57話「情報収集」
いつもの屋流の店。
外見は相も変わらず奇抜。俺は扉に手をかけて、力を込める。そうすると、からんころんという喫茶店らしい音と共に扉が開いた。
中から、涼しい空気が一気に俺の頬を撫ぜる。なんと気持ちがいいのだろうか。
「お邪魔します」
「お邪魔するッス~」
ロールと声を揃えて、俺たちは入店した。
室内を見て、屋流の姿を探す。いつもならカウンターにいるか、イスにだらしなく座っているかの二択だが。その姿は見えない。
「屋流先生いますか?」
ということは、店の奥で作業でもしているのかな?
そう思って俺は声を張り上げた。でも、返事はないし人がいる気配もない。
「誰もいない……?」
「でも鍵はかかってなかったッスよ」
一歩、二歩踏み出して、俺は店内を見渡した。
やっぱり人の気配はない。正直、屋流なら鍵もかけずに外出しそうだけど……。流石にそれほど不用心ではないと信じたい。
ロールの言葉を聞いて、後ろを振り返った瞬間。
「ニンニン!」
「うわっ!?」
扉の前に立っていた不審者――もとい風間さんに驚いて俺は思いっきり飛び退いた。
「何してるんですか風間さん……」
「え? たまたま店に入ってくる二人が見えたから、脅かしてやろーって!」
「どうしてそこから脅かそうという結論に……」
「面白いから」
「……」
けろっとした表情で理由を話す風間さん。
そういえば、この人は屋流やロールと似た思考を持つ人だった……。なら、こういうことをするのも納得できる。
「凄いッスね! 自分たち全然気がつかなかったッス!」
「ま、忍者だからな! ははは!」
ロールの言う通り、店内をあんなにしっかり見たはずなのに風間さんの存在に気がつくことがなかった。
忍者だから気配を消すことが得意なのだろうか。だとすれば、流石だと言わざるを得ない。
その凄い才能をこんなバカみたいなことに使うのはどうかと思うけど。
「そういえば、ハジメちゃんに詰められたんだって?」
顎に手を当てて、風間さんは思い出したかのように会話を振る。
「よく知ってるッスね」
「まぁ、黄成から聞いたんだよ。タクシー代わりに使われて困ってるってぼやいてたぜ」
「その屋流先生はどこに?」
「さぁ、アイツはたまーに用も言わずにどこかに行くこともあるんだよ」
なんて言って、風間さんはカウンターの中に入っていく。
一々ジャンプして、空中で回転しながらなんてアクロバティックにする意味はないと思うんだけど……多分そういう癖なんだろう。(もしくは、俺たちに忍者としての身体能力を見せつけたいか)
俺たちも着席を促されたので、大人しく腰を降ろした。
ここまで何度も同じ店に足を運ぶと、自分の中で指定席というものが生まれてくるものだ。しかも、毎回決まってガラガラなので好きな席に座ることができる。
なんとなく愛着も湧いてきた。
「ハジメちゃんはどうだった? かんかんに怒ってる?」
「めっちゃ怒ってたッス」
「風間さんの想像よりも多分怒ってましたよ」
正直、あの怒りようは凄まじいものだった。
友達が自分の子供に悪影響を及ぼすからって、その友達を殺そうとするか? 普通。
いや、龍宮寺さんが普通じゃないだけかもしれないけれど。でも、あんなに怒らなくていいとは思う。
というか、あんなに怒っちゃダメだろ。
「ええ~? マジで? そんなに……」
「それでなんですが、龍宮寺さんって本当の姿とかあったりします?」
「あー。それまでか。じゃあ本当にぶち切れてたんだな。よく生きて帰って来れたよホント」
真剣な表情で風間さんがそう言った。
風間さんもあの姿を知っているらしい。俺は暗がりでよく見えなかったが、明らかにあれは人ではなかった。
俺だって生きた心地がしなかった。今ここにいることは、ひょっとしたらとても幸運なことなのかもしれない。
「あの姿はどういう……?」
「詳しいことは言えないんだよなぁ。アタシが殺されちゃうかもだし」
「そんなに見境ないんッスか? あの人は……」
「まぁー、お嬢が関わってくるとちょっとな」
「お嬢?」
俺たちは揃って首を傾げた。
お嬢、なんて一体誰のことを話しているんだろうか。まぁ、この話の流れから察するに……。
「あぁ、藤坂舞ちゃんのことだよ。仕事柄、うちのボスは龍宮寺さんだしな、その娘さんってことでお嬢って呼んでるのさ」
「なるほどッス~」
なるほど……。
随分と仰々しい言い方だが、風間さんらしいと言えばらしいか。(風間さんのことをそんなに深く知っているわけじゃないけど)
でも、藤坂が関わると龍宮寺さんの調子が狂うというのは初耳だ。概ね予想通りではあるけれど……。
「どうしてマイちゃんが絡むとあんな風になっちゃうッスかねぇ?」
「なんでだろうなぁ。思い当たる節はあるけどさ、流石に個人情報だからペラペラと喋るわけにゃいかねぇんだ。悪いな」
ごめんごめんなんて言って、風間さんは肩を竦めた。そのままくるりと背を向けて、カップを二つ用意する。
「あ、コーヒー飲む?」
「あ、ありがとうござい――」
そこまで言って俺は屋流の言葉を思い出した。
確か、風間さんはインスタントコーヒーすら不味く淹れることができるある種の天才だったとか……?
