63話「下見」
「海ッス! 浜ッス! 夏ッスー!」
右で浮遊するロールが力の限り叫んだ。耳を塞いでもやかましいロールは取り敢えず無視しておこうか。
「海だ……浜だ……夏だ」
左で立つ藤坂が噛みしめるように呟いている。ロールと比べるとあまりにも小さな声で話す藤坂は、心なしかいつもよりも楽しそうに見える。
俺たちは昨日の話通り、三人で夏祭り会場の下見に来ていた。
公王町は海もあるし、山もある。ここ、希望の浜と名付けられている砂浜は今みたいに暑い季節になると多くの人で賑わう。
とはいえ、今は夏祭りのために海水浴は禁止となってしまっているし、お祭りの設営に多くの作業員がかり出されているようだった。
だから下見と言っても、中には入れない。ちょっと遠くから海や浜を眺めて、当日にはここに並ぶ屋台を想像するくらいだ。
「多くの人が、夏祭りに携わっているんだね」
作業をする人たちを眺めて藤坂が話す。
俺も設営準備は初めて見るが、本当に多くの人が関わっている。幾度となく参加した夏祭りのこんな姿、見ようと思えばいつでも見られたのに初めて見るなんて……なんだか不思議な感覚だ。
「龍宮寺さんは関わってないんッスか?」
「うーん。行政の方は町長さんが担当しているみたいだよ。大事な取り決めには口を出すこともあるみたいだけど……」
「口出せるんだ……」
どうやら、龍宮寺一族の始祖であり町を裏から操っているという屋流の話は嘘ではないらしい。
聞いた感じ、あえて表の仕事には口を挟まない主義なのだろうか。ここぞという時や、自分が出なければいけない時を弁えているのかもしれない。(単純に面倒臭いだけかもしれないけれど)
「まぁ、それはともかく! 花火が一番綺麗に見えそうなポイントを探すッス! ちょっと待ってくださいッス! 花火が発射されるとこ、見てくるんで!」
「おいロール……あ、行っちゃった」
俺が止める間もなく、ロールは俺たちに背中を見せて飛び去っていってしまった。
まぁ、確かにロールの浮遊能力と普通の人には見えない霊体があればお茶の子さいさいなんだろうけど。自分は命を狙われている立場だっていうのを自覚して欲しいというか……。
大丈夫だろうけど、少し心配だ。
「元気だねロール君は」
「元気過ぎるくらいだ。まるで当日みたいなはしゃぎようだよ」
「それは……私もかも……しれない」
「え……?」
少し照れた様子で藤坂は笑った。
確かに……いつもの藤坂より心なしか声が弾んでいるような。楽しそうな気がする。二人は夏祭りに来ること自体が初めてみたいだし、無理もないか。
「ひ――亜月君はそうじゃないみたいだけど」
「楽しんでるよ、当日はもっと楽しむだろうけど」
ひ、という枕言葉に引っかかりつつ、俺は返事をする。ひってなんだろうか、ひって……。
そんな悩みで頭がいっぱいになっていると、ロールがふわふわと帰って来た。夏の暑さなんてどうってこともなさそうに(実際どうってことない)しているのはやっぱり羨ましいな。
「おかえりロール君。どうだった?」
「うーん、あそこから花火が出るらしいッス!」
ビシッとロールが指さした先を見る。見るが、遠くてよく分からない。
「なるほど、あの位置から察するに」
藤坂には伝わったらしく、顎に手を当てて地図とロールが言った地点を交互に見遣った。今、藤坂の脳内では凄まじい計算が行われているに違いない。
というか、地図なんて持ってきてたんだ……。藤坂の本気度が伝わってくる。
「うん、地図にして丁度この辺りが花火を見る最適なスポットだ」
広げた町の地図に、白い手を添えて藤坂が言い切った。俺とロールは地図をのぞき込む。
屋台群から少し外れた浜。海のほど近く、端っこ辺り。
多分、藤坂がそういうなら最適なスポットなのだろう。
「どうやって分かったんッスか?」
「高度、当日の人混みの予想、花火が打ち上がる速度を計算に入れてね」
「よくわからないけど、す、すごいッス……!」
朝食のメニューを答えるみたく、藤坂が淡々と言った。
それら全てを計算に入れて考えているなんて凄すぎる。圧倒される俺たちを見て、藤坂はクスリと笑う。
「ふふ。なんてね、嘘だよ。勘で選んだだけさ」
「なんだぁ~嘘ッスか~」
ロールは残念そうだが、俺はむしろ嘘で良かったとさえ思った。嘘でいいというより、藤坂もやっぱり勘で選ぶことだってあるよな。って感じだ。
俺が花火の見えやすいスポットを聞かれても、やっぱり勘を頼りにするだろう。俺と同じことを考えているということがちょっと嬉しい。
「じゃあ、花火の時は藤坂が選んだ場所で見るって感じで大丈夫?」
「ああ。もちろん。ひ――いや、亜月君がオススメの場所があるというならそこが……」
オススメの場所……。ないな。
俺は首を横に振って否定の意思を見せた。というか、やっぱり……ひってなんだ! そっちの方が俺は気になる。
「ひ――亜月君のオススメの場所がないとすれば、ロール君は他にあるだろうか?」
「ないッス~。マイちゃんが選んでくれたところで大丈夫ッスよ~!」
まただ。
どうやら、俺の名前を呼ぶ前に……ひが来るみたいだけど。
ひが気になり過ぎて、会話に集中できない。聞くべきなんだろうか……でも、聞けないしなぁ。
なんか、聞きにくいというか……。俺だけに聞こえる幻聴の可能性もなきにしもあらずだし……。
「ありがとう。じゃあ、そうしよう」
「はいッス! ところで……マイちゃんさっきから、ひって言った言いかけてすぐ辞めてるッスけど、何かあったッスか?」
「え……」
ロールが真っ直ぐに藤坂の顔を見つめて首を傾げた。よくやった!
