69話「夏祭り、当日」
雲一つない綺麗な夜空。星は見えないけど、今日はそれ以上に美しいものが空に輝くのだから問題はなかった。
多くの人が行き交う夏祭り、その入り口で俺とロールは舞の到着を待っていた。言うまでもなく、今日は夏祭り当日。みんなが楽しみにしていた。
「う~ん、楽しそうッスねぇ。自分が人間だったら……ここにあるもの全部食べ尽くしてたッスよ!」
「来年一緒に来ればいいさ」
「そうッスねぇ~。じゃあ、来年のために勉強しておくッス!」
握り拳を作ってロールはそう言った。
リンゴ飴にかき氷、一口カステラ、フランクフルト……夏祭りで売られている料理を挙げればキリがない。それを全部食べようとするんだから、ロールの食い意地は凄いものだ。
彼女が人間に戻れたら、好きなものをうんと食べさせてあげよう。
「マイちゃん、遅いッスねぇ~。早く中に入りたいんッスけど……」
人差し指を咥えて、ロールは悩ましげに会場を眺めていた。
まぁ、ごちそうを目の前に置かれて待てをされているようなものだからさぞ辛いだろう。ふわふわと空を飛んで、上から見下ろしたり、逆にのぞき込むように眺めたり……。
なんともまぁ工夫を凝らして少しでも夏祭りに近づこうとしていた。
それでも一人で先に入ろうとしない辺り、義理堅い。
「あっ、自分もお着替えできたらいいんッスけどね……」
「できないの?」
「幽霊ッスから……服もセットで自分なんッスよ……」
多分、浴衣を見て羨ましくなったんだろうな。
俺もロールも、全く服装はそれっぽくなかった。ロールはいつもの服だし、俺だって特に特別な装いをしているわけじゃない。これなら、甚平でも着た方が良かっただろうか。
とは言っても、家には子供用のものしかないけど……。
「気合いでなんとかなったりしないんだな」
「なんッスかその雑な感じ……」
呆れたようにロールが肩を落とす。なんだか、ロールに呆れられるのは心外だな。
まぁ、気合いでなんとかなるならロールはとっくになんとかしているだろう。幽霊っていうのは、やっぱり不便なものだ。
「来年な」
「えー、そればっかりッス~! なんか方法ないんッスか!?」
「駄々をこねるなって、仕方ないだろ……」
「むぅ~、あっ!」
と、不満たらたらだったロールだが一瞬でその表情が明るくなった。
その視線の先にロールの機嫌を戻す何かがあるのは分かりきっている。俺もつられてロールの視線を追う。
そこにいたのは舞。
屋流の宣言通り、髪をセットして浴衣を着た彼女の姿は一見しただけでは舞だと認識できないくらいには普段の姿からかけ離れていた。
「どう、かな?」
「似合ってるッスよ~!」
はにかんで、舞はぽつりと呟く。瞬時にロールの声が覆い被さった。
飛びついて、彼女の周囲をくるくると駆け回る。目をきらきらと輝かせているロール、次に来る言葉は予想できた。
「自分もマイちゃんと一緒に髪をセットして浴衣を着て、リンゴ飴分け分けした後に砂でちょっと遊んで、花火を見ながら扇子を扇ぎたかったッスぅ~……」
「やけに具体的なプランだな……」
大きなため息を吐くロールに、舞は困ったように笑った。さっきからこの調子だったので、俺としては慣れてしまったのだが。
「そ、それは嬉しいな。来年、来年こそはそうしよう」
「みんなそういうッス~……来年、楽しみにしてるッス」
舞にも同じことを言われて流石に納得したのか、ロールは地面に身体を埋めた。
あの感じからして、まだ拗ねてるな。まぁ、会場に入れば自然と元に戻るだろう。
「にしても、屋流は本当にセットもできたんだな」
そんなロールは放って置いて、俺は舞に歩み寄る。
彼女の長い黒髪をまとめて、組み上げた髪型はそう簡単にはセットできなさそうだった。つくづく、屋流っていう男は家庭的だな。(ここまで来ると家庭的という括りに入らないのかもしれない)
舞は口元を綻ばせて頷いた。
「浴衣も、先生がプレゼントしてくれたんだ」
「屋流が……?」
あの人にしては気が利きすぎてて怖いな。一体どういう魂胆があったんだろうか。
