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想造獣  作者: 雨有 数
第1.5章 公王町事件簿
77/91

77話「抗う力」

 俺はまだ諦めてないぞ。

 そう宣言したのはいいが……。正直今の俺にはどうすることもできない。

 幸いというべきは、ロールが一緒にいることだった。


 龍宮寺に掴まれているわけじゃないロールは、自分の力で龍宮寺に併走しているらしい。いや、多分俺の移動速度と同調しているのだろうか。


「センパイをどうするつもりッスか!」

「殺す。貴様もだ」


 取り付く島もない。

 ただ地響きのような低い声が響くだけだった。今からでも龍宮寺が俺を殺そうと思えば簡単に殺せる。

 それをしないのは一重にまだ俺を殺す気がないからだ。


 いつ、俺は殺されてしまうのだろうか。

 死の危険に瀕しているがいつにも増して俺は冷静らしい。


「メアリー・スーの奴は何をしている。藤坂舞の足止めすらできぬか」

「舞の前だと俺たちを殺したくはないらしいな」

「黙れ!」


 俺の動体視力ではここから地上の様子を逐一観察することはできない。

 ただ、龍宮寺の言葉から推察するに舞が俺たちを追って来ているらしいのと、その道中でメアリー・スーと戦っているということが分かる。


「舞ちゃんに嫌われたくないッスもんね?」

「死にたいのか?」

「死にたくないに決まってるッスよ」


 一切怯まずロールは龍宮寺と舌戦を繰り広げた。

 龍神。つまり龍宮寺はこの町の誕生すら見届けているということだ。俺たちが相手取るには強大過ぎる敵。

 でも、どうにかして突破口を見つけないと。


「なら何故藤坂舞から離れなかった」

「友達だから!」

「必要ない! そんなもの! 藤坂舞には!」


 叫んだ。

 俺はそれが理解できなかった。龍宮寺がそう考える理由がこれっぽっちも分からない。どうしてそう言い切れるのだろうか。

 だから、その物言いが何よりも俺は気に食わない。


「それはアンタが決めることじゃない、舞自身が決めることだ!」

「違う、違うぞ亜月日々! 世の理を知らぬ童を導くのは大人の役割だろうよ」

「まるで、自分なら全部が正しいって感じッス」

「そうであろう。儂が命じたことをこなせばいい。そうするだけで何もかも上手く行く。だというのに! 貴様らの仕業だ! 藤坂舞が、あんな風になったのは!」


 ギリッ。

 歯が欠けそうなほどに俺は食いしばった。なんて身勝手な言い分なんだ。

 俺たちに対してじゃない。舞に対してだ。彼女の気持ちも知らないで、どうしてそんなことが言えるんだ。


「舞はアンタを父親のように思っているのに、アンタは全くそう思っていないんだな」

「知った風な口を。貴様の言葉は見当違いだ、何もかも」


 そのまま龍宮寺は真上を向いて飛び上がる。

 俺と地面の距離はみるみるうちに離れていき、雲すら越えていった。


「これも藤坂舞のためだ。さらばだ、弱者よ」

「何がマイちゃんのためッスか。全部アンタ自身のためッスよね」


 停止した。

 暗い暗い空の中、星と俺たちだけしかいない空の中。龍宮寺は止まった。


「だとしても、儂が行う全てが正しい。邪魔者は見過ごせぬ。貴様らが消えれば、藤坂舞も己の過ちに気がつくだろう。友達など必要なく、ただ己に課せられた使命をこなせばいいということに」

「……」


 会話になっていなかった。

 俺たちがどんな言葉を言おうとも、龍宮寺は聞く耳を持たない。口を動かすことそのものが無意味だ。

 だから俺とロールは口をつぐんだ。口をつぐんで龍宮寺を睨み付けた。


「強がろうと無駄だ。人は、この高さから落ちてしまえば等しく死ぬ」


 俺の身体を締め付ける龍の手の力が、緩やかに抜けていった。

 そのまま、手が完全に開いて俺は放たれる。龍宮寺の身体に縋りつくようなマネはしなかった。そんなことをするくらいなら、死んだ方がマシ……。というわけではないが、でも、やりたくなかった。


