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想造獣  作者: 雨有 数
第1.5章 公王町事件簿
48/91

48話「口裂け女と始まりの夜」

 欠けた月が俺たちを見下ろす夜。

 昼間のような灼熱地獄ではないが、それでもなお蒸し暑い。いつもなら、とっくに自分のベッドで寝転がっているはずなんだけど……。


 今日ばっかりはそういうわけにもいかなかった。


「センパイ~、もしかしてビビってます?」

「ぶっちゃけ、ビビってる」


 ニヤニヤと憎たらしい顔つきで、ロールが俺の顔を覗き込んだ。別に人気のない夜道を歩くのが怖いわけじゃない。

 ここは住宅街だし、家から光が漏れてるわけだし。


「なんでッスか~。鬼よりは怖くないんじゃないッスか?」

「雰囲気もあるしなぁ」

「そういうもんッスかぁ」


 そういうもんだよ。と頷きつつ、俺たちはあてもなく夜道をさまよった。

 丁度、曲がり角を曲がった所で。


「……!」


 驚きのあまり、声が漏れそうになるがそれを飲む。

 街灯の薄明かりに照らされているのは、真っ赤なコートを着込んだ長身の女性。距離があるからか、細かいことは分からなかった。


 立ち止まる俺とは対照的に、女はゆっくりと歩み始める。

 彼女の動きに合わせて、女の右の手元が輝いた。

 刃物。

 形状的には包丁だろうか……?


「ワタシ……キレイ?」

「……」


 確実に迫るそれ、そして発せられた言葉を聞いて俺は確信した。

 目の前にいるのは人間ではなく……想造獣なのだと。

 俺は返事をしなかった。それは何も、ビビって声が出ないからではない。(いや、ちょっとはビビってるけど……)


 黙ったまま俺は女を見る。

 整った目元、長い黒髪、スタイルもいい。しかし、口元だけはマスクで覆われていた。


 ――有名な怪談話だ。

 誰もが知っているような都市伝説。口裂け女。俺の目の前にいるのは、まさしくそれだった。

 つまり、この問いかけにどのような返答をしても……結末は変わらない。というか、口裂け女自体も返答を期待しているわけではなさそうだった。


 どちらかというと、早く右手に持った刃を振りかざしたい。そんな雰囲気すら感じ取ってしまう。


「綺麗だと思うッスけどねぇ~」

「ロール!?」


 あれだけ予行練習で返事はするなと言っていたのに……。口裂け女にその言葉は禁句の一つだろう。

 待ってましたと言わんばかりに、口裂け女は左手をマスクに、右手を振り上げて叫ぶ。


「……これでも!?」


 と、言いつつ。

 マスクを取るよりも早く、口裂け女の手に握られた包丁が振るわれた。やっぱり、真正面から凶器を振るわれるというのは驚いてしまう。

 大丈夫だと分かっていても、身体がこわばってしまった。元々、避けることは難しい一撃だったが回避は絶望的。


 だけど、不思議と恐ろしくはなかった。


「容姿の美醜は関係ないけれど、人を襲うその心は……確かに醜いかもしれない」


 振り降ろされた凶刃を受け止めたのは、一本の刀。

 恐らく本心からの言葉をもって、藤坂が降り立った。俺と口裂け女の間に。彼女が助けてくれると信頼していたから、俺が恐怖に負けることはなかった。


「邪魔をするなら、お前も!」


 俺が二人から距離を取っている間にも、口裂け女は金切り声と共に包丁を振り回す。

 鋭い風切り音が何度も聞こえてくることから、その恐ろしい威力が想像できた。普通の人間ならば、一撃で死んでしまうかもしれない……。


 しかし、藤坂は至って冷静だった。

 まるで、最初からどこにどんな攻撃が来るかを理解しているように、藤坂は振るわれる刃の合間を縫って徐々に距離を詰めていく。

 もちろん、藤坂が近づけば相手もまた一歩、二歩、三歩と身を退くのだが……。

 追いかけっこの終わりが近づいているのは、誰の目から見ても明らかだった。


「なんだ、この人間は……!」


 口裂け女が困惑しているのが伝わってくる。

 想造獣とは、人間に信じられているものが形を与えられて具現化した姿。口裂け女も、俺たちが本当にいるかもしれない。そう考えていたからこそ、想造獣として誕生した。


 多分、口裂け女を本当にいるのかも。なんて考えている人間は、みんな口裂け女のことを恐ろしいと考えていたはずだ。だからこそ、こうして実体化した口裂け女は、人間が自分のことを恐れないことなどありえないと信じ切っている。


