49話「メアリー・スー」
「昨日は日々君が大活躍したんだって?」
「そうッス~! 怖いのを我慢して頑張ってたッスよ!」
「いやぁ、それは偉いねぇ」
「……」
嫌みったらしい、なんともねちっこい笑みを浮かべて屋流は淹れ立てのコーヒーをカウンターに置いた。何が悲しくて、真っ昼間からこのダメ教師に煽られなければならないのか。
今日も今日とて、俺とロールはこの店に顔を出している。別に来たくて来たわけじゃない。
今日来たのは、屋流直々の呼び出しがあったからだ。なんでも、大事な話があるらしい。(それなら前に会った時にまとめて話して欲しいものである)
「それで、本題は何なんですか?」
無駄話をさっさと切り上げて、俺は屋流に話しを振った。白い湯気が立ち上るコーヒーカップを片手に持って。屋流はあぁ、と気怠そうに頷く。
「そうそう話ってのはメアリー・スーについてだ」
「メアリー・スー……」
「あの子ッスか」
強力な想造獣五体、通称五大獣の一角にして藤坂を誑かした妖しい少女。
目的は分からない。その力も未だ謎が多い、ただ夢に対して凄まじい執着を見せている。
俺は思わず身構えた。
屋流の口からどんな話が飛び出すのだろうかと。
「君たちや舞ちゃんから聞いた話を整理してみたんだ」
「整理ですか?」
「うんうん。まずは彼女の正体から話してみよう」
そう言って、屋流は腰を降ろす。
正体……。それはつまり、メアリー・スーは何の想造獣であるか? ということだろうか。
だとすれば、メアリー・スーはメアリー・スーの想造獣だろう。昨日出会った口裂け女が口裂け女の想造獣であるように。正体も何もない。
「そもそも、メアリー・スーとは何だろうか」
「えー、人の名前じゃないんッスか?」
ロールが人差し指を頬に当てて首を傾げた。俺も同じ意見だ。あの少女の名前がメアリー・スーという名前なんだろう。
いや、だとすれば俺の考えは間違っている。そこで俺はハッとした。それは屋流にも伝わったようで……。
「メアリー・スーが個人名だとすれば、彼女は一体何者なんだろうか。という疑問が浮かび上がるね? まぁ、それに関しては答えが出ているんだよ。メアリー・スーというのは、理想化されたオリジナルキャラクター……その蔑称だ」
「理想化された……」
「オリジナルキャラクター?」
俺とロールは揃って首を傾ける。
多分、頭には疑問符だって浮かび上がっていたことだ。あんまりピンとこない。
もし仮にそれが正体だったとして、何をどうしたら人の夢を叶えるような存在になるんだろうか。
「なんて言えばいいんだろうね。まぁ、ともかく五大獣の少女の原型はメアリー・スーであるという点は間違いがない」
「うーん。でも、想造獣ってみんなに信じられてるものに形が与えられた存在なんスよね? 理想化されたキャラクターのことを信じる人なんているッスか?」
ロールの指摘は最もだった。
口裂け女も、真っ赤な鬼も、俺が子供の頃は絶対にいると思ってたような有名な怪物。でも、メアリー・スーはどうだろうか。
俺の知識不足もあるのかもしれないが、今日の今日までそんな意味を持った言葉であることも知らなかった。多分それは他の多くの人も同じじゃないだろうか。
ましてその存在を信じている人間なんて……。多分、いない。
「ボクもそれが引っかかってねぇ。だけど、すぐに答えが出たよ」
「……」
俺たちは屋流の言葉に耳を傾けた。
黙って次の言葉を待つ。彼女の正体とは何なのだろう。
一瞬の沈黙が店内に訪れた。聞こえてくるのはファンが回る無機質な音のみ。
程なくして、屋流は答えを述べる。
「件の想造獣、メアリー・スーはこう語ったらしい。人が自分だけを特別だと思う心の象徴。夢の具現化、貴方の理想ってね」
「人が自分だけを特別だと思う心の象徴……?」
「夢の具現化、貴方の理想ッスか」
俺たちはまたも屋流の言葉を反すうした。
本人が夢や理想という言葉を口にして、あまつさえその具現化というのであれば……。あれほど夢に執着することも不思議ではない。
「つまり、メアリー・スーの正体は人の夢だ。人は誰だって夢を妄想したり、空想したりする。ああなったらいいな、こうなったらいいなってね。そして、それをどこかで信じてる。誰もが持っているし、信じているそれの想造獣だ。そりゃあ、まぁ強力だよね?」
屋流は淡々と言葉を繰りだしていく。
「でも、夢に姿形はない。だから、メアリー・スーという概念が選ばれたんじゃないかな」
それだけ言って、屋流はカップを傾けた。
まるでこれで終わりと言いたげに。
「以上、ご静聴どうも。君たちはメアリー・スーとまだ接触するつもりなんだろう?」
「そりゃそうッス! 現状唯一の手がかりですからね!」
力強く頷いてロールが握り拳を作った。
記憶喪失の幽霊少女、ロール。俺は彼女を人間に戻してあげなければならない。(方法なんててんで分からないが)
まずはロールの記憶を思い出させること、あるいは記憶を失う前のロールが何をしていたかを知る事が大事だ。その為には、ロールのことを知っているらしいメアリー・スーには色々と話を聞かないといけない。
