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想造獣  作者: 雨有 数
第1.5章 公王町事件簿
71/91

71話「メアリー・スー・ルーシィードゥ」

「――パイ! セ……イ! センパイ!」


 俺は目を開けて身体を起こした。

 心配そうに俺の顔を覗き込んでいたロールが、ホッとしたように一息ついた。確か、龍宮寺さんと舞の二人の合流を見守って、そのまま花火が上がるのを見て……そしたら急にメアリー・スーが現れて……。


「そうだ! メアリー・スーは!?」


 と、俺は辺りを見回した。

 そこにメアリー・スーの姿はない。いや、二人の姿もない。……オマケに人の気配も。


「どこだここ?」


 更に言えば、自分のいる場所にすら見覚えがなかった。

 砂浜は砂浜。空は夜空。海もある。

 だけど違和感が拭えない。いや、明らかに違う。


「自分にもさっぱり……空が一瞬ピッカーンって輝いたかと思えば、次にはこれッス」

「夢でも見ているみたいだ……」


 俺は手で目を覆った。

 意識がハッキリとしていく度に、この景色のおかしさを理解させられるから。


 砂浜は全てかき氷。

 夜空は満点の星空。

 海は色とりどりのジュース。現実にはあり得ない光景。


 背後を振り返ってみれば、夏祭りの屋台が見えるが……。なんだかサイズ感が狂っている。極端に大きかったり、小さかったり。

 よく見て見れば、砂も、空も、海だっておかしかった。


 ぐちゃぐちゃの夢の中にいるみたいで気持ち悪い。


「亜月日々だ。平凡な人間だ。ただの男だ」

「……?」


 取り敢えず立ち上がった刹那、ひそひそと囁くようでそれでいて耳をつんざくような声が響いた。

 俺が立ったのと同じように、かき氷の砂浜からぬいぐるみの腕……のようなものが現れる。


「■■■■■■■だ。名も無き幽霊だ。醜い嘘つきだ」


 同じような声が響いたと思えば、俺の目の前で立ち上がった腕はなく。

 ロールの背後に腕と共に顔が砂浜から起き上がっていた。見覚えがある顔。クマのぬいぐるみ。メアリー・スーが連れ歩いているぬいぐるみだ。


 でも、ぬいぐるみが喋った言葉の一部が聞き取れなかった。まるで、別世界の言語で話されているような。言葉の形そのものが捕えられない。


「酷いッスねぇ~、名誉毀損で訴えるッスよ!」


 多分、その名も無き醜い嘘つきであるロールが頬を膨らませていた。幽霊とぬいぐるみの裁判か、地獄だな。

 頭の中で現実離れした存在が言い争うのを思い浮かべて俺は苦笑いを浮かべる。俺が平凡でただの男なのは否定しようもない事実だ。


 ロールに向けられた言葉は誹謗中傷じみたアレだが……。


「メイヨキソン? そんな言葉は知らないよぅ? それよりも楽しい話をしよう。ようこそ、メアリー・スーの夏祭りに!」


 かき氷を散り飛ばしながら、ぬいぐるみは全貌を露わにした。

 俺よりも倍ほどはあろう巨大な身体。俺たち二人を見下して、クマはにっこりと笑った。いや、元々笑っていたのかもしれない。


「ここはずっとずっと楽しさが募る場所。痛み苦しみ悲しみが消えた場所! メアリー・スーが生みだした夢の園」


 空へと浮かび上がり、クマは声を弾ませる。

 予想できたことだがどうやら俺たちはメアリー・スーの術中にいるらしい。話を聞いている限りでは、あんまりいい場所ではなさそうだ。


「でも、残念。とっても残念!」


 くるりと空で宙返りをして見せて、クマはふわふわの両手を広げた。

 俺の経験則で語るなら大抵この後に出てくる言葉はろくなものじゃない。クマの一挙一動に気を配りながら、俺は身構えた。いつ何時、何か起きてもいいように。


「ロール。君はここで終わりだよ。君は苦かったり、辛かったり、不味かったりするそれと同じように消える運命なんだ」

「逃げるぞロール!」

「はいッス!」


 クマの言葉を最後まで聞かず、俺は背を向けて逃げ出した。本当のクマ相手だと、こういう逃げ方はダメだというが……。

 轟音と共に砂浜に突き刺さった二本の腕を見る限り、俺の判断は正しかったことが分かった。

 立ち入り禁止区域で出会った時よりも、一撃一撃が重くなっているように見えるのはここがメアリー・スーの世界だからだろう。よく考えれば、以前はクマが喋っていなかったような気もする。


「逃げても無駄だよ。ここはメアリー・スーの世界。メアリー・スー・ルーシィードゥ! ……なんだから」


「るーしぃーどぅ?」


 空中であぐらをかいて、ロールは首を傾げた。俺が全速力で走ってる横でなんて呑気なんだ! それが幽霊の特権というのなら、今だけは変わって欲しい!

