52話「作戦開始」
じりじりと肌を太陽が焼く。
既に地平線に沈み始めているというのにこの暑さ……。流石は夏だ。本当に嫌になる。
「やっぱり、坂道は辛いな……」
どうにかこうにか、山道を駆け上り。俺は藤坂の家にまた来ていた。真っ赤な空の下、自転車を敷地内において俺は一息つく。
今日は今まで延期されてきたトレーニングを行いに来た。(どっちかというと、山道を登っている時点で十分なトレーニングになっているのだが……)
朝は用事があるという話だったが、午後からは時間が取れるということでこの時刻にお邪魔させて貰った。
「マイちゃん、来てくれるッスかね?」
「来てくれると思うけど……」
ただ俺たちはトレーニングだけをやりに来たわけじゃない。
昨日、ロールと俺は夏祭りのコマーシャルを見て一つの作戦を閃いた。(多分、同じ状況なら誰だって同じことを考えるかもしれない)
それが藤坂と龍宮寺さんを夏祭りに誘って仲よくなって貰おうというもの。
ぶっちゃけ、藤坂と龍宮寺さんが一緒に夏祭りに行ったことがないという確証もなければ、藤坂がその日暇かどうかも分からない。
作戦というよりは思いつき。だから、今日はその思いつきがどれだけ現実味があるものなのか。
これを確かめにもやって来た。
「最近忙しいみたいだからなぁ、藤坂」
「そうッスねぇ~」
チャイムを鳴らして、俺たちは藤坂を心配した。
龍宮寺さんが帰って来てからというもの、彼女の忙しさといえばハッキリ言って異常だ。一体、いつ休んでいるのか分からないくらいには……。
本当は俺たちと遊ぶよりも、身体を休めた方がいいのかもしれない。
「おはよう、というには些か遅すぎるかな?」
程なくして、扉が開いた。
いつもの制服、いつもの髪型、いつもの藤坂が出迎えてくれる。
「おはようッス~! まぁ、マイちゃんがそう言いたい時がそう言う時で良いッスよ!」
「ロールの言う通りかも? おはよう、藤坂」
手を振る仕草だけでも凄まじくうるさいロール。
夏なのにあれだけ元気が有り余っているのは温度という概念がない幽霊だからか。それとも、元からロールはそういう奴だったのか。何にせよ羨ましいものである。
「こんな時間に済まない。さ、入って」
「大丈夫ッスよ~! センパイって一日中暇してるんで! むしろ、マイちゃんの好きな時間で呼び出してくれて構わないッスよ~」
「めちゃくちゃ言うな!?」
玄関で靴を脱いで、俺はロールの軽口にツッコミを入れた。
確かに一日中暇だけど! ロールの言う通りに違いはないけど! もう少し手心というか、オブラートに包んで欲しいものだ。
「もう少しスケジュールに余裕があれば……いいんだけど」
先導しながら藤坂はぽつりと零した。
あの藤坂でも、やっぱり最近は忙しいと感じるらしい。俺たちの杞憂ではなかったということだ。
「ああ……そうだ」
離れのトレーニングルーム……というか道場を目指す足を止めて藤坂が振り返った。
俺もつられて足を止める。
一体、どうしたんだろう。
「えーっと、その……。三日後にある……夏祭りに二人と一緒に行きたい……んだけど」
藤坂らしくない控えめな声と、話すのに戸惑っているかのような口調。
そこから飛び出して来たのは俺たちが全く予想していなかった言葉だ。まさか、藤坂の方から夏祭りに誘ってくれるとは。
俺とロールは顔を見合わせる。
「ダメだったかな?」
「いや、むしろ俺たちも藤坂を夏祭りに誘おうと思ってたんだよ。なぁ、ロール?」
「はいッス! マイちゃんの方から誘ってくれるなんて驚きッスねぇ~!」
その返事を聞いて、藤坂の顔がパッと明るくなったような気がした。
「よかった。先生から話を伺ってね。私は今まで言ったことがなくて、二人と一緒に行きたいと思ったんだ」
「ホントッスか~! 自分も当然初めてなんで、お揃いッスね!」
「ああ、お揃いだな」
と、話をする二人。
この町の夏祭りは名物だ。誰でも一度くらいは参加したことがあるんじゃないだろうか。
