53話「昔話」
藤坂とのトレーニングは苛烈を極めていた。
俺の想像より何倍もキツイ。持ったことのない竹刀を振ってみたが、これがまぁなんとも辛いのなんの。
最初の一振りや二振りは楽しいものだったが、それが十、二十と重なる度に腕がどんどんと重くなっていった。翌日筋肉痛確定くらい腕を酷使したが、それでも以前見せて貰った藤坂のウォーミングアップにすら劣っているような気がしてならない。
「センパイ~、もうへばったッスか? 情けないッスぅ」
「ロールも絶対こうなるって……」
床に寝っ転がって俺は天井を見上げた。
木の床がやけに冷たいように感じる。多分、トレーニングで俺の身体が火照ってるからだ。
外野にしてみれば、十分程度の訓練で音を上げている俺が特別ひ弱だと思われてもしかたがない。でも、この訓練は予想以上に辛い。
まず竹刀をうまく振ることができなかった。次に藤坂のテンポが速い……。
藤坂としては俺に合わせてくれているんだろうけど、それでもなお速すぎる。全速力で駆け回っているくらいの負荷が俺にかかっていた。
「済まない、どうやら私のペースがまだ亜月君のペースにうまく合わせることが難しかったみたいだ」
寝っ転がる俺に視線を合わして、藤坂がそう言ってくれた。
俺は身体を起こして首を横へ振る。
「いや、加減してる藤坂のテンポにすらついて行けないようじゃ、強くなるなんて夢のまた夢だからな」
俺はそれなりに強くなりたかった。
それなりっていうのは、藤坂に守られるだけじゃなくて自分の身を自分で守れるくらい。少なくとも、鬼や口裂け女という怪物に勝利する必要はない。でも、自衛できるくらいの力は欲しかった。
それくらい強くなることでさえ、俺にとっては高い高いハードルがある。
どれくらい修練を積めばいいのだろうか。それすら分からない。
「いや、まずは亜月君のペースを見つけることが先だと私は思うよ。身体を壊してしまえば、元も子もないからね」
「それもそうッスねぇ。あ、もしかしてマイちゃんの前ですし、少し格好つけたかったっていうわけッスか? かぁ~、センパイもしっかり男の子ッスねぇ」
藤坂の真面目な正論のあとに、ロールの冷やかしが飛び交った。まるでオッサンみたいな言葉遣いのロールは無視するとして。(ほんの少しだけ図星だったというのは内緒だ)
「それもそうだな。うん、じゃあもう少しペースを落として貰ってもいいかな、藤坂」
「ああ、もちろん喜んで」
藤坂の言葉を肯定して、俺は自分のペースでトレーニングをすることを選んだ。厳しすぎるトレーニングで続かなかったら、それこそ意味がないし。
でも何だろう、ちょっぴり負けた気がするのは気のせいかな?
「でも、気持ちは分かるよ」
そんな俺の敗北感を見抜いた藤坂が、そう言った。
気持ちは分かる。多分、それは俺が藤坂に無理についていこうとしたり、ペースを落とされることに対しての敗北感のことだ。
「最初は私も今の亜月君と同じような感じだったんだ」
「藤坂が?」
俺は聞き返した。
そりゃそうだ。藤坂だって最初は初心者なんだし。
「龍宮寺さんに随分と叱られたものだよ。ここの動きがなってない、踏み込みが甘い、遅い、力が足りていない、このままじゃ命を落とすだけだぞ……ってね」
「マイちゃんの師匠ってリュウグウジさんだったんッスねぇ」
「……驚きだな」
でも確かに龍宮寺さんが藤坂に剣を教えているのが一番自然かもしれない。
屋流は論外だし……うん、やっぱり龍宮寺さんが一番の適任だ。
でも、あの人も刀を扱えたんだな。幼い見た目に惑わされがちだが、あの人の底は全く見えない。一体、その正体は何なのだろうか。
「どんなトレーニングをやったんッスか?」
「龍宮寺さんと模擬戦をしたり、実際に様々な格闘技の選手とも手合わせをしたこともあったよ。でも、やっぱり一番大事なのは基礎的なこと……型練習だったり、剣の素振りだったり……と今になって思うね」
そのトレーニング内容を聞いただけで、彼女が積み重ねてきたものの凄さが伝わってくる。俺はまだ基礎的なことをずっとやっておけばよさそうだ。
でも、そうやって特訓を積んだからこそ今の藤坂がある。俺も諦めずに続ければいつかは……。なんてことを藤坂は言いたかったのかも。
「一人前に認められて斬想刀を受け継いだ時は、とても嬉しかったのを昨日のことのように覚えている」
「元々はお父さんのでしたっけ?」
「ああ、父が所有していたがその前は龍宮寺さんが管理していたんだ。元々、龍宮寺さんのものだったからね」
それは初耳だな。
龍宮寺さん自身が斬想刀を使えばいいだろうに、どうしてわざわざ藤坂に渡したんだろうか。彼自身も藤坂に剣を教えられるくらいなんだ。
多分、相当な使い手なんだろう。それなのに藤坂に譲ったというのは何か特別な理由があるのかもしれない。
「元々龍宮寺さんのものだったなら、どうしてそれを藤坂に?」
こればっかりはいくら考えても答えはでない。なので藤坂に直接聞いてみた。
あんまりずけずけと聞くのも避けた方がいいんだろうけど。でも好奇心が勝ってしまった。
「それは、私が父の役目を継ぎたいと龍宮寺さんに頼んだからだろうね」
「役目?」
俺は藤坂の動きに合わせて竹刀を振りながら返事をした。
今のペースはなんとか会話をして型を構えることができるくらいのスペースだ。俺に合わせて本当にゆっくりと動いてくれている。
藤坂は息の乱れすらなく、そのまま続けて口を動かした。
「想造獣から町を守ること。それが父と龍宮寺さんの役目だ」
自然と藤坂の振るう竹刀が鋭く虚空を切り裂いた。
耳を突く風切り音が、藤坂の表情よりも豊かに藤坂の心情を語っている。俺と同じ年齢の、同じ学校に通っている彼女が背負っている使命は……とても重たいものだった。
「今はマイちゃんとリュウグウジさんが町を守っているってわけッスね?」
「私にその役目が務まっているなら……そういうことになるね」
「務まっていないわけがない。藤坂に何度も命を救われた俺が言うんだ、間違いない」
「ありがとう。うん、自信過剰かもしれないけれど……私はなんとかその役目を全うできていると自分でも思う」
藤坂の役割がそれだというのなら、藤坂はこれ以上ないくらい全うできていると思う。
俺や他の人が今まで怪物に襲われた経験がないのは、藤坂や龍宮寺さんが守ってくれたからなのだ。
二人にはいくら感謝してもしたりない。
「だから、これからも私はその役目を果たさないといけない。その為なら……」
「その為なら……?」
とん、藤坂の竹刀が床に当たった。
「ううん。いや、何でもないよ。ただ、頑張りたいと思っただけさ」
「あんまり頑張り過ぎてもダメッスよ~? マイちゃんがセンパイに言ってたみたいに身体を壊しちゃったら元も子もないッス」
「ふふ。ありがとう、うん、気をつけるよ」
なんて藤坂は言っているが……。
どうにも、危うい感じがしてならない。その為なら……。その先に待っているだろう言葉がいいものだとはどうしても思えなかったからだ。
でも、それ以上踏み込むことは……。今はできなくて、俺たちはトレーニングに集中することにした。
最初のように、激しいペースに倒れることもなく、俺は夢中で竹刀を振り回す。




