67話「昔々の思い出話」
「龍宮寺さん、それは?」
「あぁ。気になるか? 最新ゲーム機だ」
「……? ゲームの趣味なんてありましたか?」
机の上に巨大な機械を並べて、龍宮寺さんは嬉しそうにそう言った。
私はというと、あんまりいい反応は示せていない。正直、ゲームというものに興味はなかった。
「いや、主が楽しめるかと思って買って来たのだが……。ほれ、見て見ろ主が好みそうなゲームソフト……とやらも目についたものを買って来たぞ」
機械の周辺に色々な箱が並べられていく。
ワンダフル☆ペット、剣豪カイチの冒険、大混戦ツウキンシスターズ……。華やかなパッケージデザインが目を引くが、あんまりやりたいとは思わなかった。
「どうじゃ、やりたいゲームはあるか? 儂は流行り物には疎くてのう。主が友達との話題に置いて行かれぬよう、物だけは買っておこうと思ってな」
「……」
「主のことだ、学校でも上手くやっているのだろうが……」
私は思わず押し黙ってしまった。
なんと言えば分からない。だって、私は龍宮寺さんが言うように上手くはやれていないからだ。
中学に入ってからというもの、日に日に自分から友達が離れていくのが分かった。理由? 多分、私ができ過ぎるから。
だから、龍宮寺さんの気遣いは無用だった。
だって、その流行り物を共有する友達が居ないんだから。でも、別に辛くはない。私には役目があった。
それしかなかった。
「主が望むなら……二人用のゲームもある。だから儂も一緒にゲームとやらを――」
「いえ。お気遣いは無用です。今の私に娯楽は無用。ただひたすらに自分を磨き上げます。何があっても……己の役目を果たせるように」
龍宮寺さんに気を遣わせたくなかった。私のためにしたくもないゲームを一緒にやるなんて、そんな手間をかけさせたくなかった。
だって、私は龍宮寺さんからしてみれば……どこまでも他人なんだ。
だけど、返しきれないほどの恩を既に受け取っている。だから、私は失望させてはならない。
◆
「ほれ、主も女子ならば斯様に愛い人形にも興味があるだろう?」
両手にふわふわのぬいぐるみを山ほど抱えた龍宮寺さんが私にそう言った。
クマ、ウサギ、カメ、犬、猫。龍宮寺さんには似合わないそれを見て、私はまた胸が締め付けられるような思いを抱いた。
また、私はあの人に迷惑をかけているのだろうか。
分からない。こんな時、どんな反応をすれば正解なのか。嬉しいと言えばいいのか? 多分そうだ。でも、同時に心が叫ぶ。
お前は与えられすぎだ。
私は何もかもを龍宮寺さんから貰った。これ以上何を貰えるというんだ。
「いえ……わざわざ私のために何かを買って頂く必要はありません」
「む。気に入らなかったか?」
「いえ……決してそういうわけでは」
自分の気持ちが上手く伝えられない。
そんな自分が嫌でさらに言葉が詰まる。どれだけ声を絞り出しても、それが悪影響だってことは辛いほどに分かっていた。
底なし沼に絡め取られていくように、もがけばもがくほど沈んでいってしまう。
「ふむ。では、何が欲しい?」
「……私は。私が本当に欲しかったのは……」
「……!」
薄く開いた瞼に鋭い光が突き刺さる。
私は身体を起こしてゆっくりと周囲を見渡した。見慣れたリビング、見慣れた机に見慣れたイス。
どうやら私はうたた寝をしてしまっていたようだ。
無防備な自分の姿をあの二人に見られなくて良かったと安堵して、私は胸を一撫でした。
随分と懐かしい夢を見ていたらしい。自分ですら朧気な記憶だったが、夢が呼び水となってぼんやりと思い出す。
私が本当に欲しかったものはなんだろうか。
◆
夢の中の私は、それを伝えようとしていたが……。実際は伝えられなかった。
そもそも、当時の私は本当に欲しいものなどない。……そのはずだ。あの頃と比べたら、今の私は欲に塗れているのかもしれないな。
それが、いいと思えるようになったのも大きな心境の変化だろう。
「やぁ舞ちゃん。お邪魔してるよ、それと……おはよう」
「先生、いつから居たんですか?」
「ん? ついさっき……あぁ、なんで寝てたのが分かるのかって? おでこと顔、赤いよ。うん、跡がついてる」
「あっ……」
軽やかに扉を開いて気怠げな声を響かせる先生。同居していた時もあってか、先生にとってこの家は第二の自宅みたくなっている。