かくいう俺も、なんだかんだ毎年足を運んでいるような気がする。でも、藤坂は今まで一度も行ったことがないらしい。
ということは当然龍宮寺さんとも行ったことがないわけだ。
なら、あの人を誘う大義名分はあるということになるな……。
「藤坂も夏祭りに行ったことがないのはちょっと意外かも」
「そうかな? 一人で行くわけにも行かないだろう?」
足を動かし始めた藤坂に置いて行かれないように俺は足を動かす。
「ヤリュウさんとか、リュウグウジさんと一緒には行かなかったッスか?」
「……」
ロールの素朴な問いかけ。
藤坂は一瞬考え込むように黙って、それで口を開く。
「先生と龍宮寺さんは、きっと私と夏祭りに行くよりももっと大切な人と行きたいだろうから……一緒に行くなんて考えたことはなかったかな」
「そんなことはないと思うッスけど」
ふわふわと俺の横に浮いてるロールが藤坂の言葉を否定する。
もっと大切な人か……。屋流はともかく、龍宮寺さんは保護者代わりなんだし、藤坂以上に大切な人なんて、そうはいないと思うけれど。
「……そうだと嬉しいけれどね。でも、今年は亜月君にロール君と一緒に行けるんだから、これ以上の幸せはないよ」
そこまで言ってくれるのはありがたい。本当に藤坂は俺たちと行く夏祭りを楽しみにしているようだ。
俺も人生初めての夏祭りはめちゃくちゃ楽しみだったな。そんな楽しみに水を差すことになるかもしれないが、俺は藤坂に一つの提案をする。
「なぁ藤坂、夏祭りに龍宮寺さんも誘ってみないか?」
「……」
ぴたりと、藤坂の足が止まる。さっきよりも、その足取りは重いようにも感じた。
それだけで、今の一言はそういいものではないと俺の本当が告げている。
「龍宮寺さんも、か……多分、誘っても来てくれないだろうね」
ぽつりぽつりと藤坂が言葉を零した。
その言葉には諦観の念が強く込められている。藤坂の声色はいつもと何ら変わらない。けれど、やっぱりいつもよりも気落ちしているように思えた。
「えー? どうしてそう思うッスか~?」
「多分、龍宮寺さんは忙しいし、私に割く時間なんてないよ」
「マイちゃん自体は一緒に行きたいって思うんッスか?」
ロールは時たま、本質的なことを言う。今回のこれにしたって、ロールが聞いたのは一番大事で、最も本質的なものだった。
俺はそれを聞けなかった……(少し尻込みしてしまっていた)が、ロールが簡単に聞いてくれた。正直、俺だとこの大切なことを聞くのにもっと時間がかかっていただろうからありがたい。
「……二人とは本当に行きたいんだ。でも、龍宮寺さんとは……」
そこで藤坂の言葉が詰まった。
俺たちに向けた視線が下に落ちて、しばしの沈黙が支配する。
それだけで彼女の葛藤が嫌というほど伝わった。何か言いたいことはあるはずだけど、それを俺たちに伝えるか迷っているんだろう。
「すぐに答えが聞きたいわけじゃないんだ」
と、俺がフォローを入れた。
藤坂の中で、もう既に答えが出ているのかもしれない。それを無理に聞き出すのは、誰の為にもならない気がした。
「ああ、それについてはもう少し考えさせて欲しい。でも、どうしてロール君と亜月君は龍宮寺さんを?」
「あーそれはッスね――」
「――それは、ちゃんとあの人と話しておきたいなぁって思って。ほら、せっかくだしみんなで楽しんだ方がいいだろ?」
ロールは本当の理由を話そうとしているが、俺が割って入って適当な理由を見繕った。多分、というか絶対賢い藤坂には見抜かれているだろう。
それでも、ここで本当の理由を明かすことはできない。いや、正直に話した方がいいのかもしれないけれど……。でも、ここで変に藤坂の心労を増やすのも憚られた。
「……そうだね。私も、より楽しい夏祭りにしたいよ」
少しだけ微笑んで。藤坂がこの話を締めくくった。
何にせよ、もう少し時間を置かないとこれ以上、この話をすることはできないだろうな。藤坂の本心も聞いて見たいが……。
彼女が話してくれるまで待つしかないだろう。
前途は多難そうだ……。




