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想造獣  作者: 雨有 数
第1.5章 公王町事件簿
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74話「ナイトメア 迷う貴方に決断を」

「藤坂舞は鉄仮面の方がよかった」


 その言葉が何度も何度も反響した。

 生徒会室に一人。

 窓の外を見れば、大粒の雨が降っていた。


 いつかみたく、センチメンタルな自分の心境が加速する。

 龍宮寺さんは私の全てだった。

 私は龍宮寺さんに何もかもを与えられた。でも、そんな龍宮寺さんは……。私の変化を嫌っていた。


 その事実が、何とも重いものとして私の心を水底に沈める。


「可哀想に。特別な貴方。藤坂舞」


 部屋の中央より姿を見せるのは、メアリー・スー。

 これもデジャヴ。私は知っている、この場面を。


「私は貴方、貴方は私。貴方の中の私なら、貴方のことを貴方よりも知っているわ」

「常套句だな。今度の誘い文句はなんだ?」


 私は側に置いた刀を握って立ち上がった。

 これは夢だ。メアリー・スーが用意した夢なのだろう。

 なら、なぜ私はこの茶番に付き合っているのだろうか。


「何でもいいわ。貴方が望むのなら何でも!」


 くるりとステップを踏んで、メアリー・スーは両手を目一杯広げた。

 キラリと宝石じみた瞳が輝く。美しいが、それよりも恐ろしい。


「なら、この世界からの脱出を望もう」

「本当に?」


 メアリー・スーは姿を消して、私の机の前に座り込む。


「知ってるわよ。貴方が恐れているのを」

「……」


 恐れている。

 そうだ。私は恐れている。龍宮寺さんを。

 亜月君とロール君を狙う龍宮寺さん。本気のあの人を前にして、私は多分二人を守ることはできない。


 正直に言えば、目の前に立つことすら震えてしまうくらいに恐ろしかった。

 ……思えば、どうしてだろう。

 なぜ私はこんなにも龍宮寺さんを恐れているんだ。


「迷ってる」


 いつの間にか私の背後に立ったメアリー・スーの囁き声が聞こえた。

 どうして私は龍宮寺さんに逆らえないんだ。逆らってはダメと考えている。どうして、身体が思うように動かないのだろうか。


 分からない。

 いや、分かりたくないのだ。

 でも、それは逃げだ。


「そう、貴方は逃げてるの。でも、それって悪いこと?」


 私の身体に絡みついて、メアリー・スーが呟いた。

 甘い言葉、甘い声、スイーツのような甘ったるさ。それに身を任せるのはどれだけ楽だろうか。

 でも、そうするわけにはいかなかった。


「答える必要はない」

「ええ、そう。ないわね。だって分かるもの。逃げたい、戦いたくない、ずっとここにいたい。それが貴方の本心だから」


 ふふっ、と笑みを零してメアリー・スーは語った。

 そうじゃない。そう否定したかった。でも、否定できない。自分の気持ちに確信が持てなかった。

 今否定したところで、それは嘘。薄っぺらい、嘘になってしまう。

 そして、メアリー・スーはそれを見抜く。その確信はあった。


「私の手を取って、あの時みたいに。そうすれば貴方は幸せになれる」


 私の前に再び降りたって。

 メアリー・スーは手を差し出した。あの時みたいに、私が藁にもすがる思いで握った時のように。

 でも、今はそうじゃない。


 私は開いた手を握り締めた。


「そう。つまらないの」


 メアリー・スーは床を蹴った。


「でも、貴方の本心は変わらない。それに気付かないのもね」

「……」


 本心。

 逃げたい、戦いたくない、ここにずっといたい。それが私の本心だという。


 分かったことがあった。

 メアリー・スーは、確かに私自身なのだ。でも、そっくりそのままというわけではない。歪んだ鏡に映った自分。

 いや、歪んでいるのはこちらかもしれなかった。


「知っている通り、貴方は私なの。私は貴方でね。それに貴方の中の私なら、全てが貴方で作られた私なのだから、私じゃない私よりも貴方らしい私なの」


 歌でも歌うように、メアリー・スーは手を叩きながら話す。イマイチ要領を得ない言葉だが、漠然とした意味は伝わってくる。

 だとすれば、この状況だって私が望んでいることなのかもしれない。

 なぜそう望むのだ。

 私は。


 考える。

 己の内を探る。見ないフリをしてきた自分を必死で見つめる。

 鉄仮面だった自分が嫌いだった。感情を捨てたフリをしていた自分が嫌いだった。

 何もかもができてしまう自分が嫌いだった。


「でも、貴方の大切な人はそれを望んでいるわ」


 鉄仮面じゃない自分が好きだ。友達がいて、一緒に笑える自分が好きだ。

 慣れない友人関係に四苦八苦する自分が好きだ。


「でも、それじゃあの人は満たされないでしょう?」


 そうらしい。

 私の前に鉄仮面が落ちた。


「それを被ればいいじゃない。貴方はそれをずっと被って来たんだから。そっちの貴方が本当の貴方なのよ」


 触れる。

 こんなにも冷たかったのかと知った。龍宮寺さんはこの仮面を望んでいる。

 でも私は被りたくなかった。どうして?


