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想造獣  作者: 雨有 数
第1.5章 公王町事件簿
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56話「龍宮寺」

 夏だというのに、ここはやけに冷えていた。

 冷房が効いているわけじゃない。地下へ向かう階段を一歩、一歩と降りる度にどんどんと温度が下がっているように思えた。

 多分、地下だということもある。でも、なによりもこれは本能的なものだ。


「静かッスねぇ」


 そんな俺の思いとは裏腹に、ロールは呑気だ。

 洞窟の中みたく反響して音が帰ってくる……と錯覚してしまうくらいの静かさ。自然と、五感が研ぎ澄まされていった。

 だから余計にこの先に待つ何かを感じ取る。俺たちを待っているのは、龍宮寺さんしかいない。市役所の、誰もよりつかないような地下室――そこにあの人がいる。


「何の話があるんだろうな」

「多分、あんなに怒ってる理由が分かるッスよ。絶対、それについてッス」

「そうだよなぁ」


 階段を降りきって、俺は前を見据える。

 暗い道の先に、重たそうな鉄の扉が見えた。多分、あの先に部屋があるんだろうな。


「準備はいいか、ロール」

「自分はいつでもいいッスよ」


 扉の前に立って、俺はロールに確認を取る。とはいっても、俺の方が準備はできていない。

 呼吸を整えて、右手で握り拳を作る。

 その拳で、扉をノックした。


 こん。

 こん。


 二度。


「亜月日々です。ここに龍宮寺さんがいると伺ったのです――」


 と、名乗りをあげた瞬間。

 鉄の扉が一人でに動いた。地響きを思わせるような重たい音を響かせて扉が開く。


 両開きの鉄塊の先は暗がり。

 辛うじて、部屋の中央に座した少年の位置と人影だけが分かった。


「入れ」


 たった一言。それだけで十分というように少年は告げた。

 声色は子供のそれ。ただ、そこに伴った圧は大人すら発することが難しい重力を伴っている。

 刃向かう意味もないので、俺は彼の言葉に従い一歩踏み出して入室する。


 合わせて、天井の照明が灯った。

 少しだけ心許ない光が室内を照らす。簡素なイスにあぐらをかいた龍宮寺さんが見えた。

 その表情は固い。眼光は鋭い。そして何より……息をすることすら躊躇わせる威圧感が凄まじい。


「屋流にしては定刻通り。まずは上々」


 彼の言葉に呼応するように、今度は扉が閉まる。もちろん、勝手に。

 その理屈は分からないが、龍宮寺が何かをしていることは確かだった。あの藤坂の師匠で、先々代の斬想刀の所有者。不思議な力が使えても何らおかしくはない。


「さて、何故儂が主らを呼び立てたか。その理由は分かるか?」

「さっぱりッス。でも、リュウグウジさんが自分たちに向けてる怒りが関係してるッスよね」


 重い空気に負けず、ロールは龍宮寺さんを見つめてハッキリとものを言った。一方の龍宮寺さんは俺たちの方を見ていない。

 まるで、眼中にないと言いたげに余所を見たまま言葉を吐く。


「左様。正直に話そう。貴様らは邪魔じゃ」

「邪魔……?」

「ああ。藤坂舞に貴様らは必要ない」


 一瞬、思考が鈍る。

 訳が分からなかった。目の前の、この傑物が話している言葉が理解できない。

 藤坂に必要ない? 俺たちが?