いや、そういう風に疑ってかかるのは良くないことだ。でも、どうしてもあのダメ教師のダメっぷりが頭にちらついてしまう。
でもまぁ、舞は喜んでいるみたいだし大丈夫か。
「凄く似合ってる」
「亜月君にもそう言って貰えて嬉しいよ。……あとは、龍宮寺さんにも」
一瞬、目を伏せて舞は声の調子を落とした。
この後一緒に夏祭りを楽しむ相手、龍宮寺さんこそが今日の鍵となっている。
「大丈夫ッスよ~! こ~んなに可愛いマイちゃんを見て、何も言わないなんて、そんな時は自分がガツーンと言うッスよ!」
地面からロールが生えてきて、ファイティングポーズを取ってみせる。ロールがガツーンと言った日には大戦争が勃発しそうだけど……。まぁ、そういう心意気が大切なのだ。俺もなんか言ってやろう。そう思う。
「ありがとう。心強いよ。うん、きっと喜んでくれる。そうだったら嬉しいな」
「きっと、驚いてくれるさ」
俺は頷いた。
これだけ俺が驚いたんだし、いつもの舞をもっと知っている龍宮寺さんなら、きっともっと驚くに違いない。
「よし、じゃあ龍宮寺さんとの待ち合わせまで時間があるし、ちょっと祭りを楽しまないか?」
話が落ち着いたところを見計らって、俺は手を叩いた。
長いように見えて、夏祭りの時間なんてすぐに終わってしまう。いい加減会場に入らないと、またいつロールが駄々をこね始めるか分からない。
俺たちは夏祭りに足を踏み入れた。
「金魚すくいというものは楽しいね」
周囲がざわざわと色めき立っていた。それもそのはず、一人の女子高生が凄まじい速度と技術で次々に金魚をすくい上げていたのだから。
彼女曰く初めてやったということだが、飲み込みが早いのか……慣れたという言葉の後に待っていたのは入れ食い状態のフィーバータイム。
きっと、この金魚すくい屋が取った数でランキングでも作っていたら、舞は堂々の一位に輝いていたに違いない。
一方の俺はというと、三匹で終わり。これでも頑張った方だ。普通なら三匹でも凄いと言われるレベルだと思ったんだけどなぁ。
あれ、これなんかデジャヴ。
「センパイ少ないッス~」
「いや、舞が凄いだけだからな!」
精一杯俺は言い返した。
あれが普通だとは思わないで欲しい。決して! そして俺も割と凄い方だということを知って欲しい。
だって、ポイ三つに金魚三匹だぞ。十分じゃないか。
すくい上げた金魚たちを屋台に返却して、俺たちは他の屋台も見て回った。
名物も食べて、程ほどに遊び、もうそろそろ花火の時間。
俺たちは龍宮寺さんとの待ち合わせ場所に向かう。舞が事前に場所を伝えているらしい。
「リュウグウジさんはちゃんと来てるッスかねぇ」
夜空に浮かんで、ロールが腕を組んだ。
脈絡のない心配だが待ち合わせをしている時に、ふと、そんな不安が頭を過ることはある。
「あの人が約束を反故することはないと思うけれど……」
首を横に振って舞が言った。
俺もそう思う。あの人は、自分にも他人にも厳しいタイプだと。だからいないなんてことは無いだろう。
今の心配事はむしろ。
「……」
「でも、舞ちゃんは心配そうッスよ」
ロールが舞の顔を覗き込む。
そう、別のことで彼女は不安を感じているんだ。その別のことというのが何かは、俺も分からない。
「ううん。何でもないよ。ただ、花火が終わってしまえば、この楽しい夏祭りも終わりなんだと思うと……少し寂しいんだ」
立ち止まって、名残惜しそうに舞は振り返った。
俺も歩調を合わせて彼女と同じ景色を眺める。一年に一度の祭りが、もうすぐ終わる。もう少しだけ長く続いてもいいんじゃないかと思うが、それは叶わぬ願いだろう。
でも。
「大丈夫。来年もまた来ればいいからさ。それに、次はロールも目一杯楽しめるだろうから」
「そうッス! そうッス!」
「そうだね、二人の言う通りだよ」
微笑んで、再び足を踏み出す。
それに合わせて視線を前に向けてみれば……遠くの方に見覚えのある姿が。あれはきっと……龍宮寺さん。
どうやら約束通り、来てくれたみたいだった。