 つまらない意地。


 身体中を風が撫でていく。

 髪が揺れ動く。

 びっくりするくらいの速さで龍宮寺さんが遠のいていく。それとは反対に、地面が近づいて来る。


 一気に意識が遠のいていくような気がした。

 血の気が引くというのはこういうことを言うのだろう。龍宮寺が言うようにこの高さから落下して無事で済むはずがない。


 このままでは俺の余命はあと数十秒くらい。

 怖い、怖すぎる。

 でもそんな恐怖よりも、俺の心の中でぐつぐつと煮えたぎる怒りの方が強かった。


 一秒ごとに小さくなっていく龍宮寺を見据える。


「センパイ、大丈夫ッスか!?」

「大丈夫じゃない。でも、不思議と死ぬ気がしない。いや、こんなところで死んでたまるか! って思うんだ。あの龍神に一泡吹かせるまでは絶対に!」

「そうッスよね、自分も同じ気持ちッス。まだ死ねないッス、ここで終わらせないッス!」


 俺とロールの心は同じだった。

 龍宮寺に一矢報いたい。ここで終わるなんてあり得ない。

 黙って死んでやるつもりも、思い通りに消えてやるつもりもないんだ。


 だから俺は手を伸ばした。

 虚空に。

 虚無に。

 そんなことをしても、何も変わらない。

 でも、何か掴めるような気がした。


 瞬間。

 風がなくなった。しつこいくらい俺の身体を撫で回していた風の感覚が失せた。

 気持ち悪い浮遊感も。吐き気がするぐらいの風切り音も。何もかも。


 失せた。


 あるいは寒さ。

 暑さ。

 身体感覚がなくなった。


 そして気がつく。


 俺が……浮遊しているということに。


「は……?」


 まるで空に貼り付けられたように、俺は停止していた。いや、停止しているわけじゃない。手は動く。足も。

 ただ、落下しなくなっていた。俺に重力が適用されていない。


「どうなってるんだ……!? 俺!」


 身体を見て見れば、透けていた。まるでロールみたい……。

 そういえば、ロールの姿がない。俺はきょろきょろと周囲を見回して彼女の姿を探した。


「今、直接センパイの脳内に話しかけているッス……」

「脳内……?」

「あ、嘘ッス。脳内かは分からないッス。テレパシー的な感じで話しかけてるッスけど!」

「あのなぁ……」


 こんな時にまでふざけないで欲しい。


「ふざけてないッスよ!」


 なんて声がやっぱり頭に響いた。

 俺は声に出していないはずだけど……。もしかして、俺の心まで読めるのか? 今のロールは。


「ピンポーン! 大正解ッス!」

「どういうことだ……? 状況が分からないんだけど……」


 現状が全く理解できなかった。

 どうしてロールの声が頭に響いてきて、俺の心の中は読まれているんだ。ついでに俺がロールみたいに浮遊して、ロールみたいに身体が透けて……まさか!


「そのまさかッスねぇ。今、自分とセンパイは合体してるッス!」

「……はぁ!?」


 余りに思いも寄らぬ返答に声が裏返った。

 ここまで驚いたのは初めて鬼を見た時、そんでもってロールに取り憑かれたと知った時だろう。もう想造獣関連で驚くことはそうないと思ったんだが……凡人じみた俺の予想なんて軽々と上回ってくれた。