合い鍵も持っているので、基本ふらっと現れてふらっと帰っていく。
つい最近までそれが気にならなかったのだけど、最近はちょっと気になるようになった。というよりも、以前の私は誰かが家に入ったらすぐに気がついていた。今はそういうわけではない。
だから、少し気にしてしまうのだろう。
「とまぁ、そんなことはどうでもいいよね。日々君から聞いたよ? 呼び方について赤裸々に語ったって?」
「先生、意図的に誤った情報を……」
にへらと笑って、先生はソファに身体を預けた。
私は先生を見つめる。ちょっと問い詰めた。
友達間の呼び方について相談した。私も初めての友達で舞い上がっていたのだろう。にしても、酷い空回りをしてしまった。
だから、その原因となった先生にはちょっとばかりの怒りを覚えている。
情けない私は、あんまり見せたくないものだ。嫌われるかもしれないのだから。
「うん、まぁね。でも、上手くいったでしょ?」
「それは結果的に……」
いや、違う。
先生は多分そうなるって分かってやった。そういう人だ。
だから私はこれ以上の追求ができない。確かに、あのまま悶々としても仕方がないことだったし、踏み込んで良かった。そう思える。
でも、気恥ずかしかった。
「結果良ければ全て良し。舞ちゃんは一人で抱え込みすぎなんだよ。思いっきり吐き出しちゃえばいいのに」
「……そうですね」
今までの私は自分の思いを秘めすぎていた。
そんなに隠して、大事に取っておくべきものではない。理屈では分かっていたはずなのに、怖かったのだろう。
だけど、色々と経験して。
そうやって吐き出すことの気持ちよさを知った。
だから、私は頷けた。
「あ、そうだ。夏祭りに向けて、舞ちゃんにプレゼントがあるんだ」
「プレゼント……ですか?」
そーだよ。なんて間延びした口調で先生が話した。
そのままゆっくりと立ち上がって、袋を掲げる。見るからに高価そうな袋に入っているのは……。
「浴衣……ですか?」
「御名答。持ってなかったよね?」
「はい……でも、いいんですか?」
「何が?」
合点がいっていないように先生が首を捻る。袋を開けて、浴衣を広げて見せた。
落ち着いた紺色に、花の柄が映えた浴衣。
綺麗だった。
でも、本当にいいのだろうか。こんなものを受け取っても。
「私がそれを貰ってもいいんですか……?」
「いいんですかって、もちろん。君が着ないと、誰が着るっていうのさ」
「……」
半分、私に押しつけるように先生は机の上に浴衣を置いた。
その優しさが嬉しかったし、同時に少しだけ苦しくもあった。思考の癖とは恐ろしいもので、マイナス思考に囚われないようにと思っていても、いつの間にかその思考にどっぷりと浸かってしまっている。
「こういう時なんて言えばいいか分からないって顔してるね」
「ええ……教えて頂けますか?」
「まさか。誤った情報を流されるかもしれないよ?」
皮肉っぽく、子供が無邪気にイタズラを仕掛けるみたいに先生は言った。その後、真面目な顔つきで先生はふぅとため息を吐く。
多分、私の迷った表情を見かねたのだ。
「君はその答えをもう十分に知っている。教師の役目は生徒を導くこと。何でもかんでも答えを教えることが導くことだとは僕は思わない。だから、それは君自身が考えることだ」
寝癖だらけの髪を掻いて、先生は私に背を見せた。
たまに見せるこの神妙な教師然とした姿が先生の本性に思える。いつもは自堕落でおちゃらけているが、何かに真剣になれる。それを知っているから、私は先生を信頼できた。
「……先生」
私がもう一言、先生に言おうとした瞬間。
振り返って先生は人差し指を口の前に立てた。
「答え合わせはまた後日。もっと相応しい場所と相応しい時で披露するべきだよ。じゃあね。浴衣の着る練習をしておくように、流石の僕でも……君の着付けはしちゃ不味いだろう?」
「そうですね。準備しておきます」
くしゃりと笑う先生を見送って、私は残された浴衣を眺めた。
自然と心が弾む。これが、ワクワクするということなんだろう。これを着たら、みんなはなんて言ってくれるだろうか。
そう想像するだけで楽しかった。
楽しみだな。
夏祭りが。
きっと、何もかもが上手くいく。そう信じることができた。




