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想造獣  作者: 雨有 数
第1.5章 公王町事件簿
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59話「決断」

 山から見える夜空には、都市部では見られないような美しい星空が見えていた。

 私としては、もう慣れてしまった空だけど……二人が見たら喜んでくれるのだろうか。一人で楽しむ星空は、そう価値のあるものだと思えない。


 そんな夜空から目を離して、私は携帯電話をテーブルの中央に置いた。今日は今から友達と通話パーティ……兼作戦会議をやることになっている。私としては夜に友達と通話をして遊ぶなんていうことは初めての経験だった。


 リビングのイスに座り込んで、ただ静かにその時を待つ。

 ……緊張してしまう。自然に会話をすることができるだろうか? 何か携帯電話の他に用意するものがあるだろうか?


「……何してるの、舞ちゃん」

「……! せ、先生!?」


 たくさんの悩みが頭の中を駆け巡っている中、背後から機器馴染みのある声が聞こえてくる。

 急いで振り返ってみれば、そこには先生の姿が。


「あー、ごめん驚かせちゃった? それの前で神妙な面持ちしてたから気になってさ」


 いつも通りの先生らしい無気力な言葉遣いで、私の携帯電話を指さした。そのまま、先生はくすりと笑って肩を竦める。


「初めて君の驚く顔を見れた気がするよ」

「そう、でしょうか?」


 にかっと笑って、先生は嬉しそうにそう言った。

 私が驚く顔か……。確かにあまり他人には見せたことがないかもしれない。そもそも、以前の私は鉄仮面と呼ばれていたくらいだ。(それは今もかもしれないけれど)

 感情の機微が伝わりにくいのかもしれない。


「そうそう。日々君とロール君と一緒に連む前は……あぁ、今日はその二人と電話でもするの?」

「ご明察ですね。その通りです」

「ふふ、舞ちゃんにしては分かりやすく緊張してたもんね」

「そうですか……」

「今度はちょっと嬉しそうだ」


 手のひらの上で転がされるように、私の感情が先生に見透かされた。あるいは、私の心が万華鏡みたく移り変わっていく。

 普通は人に自分の心を読まれているなんて、居心地が悪いのかもしれない。

 けれど私はそれも嬉しかった。


「伝わりますか?」

「ああ、とっても」


 私は鉄仮面だった。

 でも、あの一件で私は少し変わった。二人のお陰で感情を誰かに見せてもいいんだって思えるようになれた。

 その変化が、私はこの上なく嬉しい。

 でも同時に少し恐ろしい。


「先生、先生は今と昔……どちらの私が好ましいでしょうか」


 変わることは恐ろしいんだ。

 その先にある自分は、もしかすると醜悪で嫌われ者の自分かもしれなかったから。そんなことはないと知っていても、心のどこかでそう思ってしまう。


「そうだな。僕は今の舞ちゃんの方が接しやすいかもしれないね。でもさ、昔の君だって好きだったよ。僕はどちらかの君じゃなくて、藤坂舞という人間がそれなりに好きさ」


 よれた白衣に両手を突っ込んで、先生は静かに語る。

 この人は、どこまでが本気でどこまでが冗談か今でも判別がつかない時がある。でも、今の言葉は真面目に言ってくれていた。

 それなり、その言葉も逆に嬉しい。この人は私に期待していないんだ。どちらの意味でも……。


「ありがとうございます。龍宮寺さんも……そんな風に考えてくれているでしょうか?」

「どうだろうね。どうしてそんなことが気になるの?」

「いえ……」

「分かった。舞ちゃんは心配なんだ」


 机に寄りかかって、先生はにへらと笑う。

 みんなが嫌いだというその胡散臭い笑顔が、私は妙に心地よく感じた。

 以前の私は、多分この人の前でしか休めなかったから。自分に期待していない人間は先生が初めてだった。


「でも、心配する必要はない。親ってのは、子供がどんなことになっても好きなものさ。逆はそうじゃないけどね」

「……?」


 冗談っぽく笑う先生。

 たまに、嘘っぽい笑みじゃなくて本当の笑顔を見せることがある。そんな笑顔も私は好きだった。


「親ってのは、子供のためならどんなことでもする。たとえ、それが疑似的な親子だとしてもね。舞ちゃんは、自分のためにどんな非道をもしてしまう親を好きになれる?」

「……分かりません」


 たまに、嘘っぽい言葉じゃなくて本当の言葉を先生が吐き出す時がある。この時だけ先生の目は、本当に少しだけ生き返る。

 私はその目が……少し恐ろしかった。

 どうして恐ろしいかは分からないけれど……。でも、ちょっとだけ怯みそうになる。


「だろう。でも、子供がどんな悪行を成しても……親ってのは子供が大好きなんだよ。ま、子供のいない僕が言っても説得力がないかな?」

「……いえ、ありがとうございます。先生のお言葉で勇気が出ました」


 先生にお礼を言うと、テーブルに置いた携帯電話が震えた。

 そして軽快な電子音が部屋に響き渡る。飛びつくように電話を確認してみれば、そこには亜月日々という文字が。

 二人からだ。


「おっと、僕はお邪魔だね。じゃあ、取りたいものは取れたし僕は失礼するよ」

「ええ、また明日」

「うん、また明日。おやすみ」


 おやすみなさいを会釈に添えて私は携帯電話を片手に持つ。

 バタンという扉が閉まる音を聞きながら、私は深呼吸をした。


「よし……出よう」


 若干震える手で私はボタンを押す。


「藤坂聞こえるか?」

「ああ、しっかり聞こえているよ」


 携帯電話から聞こえてくる亜月君の声。私は彼に見えないのに首を縦に振った。

 私の声も、きっと同じように聞こえているんだろう。


「あれ、ロールの声は聞こえてないかな?」

「私には聞こえていないけれど……」

「幽霊の声って電話じゃ拾えないのか……」

「……」


 私たちは、最も大切なことを失念していた。

 そういえば……ロール君は幽霊だ。電話で声が拾えない可能性を考えていなかった。不覚っ……。


 結局、ロール君に配慮して私たちは簡単な情報共有と整理をして具体的な作戦会議を明日に回した。

 明日は今のところは用事がない。久しぶりの休日だ。

 通話パーティーができなかったのは残念だが、仕方がないことだろう。


「ああ、また明日。おやすみ」

「うん、ロールもおやすみだってさ」


 二人に別れを告げて、私は通話を終了した。

 今の目標は龍宮寺さんを夏祭りに誘うこと……。私はあの人を誘いたいけれど、あの人を誘うことは難題だ。


 急に静かになった部屋で、私は天井を見上げた。


「親は子供がどんなことになっても好きなもの……か」


 先生が言っていた言葉を私は反すうした。普通の親子というものを知らない私には、馴染みの薄い考え方かもしれない。

 でも、多分あの人が言うのだから……間違ってはいないのだろう。

 ただ、それが正しいとしても私にとってはもっと根本的な問題があった。


「そもそも、龍宮寺さんは私のことを子供と思ってくれているのだろうか」


 分からない。

 それが。

 その一点が分からないから私は怖い。


 ともすれば、私は龍宮寺さんにとって子供でも何でもなく。ただの部下……いや、部下であればどれほど幸福か。

 道具のように思われているのかもしれない。そうではない、そうではないと否定を重ねることはできるが、どうしてもそんな思考が私の頭の片隅でこべりついていた。


「でも、怯えてるだけではダメだって二人に教えて貰ったから私も歩み始めないといけないな」


 二人に貰った勇気を零さないように握り拳を作って、私は決意を胸にした。


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