れた様子でロールが話す。
本当にロールの言う通りだ。舞が追いかけて来てくれていると分からなければ、俺は早々に諦めていただろう。
「済まない。完全に私の甘さが招いた結果だ。次は大丈夫。安心して欲しい」
「ううん。優しいマイちゃんの方が好きッスよ!」
「どういうことだ。メアリー・スー! 藤坂舞の足止めを任せたはずだが?」
「ごめんなさい。あの子、強過ぎるの。私よりも強いなんて……こんなのあの怪物たちみたいじゃない」
ロールと舞の会話とは対照的に、龍宮寺とメアリー・スーの会話はピリピリとしていた。
どうやら向こうの作戦は失敗らしい。龍宮寺は舌打ちと共に身体をうねらせた。
「もういい。そんなことよりも……藤坂舞! 主が今何をした! この儂に刃を向けるのかッ!」
雷鳴が轟く。
張り詰めた空気が震える。この怒号、何度聞いたって慣れそうもない。
「それは私の言葉です。私の友人を傷つけるつもりですか……? もしそうだとしたら、たとえ貴方でもここで斬る」
「……ッ!?」
姿勢を低く保って、舞は冷たくそう言ってのけた。
流石の龍宮寺もこれには驚いたように硬直する。まさか、舞にこんなことを言われるとは思わなかったのだろうか。
「亜月君、ロール君、申し訳無いが……メアリー・スーの相手を頼む!」
「はいッス!」
「任せてくれ!」
俺たちは胸を張って舞からのお願いを託された。
返事を聞いて、刀を鞘に仕舞えば舞は駆け出す。俺の限界を超えた全速力を簡単に越えた速さで、屋台の屋根に飛び移ったかと思えば、そのまま屋根を蹴りさらに飛び上がる。
「クッ! いいだろう。メアリー・スー! 始末は任したぞ!」
舞から逃げるように空を移動する龍宮寺。当初の予定通り、二人きりに出来たところで……。俺たちはメアリー・スーに視線を移した。
「身勝手な人。でも、貴方が望むならそうするわ。ごめんなさいね、平凡な貴方」
彼女もまた、龍宮寺から視線をこちらへ落とす。
互いに見つめ合い、沈黙が数秒生まれた。
「貴方まで傷つけるつもりはないのだけど、貴方は私の手を取ってくれないし、大人しく夢を見てくれるわけでもないのだから……」
沈黙を破ったのはメアリー・スー。
淡々と、しかしどこか名残惜しそうに語っていく。龍宮寺とはまた違った、別種の圧力をメアリー・スーが持っていた。
「嘘つき幽霊さんと一緒にさようなら。私と龍宮寺のために、ここで消えて貰うわね」
その言葉と共にクマが飛び上がり、正面の行く手を塞がれた。前と後ろにクマが一匹ずつ。しかも、俺よりも何倍もデカイと来た。
おまけに空飛ぶ傘まで回りをうろついている。
「で、センパイ……なんか勝ち目はあるんッスか?」
「いやぁ……今はないかな」
「ッスよねぇ~」
行き当たりばったり。
ここまで来るのに全力だったので、ここからどうするかは何も考えていなかった。
でも、今の俺は何も強みがないわけじゃない。
ロールの力を借りることができる。貫通する身体を利用できれば、チャンスはいくらでもあるはずだ。
深呼吸をして、息を整える。
たん、たん、と地面を蹴って足の調子を確かめる。
既に限界。龍宮寺との鬼ごっこを経て俺の身体はクタクタだ。でも、不思議とまだまだ動けそうだった。
多分、アドレナリンだかエンドルフィンだかが放出されているからだろう。
何にせよ、俺が動けているのならなんでもいい。
まだ倒れなければ、それでよかった。
「ハイドアンドシーク? タグ? スタチューも楽しそう! 何をして遊ぼうかしら。何をして貴方たちを消しましょうか。さぁ、夢の終わりを貴方たちに。おやすみなさい……永遠に」
ドレスの裾を両手で広げて、メアリー・スーが笑った。




