64話「決断」
かつん。
かつん。
市役所の地下へ続く階段。一段降りる度に、自分の足の音が薄暗い道に広がっていった。
この道の先に龍宮寺さんがいる。
だから、私の足も自然と重くなっていた。
亜月君とロール君の二人には先生の店で待って貰っている。私の背中を押してくれた二人のためにも、吉報を持ち帰りたい。
そう思えば、前に進める気がした。
階段を降りきり、私は暗がりの中を進んだ。永遠とも思える暗黒が視界の先を支配している。
十歩ほど歩けば、鉄の扉が私の前に現れた。
分厚い金属製の扉でさえ、龍宮寺さんと私を区切っていると思えば薄く見えた。
それは、なぜだろうか。
「龍宮寺さん。藤坂舞です。今、お時間よろしいでしょうか?」
扉を二度叩いて私は要件を伝えた。
いつものように返事はない。それが普通だ。
龍宮寺さんの声の代わりに扉が一人でに動く。何度も見た光景。私にとってはこれが普通だが、恐らくこれは普通じゃないのだろう。
龍宮寺さんが待つ部屋の中に入って、私は一礼する。
通路と同じように暗い部屋。その中央に龍宮寺さんが鎮座していた。
私が顔を上げると同時に、室内に暖かな光が溢れる。私の正面にあぐらをかく龍宮寺さんを見据える。
「藤坂舞、要件は?」
「はい。二日後に行われる夏祭りに私は亜月君とロール君と一緒に参加しようと考えています」
「ほう……?」
龍宮寺さんの眉がぴくりと動いた。
どうしてか、龍宮寺さんはあの二人を目の敵にしているような気がしてならない。二人はあんなにもいい友人なのに……。
龍宮寺さんの表情の機微と、それに付随して着いてくる言外の圧に屈してしまいそうになる。言葉を飲み込もうとする自分をなんとか抑えつけて、私は声を振り絞った。
「龍宮寺さんも……一緒に……どうでしょうか?」
言った。
私は言ってしまった。
口からその言葉が飛び出した瞬間、私は思わず龍宮寺さんから目をそらしてしまった。
その時の龍宮寺さんの表情を知るのが怖かったから。だって、心底嫌な表情をされてしまったら……。私は、泣いてしまうかもしれない。
「共に、夏祭りを?」
「はい。思えば、私はこの町で生まれ育ちましたが……夏祭りには参加したことがありませんでした。龍宮寺さんが多忙であることは知っています。私よりも、共に夏祭りに参加したい大切な人だっていらっしゃるかもしれません。でも、今年は……私と一緒に……。夏祭りで花火を見て欲しいんです」
目を伏せたまま、私はつらつらと言葉を吐いた。
苦しい、胸が。
一言一言話す度に胸に疼痛が走る。どうしてこんなにも苦しいのだろうか。その理由は分からない……いや、分かりたくなかった。
龍宮寺さんは今どんなことを考えているのだろうか。それも、知りたくない。
「覚えておるか? 主が小学生……二年だったか。その時に儂は主を夏祭りに誘ったのだ」
「そうでしたか……? 申し訳ありません、正直に言うと身に覚えがなく……」
私は視線を上げて龍宮寺さんを見た。私よりもうんと小さい背中だが、不思議と私よりも大きく感じる。
龍宮寺さんから夏祭りに誘われたことがあったなんて……。すっかり忘れているようだ。
「無理もない。儂からしてみれば瞬きのような時の流れではあれど……主にしてみれば長い長い月日であろう。その時、主はこう言ったのだ」
「はい……」
「夏祭りには興味がありません。私は、亡き父の役目を引き継ぎ龍宮寺さんと一緒に町を守りたい。そのために、私を強くしてください……とな」
「……」
ぼんやりと、記憶が蘇ってきた。
確かに私はそう言った。今から何年か前の私は、龍宮寺さんにそう頼み込んだことを思い出した。
「童がなんと利発であろうかと、儂は驚いたものだ。しかし、生半可な覚悟だと侮ってもいた。それがどうだろうか、今や主は無くてはならぬ存在となった。こうも逞しくなろうとは、な」
私に背を向けたまま、龍宮寺さんは思い出話を語る。
当時の私は、一刻も早く戦いたかった。修練の日々が娯楽だったのかも。遊ぶ間も、寝る間も、何もかもを惜しんで私は自分を磨き上げた。
実際に想造獣と戦うことを認められたのは中学生になってからで、そこから今に至るまで色々なことがあった。
そう思うと感慨深い。
「そして、儂を夏祭りに誘う。ふむ。だが、亜月日々並びにロールなるものは不要だろう」
ゆっくりと、龍宮寺さんが私の方へと振り返った。
その眼光は……いつにも増して鋭い。やっぱり龍宮寺さんは、二人を目の敵にしているようだ。
「いい機会だ。主にも言っておこう。あの凡人と幽霊はいずれ主の障害となるはずだ。主にとって、最も大切なものはなんだ?」
「……」
最も大切なもの。
なんだろうか。すぐに答えられなかった。候補が多くある。それに答えも自分の中にあった。
だけど。
それを口に出せなかった。
「それは主に課せられた役目だろう。その役目の障害となるのだ。弱者は」
私にとって、最も大切なものは役目。町を守る役目……。以前の私なら、多分疑いもなくそう言っていた。
でも、今の私はそうじゃない。いや、役目だって大切だ。だけど、それが唯一無二の大切なものだと思えなかった。
だけど、私はそれを龍宮寺さんに伝えることができない。
もしそれを口にしてしまえば、私と龍宮寺さんを繋ぐ縁がぷっつりと切れてしまうような気がしたから。
それに……私は龍宮寺さんに逆らうことが恐ろしい。
「……主はそうは考えておらぬのか?」
「いえ。いえ、違います。ただ、あの二人は龍宮寺さんが思っているよりもずっと、ずっと、凄くいい友人なんです。だから……それを龍宮寺さんにも知って欲しいと思って……」
「今まで反発することなどなかった藤坂舞が、あの二人のこととなれば、面白いように反発する……ほぉう。役目よりもあの二人の方が心底大事と見える」
「そ……それは」
言葉に詰まった。
二人も、役目も、龍宮寺さんも、全部同じように大切だ。でも、そう口に出せない。
私の本当の気持ちを包み隠さず言ってしまえば……そう考えると口を閉ざしてしまうしかなかった。
今の私は、龍宮寺さんがいなければ何もかも成り立たない。
私が私であるのは、龍宮寺さんがいたから。もし、龍宮寺さんとの縁を切ってしまえば……。私は私を否定することになってしまうんじゃないだろうか。
だから私は何も言えなかった。
そんな私を察してか、龍宮寺さんが口を開く。
「良かろう。主がそうまでして強く望むことなど初めてだ。亜月日々、ロール。その二人が儂の目に敵うかどうか。最後にしっかりと見極めてやろう」
「……ということは」
「ああ。夏祭り、主らと共に出向くとしよう」
「……! ありがとうございます!」
思いも寄らぬ返事に、さっきまでの悩みも吹き飛び私は頭を下げた。
見極める。その言葉に一抹の不安こそ覚えたが、当初の目的を果たすことはできた。それは素直に嬉しかったし、夏祭り当日がより楽しみになった。
早く二人に報告しないと!
私の気持ちは、いち早く二人の方へと向けられていた。
思えば、それがダメだったのかもしれない。




