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想造獣  作者: 雨有 数
第1.5章 公王町事件簿
44/91

44話「親子」

「おお~! これがテレビ局ッスか、初めて見たッス~!」


 つるつるのタイルに、公王テレビ局のイメージキャラクター『オーキー君』が出迎える巨大なホール。

 十人中、八人くらいはテレビ局だって思うくらい、テレビ局然とした場所にロールが興奮するのも仕方がないことだった。だから、全力浮遊で飛び去っていくロールの背中を見送って、俺は受付の方へと足を運ぶ。


 迷子の啓太君はお母さんがこのテレビ局の関係者らしい。

 なので、受付で話を聞いて貰えればそのままお母さんと引き合わせることができるんじゃないかと思った。むしろ、テレビ局で働いているお母さんで良かったと思う。


 これがどこにいるかも分からないお母さんなら、より探すのが大変だったろうし……(それでも、受付を利用することには違いないのだが)

 不幸中の幸いというものかもしれない。


「お兄ちゃんどこに行くの?」

「どこって、受付だよ。お母さんを探して貰おう」

「ダメだよ」


 俺が受付に行くと知った途端、啓太君は立ち止まってしまった。

 そのままうつむいた啓太君はどうしてダメと思ったのかをぽつりぽつりと話していく。


「お母さんは仕事中だから、僕を迎えに来てはくれないだろうし……それにあの部屋に戻るのもイヤだよ」

「あの部屋?」


 こくりと啓太君は頷いた。


「玩具があって、他の子たちもいっぱいいるあの部屋」

「うーん、聞く限り楽しそうッスけどねぇ~。どうしてイヤなんでしょうか?」


 いつの間にか戻ってきたロールが、空をふわふわと漂いながら首を傾げていた。当然彼女の声は啓太君には聞こえていない。

 だから俺も返事をするわけにもいかない。何度も何度も虚空に向かって話をしているお兄ちゃんなんて、ちょっと不気味すぎる。

 けれど、ロールの疑問ももっともだった。


 多分、啓太君がいたのは託児所のような所なんだろう。そうだとすれば、嫌がる必要なんてどこにもないはずだろうに。

 だから俺は啓太君に目線を合わせて、ゆっくりと質問した。


「どうしてその場所が嫌なの?」

「分からないけど、なんとなくイヤなの」

「慣れてないのかもしれないッスねぇ~。どうするッスか? 受付に行ったら多分その場所にケイタ君が戻されて終わりッスよ」


 ロールの言葉も聞き入れて、俺は腕を組んだ。

 多分、正しい行動は受付のお姉さんに言って啓太君を預かって貰うことなんだろうな。その方が安全だし確実だ。

 けれど、啓太君が嫌がっていることを知ってしまった。このまま連れて行くのは、なんとなく憚られる。


「お母さんに会いに行きたいよ……」

「うーん」


 俺は唸った。

 啓太君の言葉を聞いて。だって、お母さんはこのテレビ局で働いている。いくら迷子の子供がいるからといって、はいそうですかと会わせてくれるわけがない。

 そもそも、仕事の邪魔にならないように子供を預かって貰っているのだから。


 それにテレビ局の警備は普通の会社よりもうんと厳重だ。

 そのうえテレビ局は大きい。啓太君のお母さんの元にたどり着くよりも早く、見つかって怒られてしまうのがオチだろう。


 それでも、俺は啓太君をお母さんに会わせてあげたい。


「お母さんはどこで働いているか分かる?」

「最近は……ニュース番組を作ってるって聞いたよ」

「ニュース番組、どの時間帯のか分かる?」

「夕方の!」

「そっか、ありがとう」

 

