51話「それは夜更けのこと」
草木さえ寝静まった深夜。
公王町の権力が集まった市役所の、その地下で男は鎮座していた。
見た目は子供。漆のような黒い瞳が闇に溶ける。闇よりもなお深い黒を抱いたしなやかな髪が僅かに揺れた。
天井にはか弱い光が零れる。
それに異物が照らされた。
「……ほう」
中央に座した少年――のように見えた怪物が口を開けば、ぐにゃりと部屋そのものが軋む。
……ような錯覚を与えるほどに異常な圧が発せられた。
龍宮寺一。
それが少年の名前だ。
「独りぼっちで暗闇に、佇む貴方の心は有耶無耶に。不器用な優しさなんて必要ない。貴方は私。私は貴方。だから言うのよ、優しくね? 正直になりましょう。自分の気持ちに気付きましょう!」
龍宮寺の耳元でそうやって語りかけるのは、彼と同じような子供。
少女であり、そして想造獣。
名はメアリー・スー。五大獣と呼ばれる強力無比なる想造獣の一角である。
「黙れ」
その一言で、メアリー・スーの姿はかき消える。
まるで夢幻の如く、姿形が部屋に溶けて行く。そう思ったのもつかの間……龍宮寺の正面に再び少女の姿が浮かび上がった。
黄金のような美しい髪。ルビーのように輝く真っ赤な瞳。容姿端麗という言葉では足りぬほど、メアリー・スーの見目は素晴らしい。
ゴスロリじみた服装も、彼女の魅力を一層と引き立てていた。室内であるというのに、傘を開いていることなど些事だと思えるくらいには……。
「ふふふ。恐ろしいのね? 不必要に近づけば、私はくびり殺されてしまうのかしら。それはとっても悲しいわ。だって私を殺すということは、貴方の想いだって殺すということなのよ?」
「どうでもよい。貴様は藤坂舞の命を奪いかけた。それだけで、儂が貴様を取って喰らう理由に事足りる」
静かに龍宮寺は語る。
しかし、その言葉の一つ一つから明確な怒りが感じ取れた。龍宮寺が何故怒っているかなど、考える必要すらない。
室内が殺気と怒気で満ち溢れる中でもメアリー・スーの様子は変わらなかった。
「それだけ彼女が大切なのかしら? おかしいわね、だっていうのに……どうして貴方は彼女をお――」
「聞こえなかったか? 黙れと儂は言ったはずだが」
またもやメアリー・スーの姿はぶれた。
龍宮寺が攻撃をしたわけでもない。ただ、圧をかけただけである。
しかし、それでも少女には十分脅威であった。
そのうえ、実際にメアリー・スーを攻撃しようと龍宮寺は考えている。だが、その前に避けられるのだ。
どういう仕組みなのか分からない。まるで自分の考えが筒抜けのようだった。
「余裕がないわね? 貴方らしくもない。ふふ、これ以上いじめちゃうと本当に取って食べられちゃいそうだし……今日のところはこれでおしまいね。貴方は私、私は貴方。だから貴方が夢を叶えたいのなら、いつでも私を呼んでいいのよ? いつでも、私は貴方の側にいるんだから」
龍宮寺の返事も聞かず、メアリー・スーは今度こそ姿を消した。もう、現れることはないだろう。
龍宮寺は誰もいない、いるはずのない天井を見上げた。
本来であれば、メアリー・スーという強敵を捕まえるまたとないチャンス。だが、龍宮寺は取り逃がした。それが不思議でならない。
なぜだか、メアリー・スーに手が出せなかった。
それが彼女の力の一端なのか。あるいは、少女の話術によるものなのかは分からない。
ただ、龍宮寺はその理由が前者であって欲しいと……。少しだけ考えていた。
……それは、どうしてだろうか。




