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想造獣  作者: 雨有 数
第1.5章 公王町事件簿
72/91

72話「それは、神」

「藤坂舞……特別な貴方。また私の邪魔をするつもり?」

「それはこちらの台詞だ。なぜロール君を襲うんだ」


 両腕を切り落とされたクマの前に立って、メアリー・スーは地団駄を踏んだ。舞は落ち着いた様子で刀を構えている。

 斬想刀、想造獣であれば必ず断ち切るという無敵の武器。

 それを前にしているのだから、想造獣であるメアリー・スーは怯んでいるように見える。


「答える義理はないじゃない。ミスター・トレック! やっちゃって!」

「もちろんだとも、愛しい愛しいメアリー・スー!」


 斬り落とされたはずの両腕が復活し、クマはその巨躯からは考えることもできないほどの俊敏さで舞に襲いかかった。

 しかし、それでも遅い。


 舞は紙一重で振り抜かれるクマの右腕を回避。そのまま、一度、二度、三度と刀を振れば……クマの右腕は一瞬にしてぶつ切りとなった。

 そのまま、姿勢を変えて流水のようにクマの懐に潜り込めば……。


 クマの股下から頭まで、さっくりと真っ二つ。


 空中でくるりと回転して、見事な着地。それと同時に、復活した傘に刃を突き立てて固定してみせた。


「す、凄い……」


 思わず声が漏れた。今の一瞬の攻防。俺だったら多分最初で大怪我してた。

 圧倒的。

 それ以外の言葉が見つからない。


「貴方……本当に人間なの?」

「……こう見えて、私は少し怒っている」


 メアリー・スーの言葉を無視して、舞はぽつりと呟いた。

 刀をチャキりと鳴らし、メアリー・スーを見据える。その一言には、彼女が言った通り怒りが込められている。


「夏祭りを邪魔されたこともあるけれど。一番は、何度も何度も私の友人を脅かしたこと。いくら君が子供の見た目をしていても……これ以上抵抗するなら……斬る」

「……」


 刀身にメアリー・スーを映して、静かに言葉の刃を突き刺した。

 俺でも一瞬怯んでしまいそうな圧。

 これと似たものを俺は知っている。そうこれは……。


「龍宮寺みたい。でも、貴方の方が恐ろしいわ。震えちゃう……。貴方は私を斬るのね、そう、貴方はできる。それが。だからとっても怖い。本当よ?」


 そう龍宮寺さん。子鹿のように身体を震わせて、メアリー・スーが困ったように話した内容に合点がいった。

 舞が発した圧を、もっと濃くしたものが龍宮寺さんのそれだ。

 舞との圧倒的な実力差を理解したのなら、これでメアリー・スーも大人しくなる。


「でも、でもね。私は貴方たちの恐ろしいものを知っているわ。ええ、だって貴方は私、私は貴方……なんだもの」


 わけではない。

 負け惜しみか、ハッタリか。この状況でメアリー・スーの口から語られる言の葉に力はなかった。

 舞がため息と共に刀を構えた刹那。

 それが、俺たちの目の前に現れた。


「藤坂舞、何をしている」

「……龍宮寺、さん?」


 メアリー・スーの隣に立ったのは、彼女と同じような少年。

 龍宮寺一。

 説明不要の、この町の権力者。


「初めて、儂の前で鉄仮面が崩れたな。それほど驚いたか?」

「どうしてメアリー・スーの隣にいるのか、ご説明願えますか?」

「どうしてって、貴方なら気がついているでしょう。それとも、気がつきたくないのかしら? ふふふ。ええ、なら教えてあげましょう龍宮寺」


 舞と龍宮寺さんの間に躍り出て、メアリー・スーは軽やかなステップを踏む。

 浮かれた様子のメアリー・スーとは違い、龍宮寺さん自身は不機嫌そうだ。