「全部聞こえちゃってるッスけど……。喜んで貰えたようで何よりッス!」

「どこがだ、どこが」

「とにかく、説明に戻るッスけど。自分がセンパイに取り憑いてできることっていうのが実はセンパイの位置を常に把握する以外にもありまして……」


 舌をぺろりと出して、てへへと言うロールの姿が頭に浮かんだ。

 どうしてそんな大事なことを今言うんだ。これも聞こえていると信じて、不満を垂れ流す。


「しっかり聞こえてるッス……。いやぁ、ほら一気に説明するとセンパイを混乱させちゃうと思って!」

「本当は……?」

「説明するのを忘れてたッス! ごめんなさい!」


 そんなことだろうと思った。本当にロールはうっかりしてる……。

 まぁ、屋流みたいに意図的に情報を絞って騙すようなタイプよりは……余程マシだろうけれど。


「……それでなんッスけど、本格的に取り憑くとセンパイの中に入る代わりにセンパイを幽霊みたいな状態にできるッス!」

「本格的に取り憑くってのがよく分からないけど……まぁなんとなく分かったよ」


 つまり俺は今幽霊になっていると。

 疑似的にロールになったというわけだ。だから浮遊できるし、身体の感覚が消えたと。こんな奥の手があるとは驚きだな。


「これならセンパイが落下死する危険性もないッス!」

「そうだな」


 慣れないながらも身体を動かす。

 空中で平泳ぎをする姿は間抜けそのものだろう。でも、こうでもしないと動けない。

 ロールは楽々空中を動いているように見えていたけど、どうやってやってるんだ。


「うーん、こればっかりは感覚の慣れッスもんねぇ。今はそれでなんとかするしかないッス!」

「生きて帰れたら練習しないと……」


 疲れも息切れもないけど、なんとも効率が悪い気がしてならない。

 龍宮寺みたいな速度で空を移動できたらいいんだけど……悲しいことに今の状態では歩いた方が早い。


 悠々自適に空を泳いでいたら、空から轟音が響いた。

 真上を見上げれば龍宮寺が高速降下している。どうやら、俺が地面に激突していないことを不審に思ったらしい。


「ほう、生きているか! 喜べ、なら儂手ずから始末してくれる!」

「き、来たッス~! センパイ! 早く逃げて!」


 鋭く輝く両爪が流星のように光の尾を生成しながら俺たちに向かってくる。

 優雅に空を泳ぐ俺と比べれば、どっちが速いかなんて火を見るよりも明らかだ。あの恐ろしい爪が俺の身体を裂くのに、後数秒だって必要ない。


 どうする。

 突然俺が加速できるわけが……。いや、ある! 一つだけ方法が!