 あの二人に申し訳がないから。

 違う、そうじゃない。自分を作る理由に友達を利用するなんて、なんだか卑怯な気がしたから。

 私はもう鉄仮面じゃない。そんな自分が嫌いだから被りたくない。二度と戻りたくない。


「でも、素顔の貴方は本当に本当の貴方なの?」


 本当の私。

 それはなんだ。そう問われて、初めて今の自分も……鉄仮面の私も偽物のような気がした。

 そうか。

 そうだった。


 私は自分の前に落ちた鉄仮面を拾い上げる。鉄の冷たさと重さ。それが手に伝わって来た。


「そうよ。そうすれば貴方は龍宮寺にとってのいい子になれる」

「……このままでは、都合のいい子だ」

「……ふぅん?」


 そのまま、鉄仮面を天井へ放り投げる。

 仮面めがけ、一閃。

 真っ二つとなった片割れを、私は再び手に取る。さっきよりも、幾分も軽い。


「私は鉄仮面が嫌いだった。でも、君が言う通り、そんな私だって私なんだ」


 真正面に居座るメアリー・スーに、いや……自分に私は語りかける。

 そして半分だけの鉄仮面を私は身につけた。


「嫌いな私も、好きな私も、全部まとめて私だった」

「半分が鉄仮面、半分が素顔? いい案に見えるけれど、でもとってもヘンテコ。中途半端なコウモリさんは誰からも好かれないわ」

「そうかもしれないな」


 私は笑った。笑うことができた。

 この仮面を被っても、笑えた。


「でも、あの二人はこんな私も好きでいてくれる」

「……それって傲慢だわ。慢心よ、愚かしい過信だわ」

「ああ。信じられないくらいに傲慢だと私だって思うよ。考えられないくらいに……でも、それが信頼関係だとも思う」


 メアリー・スーとの問答を通して、私の頭の中が整理されていく。色々な自分が顔をのぞかせていった。


「そんな傲慢でさえ、笑ってくれそうだ」

「じゃあ、龍宮寺は! 彼はそう言わないわ! 貴方もよく知っているでしょう?」

「ううん、そうじゃないと分かった。私は知らないんだ。あの人のことを」

「は……?」


 メアリー・スーは意味が分からないというようにあんぐりと口を開けた。

 初めて、彼女がそんな風に隙を見せたかもしれない。それは多分、彼女だってこの返答を予期していなかったということだ。


「何を言ってるの……? 貴方と龍宮寺は誰よりも長い付き合いじゃない! そうよ、そのはずよ」

「私だってそう思いたかった。でも、そうじゃないらしい」


 共に過ごした年月ばかりに感けていた。

 いや、それを盾にしていたのだろう。その関係性に甘えて、歩み寄ることを私はしなかった。

 歩み寄って失敗したら? 私に見切りをつけられたら? そう思うと、現状維持を選んでしまっていた。


「何かを間違えて、その関係性を失うのが私は怖かった。だから、逆らえないし、立ち向かえない。それに、そう思うこと自体が罪だと思っていた」


 だって、家族というものは何かの間違いで切れるような関係性じゃないはずだから。

 特別な関係性だと考えているから。


 でも違った。


 私は龍宮寺さんのことを何も知らなかったんじゃないだろうか。信頼関係を何一つ築けていないんじゃないだろうか。

 今になって、そんなことに気がついた。


「でも私は、二人を私が信じるように龍宮寺さんのことも信じたい。そのためには……」


 柄を握り締めて、私は真っ直ぐとメアリー・スーに向かって足を踏み出した。


「向き合わないといけないな。龍宮寺さんと」


 そう宣言すれば、生徒会室が壊れていく。


「あ~あ、覚悟を決めて前に踏み出すのね。私じゃない私は選択を誤ったわね。貴方の中の私は、結局貴方の私なんだから、貴方の夢に寄り添うに決まってるのに。それに……貴方は私を掴もうとしてくれている。それを止めるなんて、それこそ私じゃないわ」

「ありがとう。メアリー・スー。いや、私」


 純粋に私は少女に感謝を向けた。

 覚悟が決まったのは彼女のお陰、彼女がいなければ今でも私は龍宮寺さんに立ち向かうことはできなかっただろう。


「でも気をつけて。私じゃない私は私ほど貴方に親身にならないもの。それに、龍宮寺だっているでしょう? 貴方一人じゃ勝てっこないわ。それでも前に進むの? 待つのは暗いバットエンドよ」


 ゆっくりとお辞儀して、メアリー・スーは淡々と述べた。

 私は頷いた。

 自分一人では勝てないことは理解している。それほど、龍宮寺さんは甘くないし、メアリー・スーだって強敵だ。


「きっとハッピーエンドだよ。私一人じゃないからね」


 私には頼もしい友達、仲間が二人もいる。

 二人となら、きっと龍宮寺さんにもメアリー・スーにも打ち勝つことが可能だ。だから、私はもう怯えないし逃げない。


「そう。さようならの時間ね。私は貴方の敵かもしれないけれど、でも忘れないで。私は貴方。貴方は私。だから、貴方を応援するわ。だって私なんだもの」

「……ありがとう」


 眩い光が私を包み、そして……。

 多分、夢から目が覚める。もう逃げないし、自分を偽らない。

 たとえ、辛い思いをしても龍宮寺さんに向き合う。そう決めた。

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