 なんて思い、俺はかき氷の砂浜を抜けて屋台の群れへと突っ込んだ。


 背後を一瞬振り返れば、クマのぬいぐるみは既にその姿が見えない。どうやら、必死になって追いかけてくるってわけじゃないようだ。

 よし……そのまま距離を取って……。


「ほう。今宵は追いかけっこの時間ですかな?」


 空から年老いた声が響いた。

 そう思った矢先、俺たちの目の前で何かが勢いよく地面を突き刺さる。通せんぼをするように現れたそれを前にして、俺たちは足を止めることを余儀なくされた。


 と、同時に周囲を見回す。

 落ち着いて観察してみれば、屋台の周辺、道の脇で多くの人が倒れ込んでいた。まるで、眠りこけているような。


「他の皆々様のご心配でしょうか」


 そう声をかけられて、俺はようやく正面を見た。

 どうにも今は見るべきものが多すぎる。声の主に視線を向ければ、そこにいるのはまたも異形。


 傘一本、ヒラヒラの装飾品が目立つ傘が一本。まるで人のように佇んで、ぺらぺらと喋っていた。


「ご安心を、お嬢様の加護により夢を見ているだけです」

「夢ッスか?」

「はい。夢です。美味しいご飯を食べる。好きな人と共にいる。理想を見ているのです。とても幸せなことでしょう?」

「ふぅん」


 ロールは納得のいっていないように目を細めた。

 押しつけがましいのは間違いない。あの人たちがそうして欲しいと願ったのならまだしも、突然現れて夏祭りをめちゃくちゃにした挙げ句、強制的に眠らされてしまうのは御免こうむる。