「ロール、俺から離れろ!」

「え、でも……あ、なるほど!」


 瞬間、風が生まれた。

 身体感覚が戻ってきたのを確認して、俺は出来る限り空気抵抗がない体勢。水面に飛び込むように姿勢を正した。


 落下速度は速くなる。

 落とされた時よりも速く、鋭く俺は落下する。でも、恐怖は欠片もなかった。

 背後を確認する。

 いくら速くなっても、どうやら龍宮寺の方が速度はあるようだ。どっちにしても、俺が龍宮寺に追いつかれてしまうのは時間の問題。

 それは分かりきった事実だし、それで構わない。


 ただ、その時間を限りなく延ばせばいい。


「自棄になったか!」


 背後から怒号が聞こえる。

 追いつかれてしまえば終わりだ。今度こそしっかりと殺されてしまう。

 逃げろ。逃げろ。

 地面まで逃げ続けろ。


 これはチキンレースだ。

 それと、俺とロールの息の合わせ方にかかっている。


「ホントにするんッスか? センパイ……ちょっと……いや、ちょっとどころじゃないくらい緊張するんですけど!」


 あのロールが心底嫌そうにそう言った。

 俺の心を読めるということは、俺の作戦が伝わっているということ。それこそ、口で説明するよりも何倍も正確に、はっきりと。

 だからこその言葉だろう。


 俺だって、正直狂っていると思う。普通ならこんな作戦を採用しない。

 でも、今の俺は普通じゃなかった。


 龍宮寺に一泡吹かせたい。その一心だったし、何より舞との約束がある。

 俺は舞と合流する、それで龍宮寺と舞が向き合えるようにする。最初の目的の一つで、そしてついさっき約束したこと。

 だったら、それを守る。


「ああ! できる。俺とロールなら大丈夫だ!」

「命預かる身にもなってくださいッス……でも、やるしかなさそうッスね!」

「頼むぞロール!」

「はいッス! このデキる後輩に任せてください!」


 後は信じるだけ。

 身体の力をできる限り抜いて、俺は身を任せた。地上まで後数十メートル。

 逃げ切れる。

 まだ俺を掴むことはできない。


「姑息よな。斯様な足掻きは無意味だぞ」


 俺たちの会話を聞いているのか、落下する俺を見下したのか。龍宮寺のそんな言葉が聞こえてきた。


「やってみないと分からないだろ?」


 叫んで返事をする。

 もう地上はすぐそこだ。

 衝突まで後十秒もないだろう。


 龍宮寺が俺の隣に並ぶ。


 鈍色にギラつく爪が振り上げられた。


 それでも俺は怯まない。

 ただ、その時を待つ。


 爪が振るわれた。

 同時に俺の身体が地面に激突する。

 瞬間、再び俺の身体にロールが入り込んだ。

 そうすれば、身体が透明になり、身体感覚が失せた。


「俺の勝ちだ!」


 この感覚をもって、俺は賭けの勝利を確信した。

 思いっきり両腕を振って、前へと前進する。いや、地面の中を目指す。


 俺の必死の思いが伝わったのか、俺の幽体は地面の中へと潜っていった。

 同時に響くのは轟音。


 激しい揺れが地面に伝わった。

 即興の作戦にしてはよく出来ていたと思う。

 タイミングさえ合えば、俺は地面の中をすり抜けられる。つまり、ギリギリを攻めれば加速しきった龍宮寺と地面の衝突を誘えた。


「よし。これで流石に……」


 俺は地面から顔を飛び出させて様子を窺う。

 土煙が舞ってよく分からなかった。作戦が成功したのには違いない。


 虚空を蹴るようにして俺は地面から身体を出す。

 周囲を注意深く観察した。


「その胆力は認めよう」

「……センパイ、上ッス!」


 刹那、耳を塞ぎたくなるような咆哮が響き渡る。

 その覇は、土煙を吹き飛ばし空に居座る龍神の姿をハッキリと示した。


 緑の鱗には傷一つすらついていない。


「儂がその程度の浅知恵に引っかかるとでも? 随分と舐められたものだな」


 龍の口から炎が漏れる。

 まるで龍宮寺の怒りを表わすように炎は揺れた。あの作戦で龍宮寺を倒せるとは思っていなかった。

 あわよくば……とはちょっとだけ考えていたけど、でも完全に防がれるのは想定外。一泡は吹かせられるものだと思っていた。

 それだけに、この結果はショックだった。


 地面を見れば、くっきりと跡が刻まれていた。

 尻尾が地面をその形にえぐり取った跡が。信じられないがあの瞬間、龍宮寺は地面に尾を叩きつけて衝撃を相殺した。


「弱者にしてはよくやった。しかし、それまでだ。それ以上はない。ここで死ぬ。それで終わりだ」

「……」


 ごくり。

 俺は唾を飲んだ。

 このままでは俺は死ぬ。ロールの特性を持って身体を透かしたり、空を飛んだって龍宮寺から逃げ切ることはできない。

 大凡、この状況から俺が身じろぎ一つでもしてみようものなら、龍宮寺は即臨戦態勢になるだろう。一度俺を殺す気でやって失敗したんだ、同じ過ちは絶対に犯さない。

 次は確実に殺される。


 でも、まだ時間が必要だ。

 だから俺はまた賭けに出るしかない。