「え、遠慮しておきますね」
「なんだ、アタシが淹れるコーヒーが不味いって? 大正解だな!」
今しがた注がれたできたてホヤホヤのコーヒーを片手に豪快に笑って見せる。そして、勢いよくカップを傾けた。
「やっぱ不味い! 黄成が淹れる奴が一番だな、うん。で、あれだ、ハジメちゃんにはなんて言われたの?」
カウンターに肘をついて、勝ち気な視線が風間さんから向けられた。
馬鹿正直に全て話す方がいいんだろうか。でも、風間さんは龍宮寺さんの直属の部下らしいし……。
「マイちゃんから離れないと殺しちゃうぞ~って言われたッス!」
「……」
あんぐりと、俺は開いた口がふさがらなかった。
色々と悩んでいたのに、ロールにとっては些細なものらしい。まさか全て包み隠さず明かしてしまうとは。
「不味いな……色々」
真面目な顔をして、風間さんはコーヒーをもう一飲みしたあとにそう零した。
流石に俺も突っ込む余裕はない。というか、洒落た返しをする余裕も技術もなかった。
「ハジメちゃんならやりかねない。流石に殺しはしないと思うけど……でも、それに近しいことはするかもだ」
「じゃあどうすればいいんでしょうか?」
「あの人の言うことに従うか……他の解決策を探すか」
腕を組み、風間さんは唸った。
前者はごめんだ。龍宮寺さんの言う通りに藤坂の前から去るなんて選択肢は最初からない。俺たちの覚悟が伝わったのか、風間さんは首を捻る。
「従うのが楽なんだけど、それは無理そうだな。でも、他の解決策も思いつかないんだよなぁ」
「時間が解決してくれたりは……しないッスよね」
「多分?」
あの怒りようじゃ時間なんてものに頼っても意味はなさそうだ。
何かヒントのようなものでもあればいいんだけどな……。風間さんが言葉を濁した、龍宮寺さんが藤坂のことになると調子が狂う理由を探した方がいいのかもしれない。
その理由がこの問題を解決するための重要な鍵になるような気がする。
もっと龍宮寺さんのことを調べないと……。とはいえ、普通に嗅ぎ回ってしまえばすぐに感づかれてどんな恐ろしい目に遭うことか……。
「悪いな、あんまり役に立てなくてさ。でも、流石にキレ過ぎだし、アタシからも話してみるよ」
「ホントッスか!」
「ま、あんまり意味はないだろうから、期待はすんなよ」
「でしょうね」
あの人はこうと決めたら、誰に何を言われても考えを改めないタイプと見た。それが親しい人間の言葉であっても、自分の正義や信念はねじ曲げない。
それは大物である証拠。だからこそ厄介だと言えた。自分の歩む道に迷いがない。
「でも、ありがとうございます」
「もしもの時は一目散に逃げろ。アタシもできる限り守るからさ」
「ええ……そうさせて貰います」
さっきまで笑顔だった風間さんが神妙な顔付きでそう話す。
俺は頷いて立ち上がった。
取り敢えず、風間さんに聞きたいことは聞けた気がする。お陰で、今自分が必要な情報も整理できた。
「じゃあ、今日は失礼します」
「おう。そろそろアタシもハジメちゃんの方に行こうって思ってたところだ。次は黄成のコーヒーをご馳走するよ」
「はい、楽しみにしてますね」
なんて会話をして、俺たちは店を出た。
一歩前進かな……? ともかく、これからのことも考えたいし自宅で色々と悩んでみるとしよう。
強い日差しに焼かれながら、俺とロールは自宅を目指して歩き始めた。