「どういう意味ッスか?」


 ロールが臆せずに俺の気持ちを代弁してくれた。

 というか、やっぱりロールは昨日のことを引きずってるみたいだな。その言葉の節々に敵意が込められている気がする……。


「意味が分からぬか? 藤坂舞。()()は特別な人間だ。貴様らとは違う。この町を守護する大切な使命があるのだ。何人にも、何者にも敗れてはならぬ。今まではそうだった。しかし……今はどうだ」

「……」


 ロールはもう既に何か言いたげに龍宮寺を睨んでいるが……。話が終わるまで堪えている。


「メアリー・スーなどという腑抜けに後れを取り、その命を落としかけたというではないか。そのようなことは二度と起きてはならない。ならば、()()はさらに強くなるべきだ。貴様らは藤坂舞の弱さとなる。特に亜月日々……貴様のような一般人が何を思い上がって藤坂舞の隣に立つか。何をどうすれば、このような特別な側に立とうと思えるのか。戯れが過ぎるぞ」


 随分と言われてしまったな。

 散々、自分でも思ってきたこと。あの一件の前に、何度も何度も思い悩んで、その度に龍宮寺さんの言う通りにしようと思ってきた。

 あの時に、こうやって言われてたら……。多分、そのまま従ってたんだろうな。


 でも。


「龍宮寺さんの言う通りですね。俺だって、そう思ってました。でも、今は違います」

「……」

「自分勝手な言い分かもしれませんが、藤坂自身に本心からそう言われるまでは藤坂の友達でいたい。それが今の俺の考えです」

「童が……吠えるなよ」


 ぐにゃり。

 周囲の空気が歪んだ。そんな感覚が伝わった。

 それが龍宮寺さんが発した圧であることは分かりきっている。足が震えそうなくらい、恐ろしい。


「センパイの言う通りッス。いくらマイちゃんの保護者でも、そんなことを言われる筋合いはないッスよ」

「……ほう」


 ロールが俺に続いて反論した。

 ぴくりと、眉を動かして龍宮寺さんは俺たちを睨めつける。


「少し婉曲に言い過ぎたか? ならば、ハッキリ言ってやろう。貴様らのような弱者は邪魔だ。貴様らが明確な弱点となる。今の藤坂舞は、貴様らを守るために他の全てを切り捨てるかもしれない。それは無駄だ。藤坂舞に友情は必要ない」