 だが、現実はそうじゃなかった。


 想造獣を狩る者。

 恐らく、唯一にして絶対の天敵がこの町を守っていた。


「この! この! このこの!」


 限界まで距離を詰めた藤坂を必死で払いのけようとする口裂け女。その攻撃は一層激しいものとなっていた。

 一体どこに隠していたのか、左手には鉈が握られている。包丁よりも、一層凶悪なその刃は、薄い月光を受けてギラついた輝きを放っていた。


 右手の包丁と、左手の鉈。

 その二つの凶器で口裂け女は藤坂を迎え撃つ。手数が増えた口裂け女の攻撃を、藤坂は回避だけでなく自らの振るう刀で受け止めた。

 いや、受け止めるだけじゃない。

 刀を巧みに手繰り、刃を滑らして防御と接近を同時にこなす。


「膂力では明らかに勝っているのに!」


 口裂け女の言う通り、力勝負では藤坂に勝ち目はない。

 いくら強いといえど、彼女は人間。人ならざるものと真っ向から戦って勝てる道理はない。

 しかし、その不利を覆す要因が二つある。


 一つ、彼女の振るう刀……斬想刀と呼ばれる特殊な刀の力。想造獣であれば、たとえどんな相手、どんなものであろうと必ず断ち切る。

 二つ、これが大事なのだが藤坂には圧倒的な経験と技術があった。


 俺が斬想刀を握っても大した脅威にはなりはしない。経験と技術、そして努力。藤坂のかけた年月が、斬想刀の圧倒的な力をより増幅させていた。


「悪いけれど、人を害す君を見過ごすことはできない。これで終わりだ」


 猛攻の全てを防ぎ、たたき伏せ、そして回避し……。藤坂は酷く落ち着いた様子で口裂け女に告げた。


「ふざけるなっ!」

「何もふざけてないよ」


 一筋の光が、流星の如く駆けた。

 その光は、口裂け女を斬り。そのまま、鞘の中に納められる。


 終わってみれば、勝負は一瞬。

 結果は当然のように藤坂の勝利。


「やっぱり凄いッス」


 ホッと息を漏らすようにロールが呟いた。

 口裂け女が立っていた場所には、既にその怪異の姿はなく。その代わりというように、美しい結晶が一つ落ちていた。


「お疲れ、藤坂」

「……協力ありがとう、二人のお陰で町の平和を守ることができた」


 黒髪を翻して、藤坂が話す。

 どっちかというと俺たちは何もしてないが……まぁ、そう言ってくれてるなら素直に受け取っておこう。


「役に立ったなら何より。はい、これ屋流に渡すんだろ?」


 結晶を拾い上げて、俺は藤坂に渡した。

 この結晶、想造獣の力の残滓らしい。それを屋流は集めているのだが……使い道はないのだとか。絶対嘘だ。


「うん、ありがとう。それと、今朝は済まなかった。……今朝も急用が出来てしまって」

「全然良いッスよ~。マイちゃんにはマイちゃんの予定があるでしょうし」


 ひょっこりと顔を出して、ロールがフォローを入れた。

 今日の朝は藤坂とトレーニングの予定があったのだが、また急用が入ってしまって中止になった。最近は忙しいらしい。

 これも、龍宮寺さんが帰って来たからだろうか?


「そう言って貰えると――」


 そこまで藤坂が言いかけた瞬間、藤坂の懐から電子音が聞こえてきた。

 済まない、という目配せに頷いて返事をすれば、藤坂は俺たちに背を向ける。彼女の耳元に当てられるのは、今時珍しいガラケーだ。


「はい、今指定の想造獣を討伐しました。はい、無傷です。問題ありません」


 藤坂はどちらかというと堅い人間だが、その堅さが一層増しているように思えた。多分、電話の相手は龍宮寺さんだ。

 藤坂の親代わりにしてこの町の権力者一族、龍宮寺一族の人間。見た目は子供だが……その内に秘める威圧感は、とても子供の放つそれではなかった。


「……はい。承知しました。すぐに向かいます」


 でも、その会話になんだか違和感を覚えるのは気のせいだろうか。言語化はできないけど……でも引っかかる。


「はい、それでは失礼します……龍宮寺さん」


 一つの乱れもない、合成音声のような声色で藤坂は話していた。

 でも、最後の一言。龍宮寺さんという言葉には、些か感情の色が混じっていたようにも思える。

 それが、いい方向ではないことも分かった。


「本当に忙しなくて済まない、また用事が出来たので今日は失礼するよ。……本当は、もう少しゆっくり二人と話したかったんだけどね」


 携帯電話を懐にしまい込み、藤坂は目を伏せてそう言った。

 忙しいことを謝罪する必要は全くない。

 むしろ……。


「いや、俺たちはいいんだけど藤坂も無理しちゃ駄目だぞ? 疲れてるなら休んだ方がいい」

「……ありがとう。でも、疲れているわけじゃないんだ。だから心配しなくても大丈夫だよ」


 微笑んで、藤坂は俺たちに背を向ける。


「じゃあ、また連絡するよ。おやすみ」

「おやすみッス~!」

「おやすみ……」


 そのまま駆け出して、どんどんと小さくなる背中を見送って俺は一つため息を吐いた。

 疲れているわけじゃない。

 藤坂はそう言っていた。だから心配しなくても大丈夫だとも。

 でも、疲れているわけじゃないから余計に、一層に心配になる。


「うーん、マイちゃん何か悩みでもあるんッスかね?」

「ロールもそう思うか?」

「はいッス」


 だよなぁ。

 それで、思い当たる節は一つしかない。藤坂の言葉だけを聞いても、いや向こうの言葉が聞こえないからこそ、より強調されたあの言葉。


「龍宮寺さん……か」


 俺は藤坂が言った言葉を反すうした。

 その言葉に込められた感情が、藤坂の悩みを如実に表わしているのではないかと思ったから。

 夜空を見上げれば、雲一つない空と欠けた月があった。俺が吐いたため息も言の葉も、多分この真っ暗な空の中に溶けて行ったのだろう。それは多分……藤坂の言葉だって同じだった。

久しぶりの投稿となります。

本日から、二日に一度、あるいは一日一度の速度でこの章の終わりまで突き進めることができたらいいなと! 勝手に考えている作者です。

なお、この章の終わりまで大体40話くらいです。長いんだか、短いんだかは分かりませんが1,5章の終わりまでお付き合いくださいますよう、よろしくお願いしますね!

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