「にしても、なんでメアリー・スーはロールの命を狙ってるんだろうな」
「なんでッスかねぇ……? 記憶喪失になる前の自分……恨み買うようなことしちゃったんッスかね」
「あぁ……」
ロールならありえる。
なんて心の中で思った瞬間。
「あーっ! 今ぜっーたい、ロールならそうかも……とか! そんな失礼なこと思ってましたね!?」
「え、いや……そんなわけ……ないだろ?」
「目を泳がせながら言わないで欲しいッスー! 自分、こう見えて繊細なんですよ!」
頬を膨らませて俺の顔を覗き込むロール。
繊細な奴は自分から繊細だと言わないような気もしないでもないが……そんなことを言うとまた面倒なので黙って置こう。
「はは、相変わらず仲がいいね君たちは」
なんて屋流が締めて一段落。
俺は自分に出されたコーヒーを一口含んだ。コーヒーのことはよく分からないが、屋流の淹れるそれが美味しいことだけは分かる。
料理も上手い。家事が得意だというだけはあるが……それがちょっといけすかない。
寝癖だらけの頭に薄汚れた白衣を常に着ているような男が、そういう家庭的な分野が得意だというのはあべこべな気がした。
「そういえば、自分もヤリュウさんに聞きたいことがあるんスけど」
「んー? 何でも聞いてくれて構わないよ。ボクに答えられることならね」
胡散臭い笑みを浮かべて屋流は頷く。
多分、ロールが聞きたいことっていうのは……。
「マイちゃんとリュウグウジさんのことッス」
「それはまた……」
少々予想外だったのか、すぅーと目を細めて屋流は顎に手を当てた。
俺としては予想通り。昨晩、藤坂の様子がおかしかったのは明らかに龍宮寺さんが関係しているようだったからだ。
でも、藤坂本人に聞くことは憚られたし、そんな暇もなかった。
だから、こうして事情通っぽい屋流に話を聞くことにしたのだろう。
多分、この男は色々と知っている。(それを話してくれるかはまた別の話だが)
「ボクに話せる範囲なら、もちろん教えてあげるけど……何について知りたいの?」
「リュウグウジさんってマイちゃんの保護者なんスよね?」
「正確には後見人や保護者代わりだけどね」
「……? えーっと、つまり親代わりってわけッスか」
まぁ、そうなるね。という言葉と共に屋流は頷いた。
確か、藤坂の父親は……。
「それにしては、マイちゃんの態度がなんか……そんな感じがしないというか、なんというか?」
空中で腕を組みロールは唸る。俺も頷いた。
多分、昨日俺が抱いた違和感の正体もそれだと思う。実際の親子じゃない二人。
だから親子のような関係なんて最初から無理かもしれないが……今の関係性は……。
「上司と部下みたいな感じッス」
それだ。
上司と部下。龍宮寺さんが藤坂に命令を下して、藤坂は淡々とそれをこなす。それは余りにも親子や、保護者という関係性からはかけ離れていた。
「うーん、そうだなぁ。まず、二人の関係性についてだけど……実質的な親子であると同時に、ロールちゃんが言う通り上下関係も構築されている」
「それはどんな?」
「想造獣を狩るという行為において、業務を指示する側とそれを受ける側。ちなみに、ボクは想造獣の出現情報を伝えたりするよ、つまり伝令役ってわけ」
それはなんとも……。
「じゃあ、プライベートの時は普通の親子みたいな関係なんですかね?」
「それがそういうわけでもない。むしろ、いつでもどんな時でも二人の関係性は上下関係よりだと言わざるを得ないだろうね」
「そうなんッスか……」
ロールは悲しそうに視線を落とす。
前に藤坂の家に行った時も、思えば藤坂と龍宮寺さんの会話は堅いものだった。それで二人が納得しているのなら、いいんだろうけど……。
「龍宮寺さん……」
藤坂の言葉を思い出す。
あの一言に込められた感情は、いいものではなかった。どんな思いが込められていたかまで俺は分からない。でも、それだけは確かだった。
「ま、ボクが言えるのはそれくらいかな。情報屋としての話ならまた別だけど……君たちは支払える対価もないだろう?」
「ヤリュウさんのケチッス~!」
「ははは」
涼しい顔をしてみせる屋流。まぁ、人のプライベートをペラペラと喋るのもどうかと思うが……。(屋流はどっちかというと、そんな奴に見えるけど)
ともかく、これ以上屋流から話は聞き出せないようだ。ここは諦めるしかない。
「色々な話ありがとうございます」
「いや、いいんだ。でも、どうして二人の話を?」
「少し、気になったもので……」
言葉を濁した……というわけではない。具体的に理由を話すことがまだできなかった。
ただなんとなく、藤坂の調子がおかしいと思ってその理由が知りたかっただけ……。二人の関係性に対してなんとも言えないモヤモヤを抱いた。
でも、それをどうすることだって俺にはできない。
ただ、俺の心に黒いモヤが現れて……。ずっと俺に問いかけてくる。
「このままでいいのか?」
なんて。
そんな言いようのない不快感を俺は家に持ち帰った。