「センパイってギャンブラーなんッスか?」


 ロールのツッコミが俺の脳内で反響する。

 多分そうだ。俺はギャンブラーだ。

 そうでもしないと俺は十秒先の自分の命を保証できない。笑ってしまうくらい無力だ。


「どうしてアンタは舞をそんなに束縛するんだ?」

「……」


 長い龍の身体がうねった。

 そして俺を見下す。会話する気はない。そんな意志が見受けられる。

 どんな言葉を弄しようとも、後数秒後にはお前を殺すぞ。龍眼は何よりも雄弁に語っていた。


「俺はその理由が分かるぞ。なりふり構わなくなった今だって、舞を避けているアンタの心も」

「……」


 だけど、それが龍宮寺の本音ならばどうだろうか。

 図星を突けばどうだろう。百の言葉を費やすよりも、一つの真実を突きつけてやる。それが、今俺ができる賭け。

 身動き一つ取れない俺が、ただ一つ動かせるもの。口を使った作戦だ。

 いや、もはや作戦の体すら成していない。


 ただ、俺の狙いは龍宮寺を動揺させるという点では成功したみたいだ。

 ピクリと龍宮寺の目が動いたことを俺は見逃してやらない。ふぅ、と息を吐いて俺は続けた。

 今から話す理由が見当違いだったら、その時点で俺の負け。

 俺の言葉で龍宮寺が全く動揺せず、そのまま動いても俺の負け。

 なんて分が悪い賭けなんだろう。


「怖いんだろ。舞が、自分の知らない存在になることが」

「……!」


 俺がそう言った瞬間、龍宮寺は明らかに動揺した。

 これが最後のチャンス。


「ロール!」

「はいッス!」


 ロールが俺と分離して、俺は地面に足をつけた。

 足裏と地面の感動の再会は後に取っておくとして、俺は思いっきり地面をかけた。この一瞬の隙、ここを突いて駆ける!


 戻れ、来た道を必死で遡れ。


「儂が恐れているだと! 戯言を! 妄言を! この龍宮寺一が一体何を恐れるというのだ!」


 激怒。

 一瞬にして空に黒雲が立ちこめる。彼の一言一言に合わせて雷が迸った。

 彼がそうすればそうするほどに、彼の心が伝わってくるみたいだ。


「儂は龍神だぞ。儂は龍宮寺一だぞ! 儂は……この町を生みだし、守護し、そして支配する。小娘一人、小僧一人、幽霊一匹! なぜ儂の思うようにならぬのだ!」


 龍の咆哮と共に上空の龍宮寺は地面に着弾。屋台や地形を破壊しながら俺を追いかける。

 まともに走ったらすぐに追いつかれる。

 でも、多分もう少しだ。


 俺は背後を見るのをやめて前を見る。

 視界の先に見える巨大なクマのぬいぐるみ。見えた! あれだ!


 俺は限界だと震える足にさらに力を込めた。

 限界を超えろ、越えるなら今しかない。今を逃せば、限界を超える場面が俺には訪れないのだから。


 俺は遠くに見えるクマを目掛けて走る。走る。走る。


 背後から聞こえてくる轟音なんて気にするものか。

 轟く雷鳴も、吹きすさぶ風も、服を焼く炎も、何も気にならない。ただ走れ。前だけを見ろ。


 自分にそう言い聞かせる。

 それだけならできるはずだ。どんなに平凡でも、無力でも。だったら、俺は俺にできる最善をやる。全力で。


 視界が霞む。

 息が荒れる。

 ふと手放したくなる、全てを。

 でも諦めない。諦めたくない。


「うおおお!」


 叫んで自分を鼓舞する。

 そうでもしなければ足を止めてしまいそうだから。


「なぜそうまでして足掻くのだ。貴様が走ったところで何も変わらないだろう。変わってたまるものか。儂に抗って見せても無駄なだけだ。辛く苦しいだけだろう。結果、死ぬというのなら、今こうして苦しんで走ることすら馬鹿らしいはずだ」


 背後からそんな声が聞こえてきた。

 残念だけど、俺はそれに答えることができない。そのために口を動かすのなら、俺は足を動かしたいから。

 でも、龍宮寺の言葉を丸々飲むことも馬鹿げていた。


「それが間違いだからッスよ」

「なんだと?」

「何も変わらない。無駄、辛く苦しいだけ、センパイは、それに自分もッスけど……そうは思わないからッス」


 俺の気持ちをロールが代弁してくれた。

 だから俺は走るのだ。今よりも少しでもマシにするために。

 どうしようもない諦観に襲われながらも、俺が足を止めない理由がそれだった。


「大言壮語だ。できぬことを口にするものじゃないぞ」

「そうッスか? 自分はできると思うッスけど……センパイ、ジャンプッス!」


 その声に合わせて俺は飛んだ。

 一秒未満の時間ですら今の俺にとっては惜しい。飛び上がり、地面に転がる。

 視界がぐちゃぐちゃに揺れたし、身体のあちこちが痛んだ。

 前に視線を合わせれば、もうすぐそこまで迫った龍宮寺が見える。次は何をすれば……。


 そんな思考が俺の頭を過ぎ去った時、俺の視界を黒が覆った。


 確信した。

 俺はなんとか、間に合ったんだと。

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