藤坂はロールの質問に目を丸くする。もしかして、聞いちゃ不味いことだったか?
取り敢えず俺だけに聞こえる幻聴じゃないことが分かっただけでも上々だ。
「えーっと。その……」
藤坂にしては珍しい焦りようだ。
どんな時でも、どんなことに対しても怯むことはまぁない藤坂が……。(ゴキブリと龍宮寺さんは例外)
余程の事情があるらしい。
「なんというか……。その、私たちは友達だろう?」
「そりゃあそうッス。ね、センパイ」
「ああ、もちろん」
言い難そうに藤坂は目を伏せて、ぽつりぽつりと言葉を零す。
「友達はその……名字じゃなくて……その、本名で……呼び合うものだって……先生が言っていたから……私も、亜月君を名前で呼ぼうと思ったんだけど……」
もじもじと、恥ずかしそうに頬を赤く染めて藤坂は語る。先生って多分屋流だ。屋流しかいない。
どうやら、藤坂が俺の名前を呼ぶのに、ひ、という言葉が着いてきたのは俺の名前である日々で呼ぼうとしていたから……みたいだ。
「じゃあ、呼んでいいと思うッスけど。センパイだって嬉しいはずッスよ!」
俺は頷いた。
遠慮なんて必要ない。あんまり日々って名前で呼ばれることはないけど、だからこそ嬉しい。どうして途中でやめて、亜月の方で呼ぶんだろう。
「亜月君が肯定してくれるのは分かっているんだけど……その……はっ、恥ずかしいんだ!」
「恥ずかしい……」
「……ッスか」
なんとも言えない沈黙が数秒、俺たちの間に流れた。
もう耳まで赤くなった藤坂はいっそ開き直ったのか、俺たちに視線を合わせる。
「それに自分の名前も亜月君には呼んで欲しいし……」
「みたいッスよ、センパイ~」
ロールが俺の肩を肘でつつく。(とはいえ、霊体である彼女の肘はすり抜けていくのだが)
藤坂を名前で呼ぶか……。俺は構わないけれど、その前にハッキリして置かなければならないことがある。
「もしかして藤坂、名前で呼び合わないと友達じゃないって思ってないか?」
「……そういうものじゃ?」
屋流の伝え方が悪かったのか、それとも元々屋流はこういう風に勘違いさせたかったのか……定かではないが俺は藤坂の勘違いを正さないといけない。
呼び方で関係性が変わるなんて、そんなのはあり得ない話だ。確かに親しくなれば自然と呼び方も近いものに変わっていくけれど……それは、親しいからそう呼ぶのであって、そう呼ばなければ親しくないというわけではない。
「なんて呼ぶかじゃなくて、その呼び方にどんな想いを込めるかが重要なんじゃないかな……って俺は思うんだ」
だから俺は真っ直ぐに自分の考えを伝えてみた。
藤坂は俺の目を見つめて、ゆっくりと頷く。
「うん。そうだね、亜月君の言うとおりだ。済まない、どうやら私は初めての友人に対して気持ちばかりが先走っていたみたいだ」
さっきまでの焦り方が嘘みたいに落ち着いた様子の藤坂は穏やかに微笑んだ。
分かってくれたみたいで一安心。でも、藤坂にそう言われるのは悪い気はしないな。
「でも、呼びたい、呼ばれたいって気持ちがあるなら! それに合わせた方が良いッスよ! マイちゃんはマイちゃんって呼ばれたいッスもんね~?」
良い話で纏まりかけたところをロールが割り込んできた。
俺たちの顔を交互に見遣ってロールはサムズアップする。藤坂は腕を組み、一瞬瞼を閉じた。
「いや、亜月君の呼びたい呼び方で呼んでくれると嬉しいよ」
と、言われても……。
呼びたい呼び方か……。藤坂は舞って呼ばれたいみたいだし……。
「うーん、じゃあ。俺はこう呼ぶよ……舞って」
「……!」
藤坂……もとい、舞の表情がパッと明るくなる。
でもこうして呼んでみると……なんだか気恥ずかしい。藤坂……じゃなくて、舞の気持ちもちょっと分かる。
「じゃあ私もこれからは……ひ……ひ……」
舞も俺に続いて名前を呼ぼうとするが……中々最後の一歩が踏み出せないようだった。
残念そうに肩を落として、藤坂は恥ずかしそうにため息を吐く。
「……亜月君。やっぱり私はまだこちらの呼び方で呼ばせて貰うよ」
俺の名前が呼ばれるのはまだまだ時間がかかりそうだった。
こほんと舞が咳払いをして、真面目な顔つきに一転。
「それと、決めたよ。今から龍宮寺さんを夏祭りへ誘いに行こうと思う」
真っ直ぐに俺たちを見据える茶色の瞳が、彼女の抱いた決意の固さを示していた。