「そして亜月日々様はともかく。ロール様はここで消えて貰うとしましょう。残念ですが、これもお嬢様のため」


 傘の先がロールに向けられる。

 どいつもこいつもロールを脅かすという点は同じらしい。俺たちは傘が口上を終えるよりも早く屋台の隙間に駆け込んだ。


「無機物に恨まれるようなことしてたのか、ロールは!」

「いや、無機物にも有機物にも恨まれるようなことはしてないはずッスけどね!」


 屋台の合間を縫うように進み、別の通りに出た俺たち。

 メアリー・スーやその手先はどうしてロールの命を狙うのだろうか。その理由も、彼女の記憶が戻れば分かるのか。

 分からないことだらけだが、取り敢えず今は逃げることに集中しないと。


「どこまで逃げればいいんッスかね?」

「取り敢えず舞と合流しないと……夏祭りの中心地に!」


 確か、夏祭りの中心地には目立つ塔があったはず。合流する時はそういう目立つ建物を目指すのが一番だ。

 幸い、ここから距離はそう離れていない。

 何かが追いかけてくる気配もないし、このまま行ってしまおう。


「夢の園。夢ッスか……」

「どうしたんだ?」

「メアリー・スーは何がしたいんッスかね」


 ロールの言葉には微かに怒りが込められている。

 じんわりと、言葉の節々から憤りが滲み出ていた。その気持ちも分かる。これだけの人を巻き込んで一体何をしようというのか。


「メアリー・スーが何をしたいかって?」


 また別の声。今度は屋台から。


「じゃあ説明してあげましょう」


 別方向から声が。

 走る俺たちに追随するみたく、様々な屋台から言葉が引き継がれていく。


「夢を見せてあげてるのよ」

「ここは誰もがメアリー・スーになれる場所」

「みんなが幸せになれる楽園」


 声の天蓋が生み出されていく。

 俺たちを取り囲むそれはどれだけ走ろうとも振り切れない。ねっとりと纏わり付くように声は俺たちを捕え続けた。


 金魚すくいのポイが。

 リンゴ飴屋台の飴玉が。

 くじ引き屋台の景品が。


 まるで生き物のように動き、そして人の言葉を歌う。

 恐ろしい出来事は多く体験して来たつもりだが、この奇妙な世界は今までのそれとは別の意味で恐ろしかった。


「メアリー・スーを褒め称えるの」

「彼女はとっても素晴らしい子だから」

「君たちだって幸せになりたいでしょう?」

「じゃあメアリー・スーの手を取るの」

「そうしないと不幸になっちゃうよ」


「洗脳されそうッス……」

「洗脳したいんだろうさ」


 繰り返されるメアリー・スーを賛美する言葉を聞き流して、俺たちはため息を吐いた。いつまでもこれが続くと思うとうんざりしてしまう。

 どれだけそんな言葉を立て並べようと、俺たちがメアリー・スーの手を取ることはない。


「ここは楽園」

「誰もが夢を見れる」

「誰もが幸せになれる」

「いつまでも、いつまでも」


「人の幸せを勝手に決めないで欲しいッス~」


 べーっと舌を出して、ロールは屋台達に悪態をつく。全く効果がないみたいだ。

 どれもこれも俺たちに語りかけるだけ。何か行動を起こす気配がない。

 俺たちが目指す場所におびき出されているような、そんな雰囲気を感じ取ってしまう。でも、前に行くしかない。


「あ、開けた場所ッス!」


 ようやく、目的地に到着した。

 うるさい屋台の群れを抜けて、俺たちは立ち止まる。幸か不幸か、塔に変化はない。

 舞と合流できればいいんだけど……。


「うーん、マイちゃんいないッスね」

「会えないかぁ……」


 声はもう聞こえなくなったけど、それ以外は何もマシになっていない。

 この世界から抜け出す方法も分からないし、安全な場所もなさそうだ。取り敢えず、落ち着きたい。


「ふふ。楽しい楽しい歓迎会は気に入ってくれた?」

「……!」


 空から声が零れ落ちた。

 塔の頂上にちょこんと座り、足をゆらゆらと動かす少女が一人。メアリー・スー……。


「気に入ったように見えるッスか?」


 むすーっとした表情でロールが返事をした。

 それを見て、メアリー・スーはふわりと塔から飛び降りる。そのままゆっくりと降下をし、肩を竦めた。


「そう? でも貴方は元からお呼びじゃないの。残念ね」

「どうしてそんなにロールを目の敵にするんだ?」

「あら、平凡な貴方! 貴方は大歓迎よ? だって私は貴方、貴方は私なんだもの!」


 俺が声をかければ、ニッコリと笑って返事にならない返事をしてくれた。うーん、話が通じ合ってない。

 意図的に話をしてくれないのか、それともこれが素なのか。それは分からない。

 少なくとも、俺に敵意はないがロールに敵意はあるのは確かだ。


「さぁ、平凡な貴方。亜月日々、一緒に楽しい夢を見ましょう? でもその前に……」


 クスクスと笑ってメアリー・スーは指を鳴らした。

 すると、クマのぬいぐるみが虚空から姿を見せる。しかも、どんどんと大きくなって塔と同じ……それ以上に。


「まずは片付けからね。残念だけど追いかけっこはもうおしまい。飽きちゃった」


 ゴミを見るような目と凍えるような声色で、メアリー・スーはロールを見据えた。

 メアリー・スーの言葉に付き従うように、俺たちが走ってきた屋台の群れが姿を変える。まるで一つの巨大な生物のように繋がってぐにゃりとうねった。


 見上げれば、身体を広げた傘が空に蓋をする。


 逃げ道がない。


「センパイ……」

「クソッ!」


 じわじわと詰め寄るメアリー・スーとその仲間たち。

 俺とロールは身動き一つ取ることすらできなかった。どこに進んでも、メアリー・スーの手のひらの上であることに変わりはない。


「じゃあさようなら、また縁があったなら会いましょう。嘘つき幽霊さん」


 巨大なクマが両腕を振り上げた。俺は息を飲む。

 目をそらしたくなるその気持ちをなんとか抑えて、クマを睨み付けた。

 もしかしたら、隙があるかもしれない。最後まで諦めるな! 俺!


 今、腕が振り下ろされ――。

 なかった。

 一瞬、閃光がクマの腕を過ぎ去ったかと思えば、綿が降り注いだ。


「いつもいつも。私はどうしてこう、ギリギリになってしまうんだろうね」


 その言葉と共に俺たちの前に降り立った舞。

 彼女の登場に合わせて、真っ二つに斬られた傘が地面に転がる。


「いやいや……全然、むしろ」

「完璧なタイミングッスよ!」


 俺とロールの声が揃った。

 一気に安心した反動か、身体から力が抜けていく。


「さて、私の友達には手を出させない」


 刀の切っ先をメアリー・スーたちに向けて、舞は呟いた。

 やっぱり何度見たって彼女の背中は頼もしい。

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