45話「龍神伝説」
「その龍宮神社って、どういう神社なんですか~? というか、リュウグウジさんと名前似てますけど何か関係あるんッスか? どれくらい大きい神社なんッスか!」
「あー。質問は一つにまとめて欲しいな……」
ロールから質問攻めを受ける俺。彼女自身は様々な角度から俺の顔を覗き込み、こてりと首を傾げた。
ちょっとしおらしくなったと思ったら、すぐにこれ。ロールらしくていいと思う。
「ま、どんな神社かは見れば分かるとして龍宮寺さんとの名前の関連は気になるな」
「気になるな……って、センパイも知らない感じッスか?」
「そうだよ」
「なんだ~、残念ッス~」
深いため息と共にロールは肩を落とした。
確かに彼女の言う通り、龍宮という文字の共通が偶然だとは思えない。それが、かたや町一番の神社、かたや町を大々牛耳る一家の名字ともなれば……だ。
「本当、どうしてなんだろうな」
「分からないことは聞いて見るのが早いッス! 神社に着いたら知ってそうな人を探してみましょうよ」
「そんなこと言って、聞くのは俺なんだからな」
「もちろんッス、だってロールちゃんの姿は誰にも見ることはできませんし!」
ドヤ顔と共に胸を張り、ロールはぐるりと空中を旋回した。アクロバティックな幽霊を尻目に、もう目の前までさしかかった大きな鳥居をくぐった俺。
出迎えてくれるのは、巨大な建物。いかにも神社、というような雰囲気を醸し出すそれ。
規模としてはそこそこ。しかし、なんとなくそこらの神社などよりも雰囲気が出ているように感じるのは、周囲がコンクリートジャングルだからだろうか。
「なんだかミスマッチッスねぇ?」
「元々、この神社が先にあって都市開発が後だったからな」
「なるほどなるほど、都会のオアシス……みたいな感じッスね!」
なんて会話を交わしつつ、境内を歩く。
都会のオアシスというには閑散とした雰囲気だが、この町の観光名所の一つでもある。……とはいえ、昔は樹がぶっちぎりで有名なので龍宮神社の影は薄い。
「中々凝った作りッスねぇ。これは龍ですか! かっちょいいッス~!」
「ロールはいいなぁ」
空を飛んで建物を観察するロール。屋根なんかをあんな風に近くで見ることができるのは浮遊できる彼女の特権だろう。
「センパイは空を飛べないッスもんねぇ~」
「あんまり遠くに行っちゃダメだぞ」
「はいッス」
青空の下、得意気なロールの顔を見上げる俺。
ほどほどに神社の外観を楽しんだロールがふわふわと帰ってきた。満足したらしい。
「でも、関係者さんは見つからないッスね」
「そうだな……」
周囲をくるくると見渡して、ロールはため息を吐くように話す。
神社の中にも、それっぽい人は一人もいない。誰かいれば、声でもかけたんだけどな。
ポケットから小銭を取り出して、賽銭箱に投げ入れる。硬貨の跳ねる音が気持ちいい。
「自分もそれしたいッス!」
「うーん、じゃあロールの分も入れとくか」
もう一度、俺は賽銭箱に硬貨を投げ込んだ。
ロールの身体は幽霊だからか物理的な干渉ができないようになっている。テレビのチャンネルすら変えられない。
いくら空を飛べるからといって、その代償としてはあまりにも重すぎる。
「自分の手で賽銭箱にお金を入れる……人間に戻ったらやりたいことリストに追加したッス!」
「いつも思ってたんだけど、その人間に戻ったらやりたいことリストって実際に何かに書いてるのか?」
「まっさか~! ペンだって握れない自分ッスよ?」
「じゃあ、ただ暗記してるだけってことか?」
「そうッス!」
やっぱりそうなるよな。
でも、そうだとすれば色々と不味いんじゃないだろうか。
「全部しっかり覚えられているか?」
「どうッスかねぇ~?」
「今度から、やりたいことリストに追加したことがあったら俺に言ってくれ」
「……? なんでッスか?」
「ロールの代わりに俺がノートに書くからさ。一緒にやりたいことリスト作ろうぜ」
取り敢えずスマホに今ロールが言ったことをメモした。それを彼女に見せつける。
「センパイ~! 流石ッス!」
「まぁな。あとで覚えてることも全部書いておくから教えてくれ」
「百個以上あるッスけど! よろしくお願いするッス!」
百個か……。
なかなか大変そうだな。頑張るしかない。
「じゃあ、そろそろ次の場所に行こうか」
「そうッスねぇ。話を聞けなかったのは残念だったッスけど……」
「確かにそう――」
「あんたたち、珍しいね」