「黙れ。馴れ馴れしいぞ。利害の一致で協力しているに過ぎないことを肝に銘じておけよ」

「そう。つれない人ね」

「利害の一致ってなんのことッスか?」


 困惑する舞に変わってロールが龍宮寺さんを問い糾した。

 聞き捨てならない言葉。メアリー・スーと龍宮寺さんが利害の一致によって協力しているという事実。

 それが本当なら、たった今から龍宮寺さんは俺たちの敵になったということ……。


「儂は言ったはずだが、藤坂舞から離れろと。それがどうだ、蠅のように藤坂舞に集り、鬱陶しいことこのうえない」

「……どういうことですか」


 苛立ちを隠しきれない龍宮寺さんに、舞は刀を地面に向けて力なく聞き返した。

 嫌な沈黙が、数秒ほど俺たちの間に生まれる。


「全ては主の為だ。藤坂舞。お前は黙って口を出すな」

「それ、マイちゃんから頼まれたんッスか? そうじゃないと――」

「黙れ。もう言葉を紡ぎ合う必要はない。忠告はした。しかし、それを聞けぬなら……排除するしかあるまい」


 メアリー・スーを押しのけて、龍宮寺さんが一歩踏み出す。

 瞬間、あの圧が彼から放たれた。一体、あの小さな身体のどこにそんなものが隠されているのだろうと疑問に思うほどの圧。


 立っていることすら難しい。そう思わせるほどの、重力そのものが何倍にもなったような威圧感。


「龍宮寺さん、やめてください! 私は……龍宮寺さんと戦いたくは」

「戦う? そのようなこと、できぬだろう。藤坂舞、主は儂の言うことを聞いておけ。それが、主の幸せにも繋がる」

「マイちゃんの気持ちも知らずに、自分勝手ッス!」


 みんなの声がどんどんと熱くなっていく。

 俺はその成り行きを見守る。何が起きてもいいように、腹だけは括っていた。


「笑止千万。片腹痛いわ。儂を何と心得る。たかが人間の小娘一人。その心情など察するに足りん。儂に言わせてみれば……藤坂舞は鉄仮面のままの方がよかった」

「……!」


 地面を力強く踏み締めて、彼はそう宣言した。

 それだけは、それだけは認められない。気がついたら、俺は駆け出していた。

 誰よりも前に出て、握り拳を作ってそれで彼を殴――れない。

 寸でのところで俺は止まった。


「殴らぬのか? 一発は許してやろうと思ったのだがな。意気地なしの弱者め」

「……殴らなかったんだ。暴力に訴えかけるんじゃ、アンタと同じレベルだから」

「つまらぬ意地よ」


 余裕綽々としたその表情が俺の怒りを掻き立てる。

 でも、何をしても伝わらないような気がした。どんなことをしても、話の土俵に俺は立てていない。


「アンタ、何を言ったか分かっているのか?」


 それでも口から言葉が出た。


「ああ。事実を述べたまで。儂は藤坂舞に感情など不要と考えている。つまらぬ情に流され、鈍るのであれば殊更にの。さて、接待は終わりだぞ」

「亜月君ッ! 伏せてッ!」


 背後から舞の突き刺すような叫び声が。

 俺はそれに従って、操られるように身を屈める。瞬間、俺の首があったであろう位置を何かが貫いた。

 高速で放たれたそれは、その余波で背後の屋台がくり貫かれていく。


 改めて、その何かを視認する。

 尾。

 鱗を纏った尻尾だ。


「今のは……冗談じゃ済みませんよ。龍宮寺さん!」


 その言葉と共に、舞が俺の横を駆け抜けていく。

 刃が煌めく。

 だが、その煌めきが停止した。


「冗談だと思うか?」


 懐から取り出したのだろうか、短刀で舞の刀を押しとどめていた。

 火花が二人の間に生まれる。斬想刀の一撃を受け止められた。それだけで、彼の技量を推し量るには十分過ぎる。


「もう加減する必要もない。喜べ、弱者。我が真の姿をはっきりと拝めるのだからな」