「それは違うッス」


「……」


 ロールが真っ直ぐその言葉を否定した。


「くくく……くはははは! 吹けば飛ぶような童が、この龍宮寺一の言葉を否定するか。面白い、道化の戯れならば満点に近い返事だ。しかし……」


 豪快な笑い声で一頻り笑えば、龍宮寺さんは瞼を閉じた。

 瞬間的な沈黙が訪れる。……でも、これは嵐の前の静けさ。


「道化でなければ、ただの愚か者よ」


 目を見開いた。

 刹那、天井の照明がはじけ飛ぶ。

 明かりが途絶え、ガラス片が部屋に散らばった。


「……儂は相談しておるわけでも、乞うているわけでもない。勘違いするなよ、これは命令だ」


 今までの圧がままごとだと思えるくらい。

 重たい、そんな言葉が生ぬるいほど。

 その言葉は。

 その声色は。

 その一言一言が。


 桁違いだった。


「これ以上藤坂舞に関わるな。命惜しくば疾く失せい。でなければ――」


 瞬間。俺の首に何かが巻き付いた。

 あまりにも早く。あまりにも力強い。

 そして、照明をなくした暗がりでは首に巻き付いた何かを視認することは許されなかった。ただ一つ分かることは……。

 苦しい。


「センパイッ!」

「ぐっ……!」


 そのまま、足が床から離れていく。

 息が……。首に巻き付いたものに手をつけてなんとか抵抗しようとするも、歯が立たない。まるで金属みたいに固い。

 そのまま、俺の足は地面から離れた。


「殺すぞ」

「っ……!」

「あがっ……」


 殺意に塗れた言葉が闇から響く。

 俺の目の前に浮かび上がるのは金色の瞳。縦に割れたような黒い瞳孔が印象的だった。

 間違いなく、人のものではない。


「ふん」


 そのまま俺は地面に叩きつけられる。

 身体は痛むが、そんなことよりも俺は目一杯肺に空気を送り込んだ。

 そうでもしなければ、まともな思考などできそうにない。今はただ、空気を身体に取り込むことに集中する。


「センパイ大丈夫ッスか!?」


 ロールが駆け寄って俺の安否を確認した。俺は咳き込みながら頷いて立ち上がる。

 ふらりと、また倒れそうになるがなんとか堪えて正面を向いた。

 龍宮寺さんは……冗談ではなく本気で俺を殺すことも厭わない。そんな冷たさと鋭さがあった。

 だから恐ろしい。


「もう一度だけ忠告してやろう。今すぐに藤坂舞の元を去り、身分相応の生活に戻れ」


 壁を天井を、何かが這いずり回る。

 怪物が腹ばうような不気味な音が響き、蠢き、めまぐるしく視界が揺れ動く。

 まるで、この部屋自体があの人の胃の中とでも言えるような。俺たちはもう知らず知らずのうちに、龍宮寺という怪物に呑まれていた。


 今まで俺が対峙した怪物たちなんて、今目の前にいるそれと比べることすらおこがましい。

 心臓はどんどん早くなり、俺の身体に血を送る。

 足は震えた。


 暗闇の中で光るのは人間離れした瞳。それを見ることすら憚られた。

 もう逆らいたくない。

 俺の脳内を駆け巡る恐怖は、いやに首を縦に振りたがる。何でもいいからこの恐怖から逃げたがる。

 でも、それじゃダメだ。


 俺は膝に力を入れて、グッと両の手を握る。

 そして、あの目を見据えた。


「絶対に……断ります!」

「くくく……はは、くははははは!」


 部屋が揺れた。

 そう感じた。


「この儂に、まだ刃向かうと」


 さらに龍宮寺さんが巨大になる。

 メキメキ、というような不可解な音が聞こえた。

 まるで骨格そのものが変化しているような。人間の身体なら絶対に出すことのできない音。


「分かるぞ。嗚呼……分かる。斯様に強がってみせたところで、本心では恐れていることをな」


 その言葉と共に、鋭い咆哮が龍宮寺から発せられる。

 刹那、鉄の扉が勢いよく開け放たれ、そして俺は迫り来る圧倒的な風に身体が押し飛ばされた。


「所詮弱者は弱者よ。身の丈に合わぬ場に現れるというのなら、相応の代償は払うべきだ。無論、命を以て支払わせる。努々忘れぬことだ」


 吐き捨てるようにそう言い残して、鉄の扉は閉まった。

 もう、開くことはないだろう。


「ほんと、感じ悪いッス」


 鉄の扉に向かってべーっとロールは舌を出した。

 感じが悪いどころではなかった気もするが……。ともかく、生きてあの部屋から出ることができてまずはよかった。

 それに、俺の意志も固まった。


「ロール。俺決めたよ」

「何をッスか?」

「龍宮寺さんと藤坂の関係を、俺もどうにかしたいって」


 俺たちに対する物言いや、言葉も気になったがそんなことよりも俺が気になったのは……藤坂への言葉遣いだった。

 お節介でもいい、龍宮寺さんの間違った支配をどうにかしないと。


「でも、何から始めればいいだろうな」


 俺は立ち上がって、腕を組んだ。

 階段を登って市役所の出口を目指しつつ、これからのことを考える。俺とロールの新しい目標は決まった。

 藤坂と龍宮寺の関係をどうにかする。

 これを達成するためには何をどうするべきか……。


「こっちの話が何にも聞いて貰えなかったッスね。色々とリュウグウジさんについて聞きたかったッスけど……」


 がっくりと肩を落とすロール。

 入ってくる時よりも、俺たちの足取りは重い。でも、そうだな……。

 龍宮寺さんについて聞きたいことが聞けなかったのなら、それをまずは聞いて見よう。


「よし、決めたまずは情報収集だ」

「じゃあ、どこに行くッスか?」

「あんまり気は進まないけど……」


 俺たちが情報収集する場所なんてここしかない。

 つまり、屋流の店だ。あのダメ教師の力をまた借りるのは癪だが、背に腹は代えられない。


 新しい目標に向かって、俺たちは真っ直ぐと突き進む。

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