55話「激おこロールちゃん」
「ほんと、許せないッス! なんなんッスか! あの態度は! 何様のつもりなんッスか! 思い出すだけで腹が立ってくるッス!」
「何様……というより、神様仏様龍宮寺様……だからねぇ」
ボロボロの車。その車内は憤慨するロールと適当な相づちを打つ屋流で大変賑わっていた。ロールにしては珍しく、今回の件は大変頭に来ているらしい。
あの後、家に帰ってもプンスカ怒っていたし、朝になって落ち着いたかと思えば屋流に話題を掘り返されてこれである。(屋流も変なマネはしないで欲しい)
まぁでもロールの怒りも分からんでもない。誰だって、あんなに敵意を向けられたらキレる。
ガタガタと揺れる車内に身を任せて、俺も昨日のことを思い出した。
「どうして俺たちをあんなに目の敵にしてたんだろうな?」
「ほんとそれッスよ! 自分たちなーんにも悪いことしてないッス」
眩い朝日が車内に差し込んだ。
龍宮寺さんと接点なんてこれっぽっちもない。俺たちが知らないところであの人の怒りを買っているのかもしれないが……。
「元々厳しい人だけど、どうやら君たちには特別に厳しかったみたいだねぇ」
前の運転席から屋流の声が聞こえてくる。
朝から屋流の顔を拝むなんて不運極まりないことだが、今日のこれからを思うとなんだかマシに感じてしまった。
「自分たちに厳しいのはまだいいッス。でも、あの人はマイちゃんにも……」
いくら上下関係があるからって、あそこまで藤坂に厳しくする必要があるのだろうか。大切な役目があると龍宮寺さんは語っていたが、藤坂はよくやっているはずだ。
だというのに、龍宮寺さんは今の藤坂に満足していない。まだやれる、もっとやれると言っているみたいだった。
「君たちはそれが許せないのかな?」
「そうッス。マイちゃんはリュウグウジさんを尊敬してるッスけど……」
「逆はそう思えないって?」
ロールは頷いた。
二人の間に信頼関係と言われるものが構築されているようには思えなかった。いや、信頼関係が構築されていたとしても、それは歪な形になってしまっている。
それが何よりも気になった。
「でも、決めたッス」
隣に座るロールを見た。
昨日、龍宮寺さんに反論した時みたくその目には確固たる意志が宿っていた。ロールが何を心に決めたかは、想像がつく。
「マイちゃんとリュウグウジさんを仲よくさせるッス!」
惜しげもなくロールは新しい目標を定めた。
低い天井に突き刺さるくらいに片手と人差し指を突き上げる。その目標は俺の予想通りで、ロールがかねてから宣言していたものだ。
「ぷっ……あははははは!」
その宣言を聞いた屋流はもう耐えきれないとばかりに爆笑。
それにロールが頬を膨らませた。
「笑うなんてヤリュウさんは失礼ッスね!」
「いや、あぁ、ごめんごめん。それはまた凄い目標を立てたものだと思ってね」
このやり取り、デジャヴだ。藤坂を笑わせるとロールが言った時もこんな感じのやり取りをしたな。
寝癖だらけの髪を一掻きして、繰り出される軽い謝罪。ロールはもう、と呆れたように首を横に振った。
「でもさ、ロールちゃんは人のことばかり気にしてるけれど、君自身のことは大丈夫なのかい?」
屋流にしては至極真っ当なツッコミがロールに入れられた。藤坂や龍宮寺さんのことも大切だが、俺たちの現状何よりの目的はロールを人間に戻すこと。そして人間に戻すためにロールの記憶喪失をどうにかすることだ。
屋流は他人にばかりかまけていると、自分の目的を見失ってしまうぜ。ってことが言いたいんだろうな。
「うーん。自分のことも大切ッスけど、でも、こう思っちゃったッス。あれはなんとかしてあげたいって!」
「なんとかって……言いたいことは分かるけどな」
本当にロールは自分の気持ちに正直だ。