 そう言い放って、舞の刀を弾けば。彼は大きく後退して両腕を広げる。

 瞬間。

 空に暗雲が立ちこめた。

 一瞬にして真っ黒な雲が空を覆っていく。合わせて、雷鳴が鳴り響いた。


「な……なんッスかあれ……」


 雷鳴は鳴り続ける。

 一度。龍宮寺の全貌が明らかになった。

 二度。緑色の鱗が雷に照らされる。

 三度。長い長い身体をうねらせれば。

 四度。口元に火を蓄えて。

 五度。空に駆け上るその姿。

 六度。それはまさしく……。


「龍……」


 七度。

 暗雲から幾重にも雷が轟き。

 その異形、その本質。その力。

 神。


「公王町に伝わる龍神伝説……。その正体は、あの人自身だ」


 舞の言葉と共に、龍宮寺は吠えた。


「灰燼に帰せ」


 一瞬にして、空が炎で埋め尽くされた。


「あっ……」


 逃げないと。

 そう思った時には遅かった。

 視界は極炎に埋め尽くされ、焼けるような熱が身体を襲う。

 死んだ。


 そう思った。


 迫り来る火炎に死を確信した俺だが、舞が刀で弧を描くように横薙ぎ。そうすると炎に切れ目が入り胡散する。


「今だ!」


 舞のその言葉と共に、俺は彼女に手を引かれた。

 そのまま必死になって逃げる。幸いにも空を覆うほどに吐き出された炎が目眩ましにもなっている。


「死ぬ! 俺二回くらい死んでた!」

「龍神伝説そのものって、めちゃくちゃッスよ!」


 俺たちは思い思いの言葉を吐き出す。

 あの姿、あれは紛れもなく龍。それでジャブ程度に打ち出されたのがあの炎だ。

 その前にも尻尾で首がくり貫かれるところだった。今、道を誤れば殺されたかもしれないことを思い出して悪寒が背を撫でた。


「……どうすれば」


 物陰に隠れて俺たちは足を止めた。

 そうしなければ息が持ちそうになかったから。それに、いくら逃げても意味はない。メアリー・スーの世界なのだから、いつか終わりが来てしまう。


 そんな現状の詰み具合を如実に表わすように、舞が手で目を覆った。

 刀を握る彼女の手が、小刻みに揺れている。


「龍宮寺さんとメアリー・スーをどうにかする……か」

「無理だ」

「マイちゃん……」


 彼女にしては珍しく弱気な言葉だった。

 どっちかというと、それを言うのは俺の役目な気がする。それはそれでどうなんだ。


「あの人は強過ぎる。亜月君だって見ただろう……勝てないよ」


 その通りだ。

 俺が逆立ちしたってあの龍をどうにかすることはできない。そのうえ、メアリー・スーにだって敵わない。


「じゃあ……諦めるしかないッスか?」

「……」


 沈黙が、流れた。

 数秒。

 十秒。


 そうやって沈黙が続けば続くほど、思考にモヤがかかっていくような気がした。

 身体の力が、どんどんと抜けていく。


「センパイ……? マイちゃん? どうしたッスか?」


 ロールの声も朧気にしか聞こえない。

 これは、この感覚は……。

 眠りに落ちるみたいだ。


「そう。私気付いたの。幽霊さんから消すんじゃなくて、あの二人を取り込んでから消せばいいじゃない。順番があべこべだったのよ」

「今度はなんなんッスか?」

「ふふ、安心して。ただ夢を見せるだけ。でも……それはナ、イ、ト、メ、ア。だけどね?」


 メアリー・スーとロールが会話していることは分かった。

 でもその言葉の意味は分からない。意識を保とうとしても、抗えない。

 俺は暗闇に抱かれるように。ゆっくりと、急速に、落ちていった。

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