「え?」
丁度立ち去ろうとした俺たちの前に現れたのは老婆。
白髪に杖、曲がった背中にしわだらけの顔。老人という他ないお婆ちゃんがいつの間にかそこに立っていた。
一瞬たりとも、俺たちの隣にこのお婆ちゃんが立っている気配なんてなかった。
けれど、最初からそこに立っているのが当たり前のような雰囲気でそこにいる。この感じ……メアリー・スーに似ているような気もする。
自然と身体がこわばった。
得体の知れなさを感じ取ったということもあるが……それよりも、この老婆はしっかりとこう言った。
あんたたち……と。
つまり、この老婆にはロールが見えているということ。
老婆は杖を一度、二度、三度とついてゆっくりとこちらに歩み寄る。
なんとなく後退りしたい衝動に駆られながらも、それを耐えて俺は老婆を見つめた。
「今日日、いや私が若い頃だって想造獣と連れ添ってお参りに来る人間なんてね。珍しいもんさ」
「想造獣……」
くすりと笑って老婆は目を光らせた。
「そうとも。まさか、知らないわけじゃないだろう?」
「……」
「そう、そこに居るのは分かっているんだよ」
老婆はそう言うと、杖を突きつけた。
……賽銭箱の方に。
しかし、当のロールと言えば……。
「あれ、自分の姿が見えてないんですかね?」
老婆の真ん前。
もう二人の鼻が引っ付いてしまいそうなくらいの距離間にいた。
「ごめんなさい。そこには居ません」
「む……もしかしたら当たるかもらっきぃ、なんて考えぬ方がよいな」
「……」
一度杖で地面をつき鳴らして、老婆は落ち着いた様子でそう話す。どうやら、この老婆にはロールの姿は見えていないらしい。
見えていてあの距離間のロールを無視しているなら、そっちの方がよっぽどヤバい。
「しかし、主に連れがいることは確信しておる」
「それはまたどうしてですか……?」
「……賽銭箱の前で電話も使わずに独り言を話していたからなぁ。不審者として通報した方がよかったか?」
「……ぐう」
「ぐうの音が出たッスね」
まさか聞かれていたなんて……。
そう思われないように努めていたはずなんだけど、誰もいないと思い込んで油断していたらしい。
しっかり全部聞かれていた。ちょっと恥ずかしい。
「さて、ついて来い。話、聞きたいんじゃろ?」
「どういうことですか?」
「私がこの神社の主というわけじゃ」
杖をついて俺たちに背を向ける老婆。
彼女の口から告げられた事実は、ある種衝撃的だった。
運がいいのか悪いのか。俺たちはこの神社の主の話を聞けるらしい……。嬉しそうに老婆の背中を追うロールに置いて行かれないよう、俺も足を動かした。
神社の中、畳の上に置かれたテーブルにぽつんと座った俺。対面に老婆が腰を降ろし、こくりと頷いて見せた。
「龍宮神社へようこそ。私は龍宮神社の権宮司……つっても分からぬか! 要は副社長じゃ。名は神城結子という」
「それはどうも……えーっと、僕は亜月日々です」
主だと言っていたので、社長扱いになるのかと思ったら副社長らしい。そういうところは突っ込んだらダメそうなので黙っておく。
俺は空気を読めるのだ。
「社長じゃないんスね」
「黙っとけロール」
「へぇ。一緒にいる想造獣はロールという名前かい」
「ええ、そうなんです」
くくく。俺の返事を聞いて神城さんはそんな風に笑った。
なんとなく、不思議な雰囲気が俺と神城さんの間に流れている。ロールの声が聞こえればな……。
そんな風に思ってしまう。
「それで神城さんはどうして僕たちをここに?」
「聞きたいこともありそうじゃったしのぉ。主らが来たタイミングがよかったというのもある」
「タイミングですか?」
「そうじゃ」
こくりと頷いて、神城さんは言葉を続けた。
「丁度、昨日この町の伝説を取材したいという珍客がおってな。そやつに伝説を教えた後に想造獣を連れ添った主が現れた。何か運命を感じるじゃろう?」
「なるほど……」
「伝説ッスかぁ~! 気になるッス!」
大声ではしゃぐロールの声すら聞こえないというのだから、やっぱり不思議なものだ。
ロールの場合は霊感がないというのが正しいのだろうか? 言葉は聞こえていないので、ロールの代わりに伝説について深掘りする。
「その伝説というのは?」
「この龍宮神社が大々語り継いで来た伝説の全てを聞いていったよ。なんとも圧の強い女性だったからねぇ。婆の長話にあそこまで付き合ってくれる若者なんて珍しいもんだよ」