迷いのない瞳と言葉で、真っ直ぐにそう言われてしまってはそれを否定することは難しくなる。多分、彼女の気持ちがストレートに伝わってくるからだ。
「へぇ……面白いね。日々君も同じ考えなの?」
「え?」
突然自分に話題が向けられて、俺は戸惑った。
俺だって同じ気持ちだ。……なんて、胸を張って言えればよかったけれど。
どうやら、俺はこういう時に尻込みしてしまう性分らしい。でも、今回は自分に自信がないから尻込みしてるわけじゃない。
藤坂のことを考えて。
俺たちが出しゃばり過ぎて迷惑をかけないように。自分のことじゃないのだから、慎重に動かなければならない。善意で仕込まれる毒ほど、鬱陶しく意味のないことはない。
そうならないように、自分のやろうとしていることを見極めなければならないのだ。
「だからさ、龍宮寺さんと舞ちゃんの関係を取り持ちたいのってことさ」
「俺個人としては、そうですね。なんとかしたいって思います。でも、今のところは正直……そうしてはいけないような気がしていて」
「なんでッスか?」
ロールが本当に不思議そうな顔をして、俺の方を見た。
俺の考えを説明しようと口を開きかけた瞬間。
「日々君は慎重なんだろうね。本当に自分たちが踏み込んで正解なのか思案してるのさ」
「……そういうことだ」
屋流に心を見透かされているみたいで不満だが、概ね正解なので俺は頷いた。
「俺とロールの自己満足に藤坂たちを付き合わせるわけにもいかないだろう? もしかすると、表面上はああいう風に見えるだけで二人があの関係に納得してるかもしれないんだ」
「本当にセンパイはそうだと思ってるッスか?」
「……」
答えはノー。
多分、違う。少なくとも藤坂は今の関係に何らかの不満を抱いている可能性は高い。
でも、それはあくまでも俺やロールの勝手な推察で。
事実ではなかった。
だから、俺はまだ決断できない。
「今は決められないけれど、今日……龍宮寺さんと話せるんだ。そこで確かめようと思うよ」
「ははは。確かにそうだね。でも、本当に珍しいなぁ。あの人がボクや迅以外の人間を呼ぶなんてね」
「そういえば、目的地はどこなんですか?」
かれこれ十数分は車に乗った。
町の繁華街にさしかかり、行き先が気になってくる。一体、俺たちはどこに連れて行かれるのだろう。
「市役所。この町のお偉いさん方がいるところさ。それは龍宮寺さんだって例外じゃない」
「なるほど……」
市役所か。実はあんまり行ったことがない。
立派な建物だけど、それはこの町が観光業で荒稼ぎしていた時期であり……正直衰退してきた今では立派なだけの置物みたくなっている。
代々町長を輩出している一族の一人だと思えば、龍宮寺さんにぴったりの場所かもしれない。
そんなことを考えていれば、身体に緩やかな重力がかかって車が止まる。
「ご苦労様。到着だよ。ここから先は入ってすぐの階段を降りてくれたらいいから」
「地下にリュウグウジさんがいるんッスね」
「そうそう。関係者以外立ち入り禁止の張り紙とかあるけど気にしないでね」
屋流の淡々とした道案内を記憶しながら、俺は深呼吸をする。
こうでもして落ち着かないと、車から出る気にもならない。今からあの人の前に立たなければならないと考えるだけ億劫だ。
「分かりました。ありがとうございます」
「ううん。あぁ、そうだ。まぁ、もしさ……ロールちゃんの言う通りの目標を目指すなら、ボクは応援するよ。君たちは興味深いからさ」
動かすだけでけたたましい叫び声をあげる扉を開け放って、車から出る俺に屋流はそう告げた。
彼にしては珍しい、やけに真っ直ぐな応援の言葉。
「任せてくださいッス! ね、センパイ!」
「ああ……そうだな」
その応援が俺の背中を押して、石のように重い足が動いた。
どうにかこうにか、伏魔殿じみた市役所に足が向かう。目指すは龍宮寺さんが待つ地下室。
覚悟を決めて俺は地獄の門を潜った。