「その伝説、僕たちに聞かせて貰ってもいいですか?」
なんとも圧の強い女性というのも気になるが……今はそれよりも伝説の方を聞いてみよう。もしかすると、俺たちの知らない想造獣やそれに関する新情報があるかもしれないし。
屋流はこのうえなく事情通だが、こっちに与える情報を絞っている印象がある。それに、あいつばかりを信用するわけにもいかない。
「いつもは聞かれることのない伝説が、二日連続で若者に聞かせる日が来るとはねぇ。もちろん、話そうか」
「ありがとうございます」
「やった~ッス!」
どこから話したもんか。
という言葉に続いて、神城さんは伝説を紡ぎ始めた。
「やっぱり最初は龍宮神社成り立ちの話をしようかね。公王町には龍神伝説というものがあるのを知っているかい?」
「龍神伝説……いえ、知りません」
「この町をずっと守ってくれている龍神様。その龍神様を祀っているのがこの龍宮神社というわけさ」
「なるほど」
この町でもう十何年と生きてきたが、そんな伝説初めて聞いた。龍神が守ってくれる町か……。そう聞くと、なんだか凄い町に思えてくる。
「代々町長を輩出してる龍宮寺一家はその竜神の血筋だと言われておる。故にこの町で大きな権力を握っておるというわけじゃな」
「直接の血筋……そんなことが?」
なんだか途方もない話だ。
やっぱり伝説ともなれば、そういう話が多くなるんだろうか。なんとも眉唾ものの話だけど……。
「ある」
しかし、神城さんはあると断言した。
「樹の還元によって生み出される想造獣。私は龍神様もそうだと考えておる。ただのお伽話ではなく、龍神様は実在しておったはずなのだ」
「……」
確かに、神城さんの言う通りだ。
メアリー・スーや赤鬼みたいな怪物がいるというのなら、みんなに信じられていた神様が存在していたっておかしくはない。
そして、もし龍神が実在していたなら子供を残していたって不思議では……ない。しかし、ここで疑問があった。
そもそも、樹は一体なんなんだ?
今まで、人の信じる力を器として樹がエネルギーを注ぎ込むというような説明は受けたが……。それ以上の説明は聞いていない。(恐らく、ロールはそれ以上を知らないし屋流はそれ以上を話す必要はないと判断したんだろう)
だからこそ、ここで改めて俺は樹や想造獣の仕組みについて聞いておいた方がいいと思った。
「少し話は変わりますが、樹と想造獣についても教えてください」
「誰も主に説明しなかったのかい?」
「いえ、説明は受けましたが……勉強は苦手なものでして」
「センパイ~、ちゃんと自分の話聞いといてくださいよ~!」
ロールにせつかれながら、俺は神城さんの言葉に耳を傾けた。
「なぜそのような樹が生まれたのか。それは今となっては私たちに知るよしもないことじゃ。この町の御神木、災いの樹……どのような名になっても、樹が行うことはなんら変わっておらん」
窓の外からも見える、この町の名物。世界一巨大な樹に視線をやった神城さん。俺とロールもつられて樹を眺めた。
「町にいる人々から心のエネルギーを吸い取り、自らの栄養とする。そして、それらを還元し想造獣を生み出す……それだけじゃ」
「……」
人間の心をエネルギーとする樹。
樹自体、人間がいないと存在できないということなんだろうか。だとすれば、少なくとも人間ありきで生み出されたものであることは間違いないらしい。
「樹が力を還元する。つまり想造獣を生み出す仕組みについては、もう少し踏み込んだ説明もできるがの」
「……! どういうものですか?」
「月じゃ」
「月?」
「うむ」
天井へ人差し指を突き刺して、神城さんはこくりと頷いた。
「月が地球に近づけば近づくほど、樹の力も高まる。加えて満月であれば力が高まる。満月の夜はいつもより想造獣が姿を見せやすい」
「月と関係が……」
「故に多くの力を保有した想造獣が生み出されやすいのは満月の夜なんかじゃ」
「多くの力を保有した想造獣ですか?」
「うむ」
またこくりと頷いて神城さんは頷く。
「想造獣は本来この世界に存在していなかったもの。それを樹が力を与えて無理矢理つなぎ止めている状態じゃ。人の信じる気持ちが器ならば、樹から与えられる力はそれに注がれる水。想造獣というものは、存在するだけで中にある水を消費する。その水が消え失せれば……」
「消え失せれば……?」
「その想造獣は存在を維持することができなくなる」
それってつまり、死ぬってこと……か?
「想造獣の寿命というわけですか?」
「時と場合による。存在を信じられ続けているのなら、消費する力よりも多くの力を集め存在を維持することができるからな。しかし、人に忘れられてしまった想造獣というものは、寄る辺がない存在となってしまう」
「……」
信じられている前提で存在しているから、信じられなくなった時点で死が迫ってきてしまうというわけか。どんな生き物にも終わりはあるというが、改めて考えると少し寂しいような気もしてしまう。
信じられなくなった想造獣……具体例は思い浮かばないが。
「多くの人間に信じられている想造獣は器が大きく、そこに注ぎ込まれる力も当然大きくなっていく。故に、強大な力を持った想造獣が誕生するというわけじゃ」
「なるほど、色々分かりました。ありがとうございます」
一気に色々なことを知ったので、イマイチ自分の頭の中で処理しきれていない部分もあるが、取り敢えずいい話を聞くことができた。
というか……屋流の奴いくらなんでも喋っていないことが多すぎる!
ロールみたいに知らなかったってわけじゃなくて、絶対知っていて黙ってたぞ。だからあいつ嫌いなんだよなぁ。
「ちなみに、ロールという想造獣は何者なんじゃ?」
「えーっと、想造獣じゃなくて幽霊といいますか?」
「ほう、幽霊の想造獣か」
なんだか言いたいことがしっかり伝わらなかった気がするな。
というか、ロールの口から自分が想造獣であるということを聞いたことがない。幽霊から人間に戻りたいという話なので、想造獣じゃないから当然なんだけど。
「さて、随分と婆の話に付き合わせてしまったな。それで、主らが聞きたいことは?」
「いえ、今話して貰った内容が大体聞きたいことでした。だよな?」
「……」
と、ロールに話しかけてみたのだが、中々返事が返ってこない。
「ロール?」
「……あっ! そうッスね、しっかり聞きたいこと聞けたッス!」
「なんだ考え事か? ロールらしくもない」
「らしくないってどういうことッスか。自分だって、色々考えるんッスから!」
「仲がいいようでなによりじゃな」
神城さんにうまくまとめられたような気がするな。というか、ロールが黙り込むなんて本当に珍しい。
何か気になることでもあったんだろうか?
あとで聞いて見ようか。
「では、私は今から用事がある故」
「用事ですか……?」
「うむ。げぇむせんたぁにて新作げぇむが稼働するのじゃ」
「な、なるほど……」
ゆっくりと立ち上がり、嬉しそうに語る神城さんに続いて俺も立ち上がった。
今日はなんだか茶目っ気がある人によく出会う日なのかもしれないな。とか、考えながら俺は神城さんに頭を下げる。
「貴重なお話ありがとうございました」
「うむ。構わん、暇な婆の話し相手になってくれて感謝しとるよ。また何かあれば気軽に話を聞きに来てくれ。ロールと共にな」
「はい!」
にこりと笑った神城さんの目を見て頷き、俺たちは神社をあとにした。
たまにはこうして色々な場所を歩き回るのも悪くはない。そう思える出会いだった。