 公王テレビ局でやってる夕方のニュース番組と言えば一つしかない。

 今は昼前なので、放送開始までは時間がある。なら、なんとかお母さんと啓太君を会わせることができるかもしれない。


 なんて、考えたところでチャイムの音と共に館内放送が響き渡った。


「迷子のお知らせです。鈴木啓太君。鈴木啓太君。お母さんが探しています。今すぐ五階プレイルームまでお越しください」

「あっ、啓太君! お母さんが探してるみたいだよ!」

「うん!」


 顔をあげて、啓太君は目を輝かせた。

 俺たちは急いで放送で指定された場所まで向かう。お母さんに啓太君を会わせるために。



「啓太! 心配したんだよ! どこに行ってたの!」

「お母さん!」


 五階に到着した瞬間、お母さんを発見した啓太君がその胸に飛び込んでいった。良かった良かった。それ以外の言葉が見つからない。

 こうして、早く見つかったんだから本当に良かった。


「お母さんに会いたくて、色々な場所歩いてたら迷子になっちゃって……どこにもお母さんはいないし……」

「ごめんね。お母さんは仕事だったから……」

「……」


 二人の様子をロールは黙って見つめていた。俺は一応挨拶しておいた方がいいと思って、親子に歩み寄る。


「どうも、迷子になった啓太君を見かけて少しの間一緒にいた亜月日々という者です」

「これは、どうもうちの息子がご迷惑をおかけしました!」

「いえいえ、とんでもありません!」


 綺麗にお辞儀するお母さんだが、なんだかむずかゆい。

 だって俺は何にもしていないからだ。ただ、一緒に啓太君といただけ。


「ほら、啓太もお礼を言いなさい」

「うん、ありがとうお兄ちゃん!」

「どういたしまして、啓太君。じゃあ、失礼しますね」

「あ、何かお礼を……」

「僕は何もしてませんので、お気になさらず」


 そのまま去ろうとしたが、じゃあ、と呼び止められたので俺は足を止めた。

 手渡されたのは、手のひらサイズの紙。これは……名刺?


「えーっと、テレビ局の見学とか、もし何か用があれば私に連絡をしてください。可能な限り、力になりたいと思います」

「ありがとうございます」


 しっかり名刺を受け取って、俺は頭を下げた。テレビ局見学か。ロールが喜びそうだな。今日今すぐには都合がつかないだろうけれど、いつかお願いしよう。


「では、本当にこれで失礼しますね」

「ええ、本当にありがとうございました」

「こちらこそ! じゃあね啓太君」

「うん、バイバイお兄ちゃん!」


 互いにもう一度お礼を言い合って、俺は二人から背を向けた。


「今日は早上がりだから、もう少しだけ待っててくれる?」

「うん、もう少しだけなら!」

「ありがとう」


 なんて微笑ましい会話に背を押されて、俺はエレベーターの中に足を踏み入れる。

 甲高いチャイムの音と共に、何十人も乗れそうな巨大なエレベーターが俺とロールを出迎えた。中に入って、俺は一と書かれたボタンを押す。


「良かったな、啓太君お母さんと会えて」


 緩やかな重力が身体にかかって、俺はロールに話しかけた。

 ゆっくりとエレベーターは降りていく。


「それに、テレビ局見学もできるみたいだしさ」

「……」


 そこまで言って、俺は隣を見た。

 ロールは確かにそこにいる。それは知っていた。だというのに、彼女からろくすっぽ返事がないことが信じられない。

 だってロールなんだから。

 こっちが二言喋れば、十で返してくれるような奴がロールなのに。今日は一言だって帰ってこない。


 だから俺はロールを見た。

 俺が見たロールの顔は、酷く憂い気に見える。


「どうした? ロール」

「……ケイタ君のお母さん、とってもケイタ君のことを心配してたみたいッスね」

「そりゃ親子だからな」

「親子だから、ですか」

「ああ」


 チン。

 という音と共に、一階に到着したエレベーターの扉が開いた。

 様子がおかしいロールを気にかけつつ、俺たちはエレベーターから離れていく。


「……ケイタ君、お母さんのことがとっても大好きみたいッスね」

「それも、親子だからな」

「親子だから、ですか」

「……ああ」


 俺たちは、そんな会話を繰り返しながらテレビ局の出口を目指した。


「親子は、そういうものなんですか?」

「うーんそうかも。父さんも母さんも大切だ。……面と向かって言うのはちょっと気恥ずかしいけどさ」

「そうッスよね。自分、そんな大切な人まで忘れちゃったんッス」

「……」


 ぽつりと、そう言ってロールは停止した。

 俺も足を止めて彼女に視線を向ける。いつもの、あの脳天気な雰囲気は消し飛んでいた。


「センパイ、自分にもいるッスかね?」

「……」

「あんな風に……自分をとっても大切に思ってくれて、自分も大切に思ってた人が」


 俺はすぐに返事をすることができなかった。

 脊髄反射的に、肯定することはできる。でも、そうしたらそれは気休めの言葉になる気がして……。


「……なんて、変なこと言っちゃったッス! 忘れてくだ――」


 そう言いながら精一杯の笑顔を作るその表情が、どうにも儚くて、それに悲しげで。

 俺は気休めでも、安っぽい言葉でも、口にすると決意した。


「――いるさ。すぐ隣に」

「!」


 足踏みをすることは、もうしたくなかった。言いたいことを飲み込んで、後悔するのは藤坂の一件で十分だ。


「それに藤坂だっているぞ? それじゃ不満か?」

「そうッスね……そうでした! 不満どころか大満足ッス!」


 いつもの明るい表情になって、ロールは頷いた。


「約束だロール。俺は絶対にロールの記憶を取り戻す。やり方とか、なんにも分からないけどさ。でも、約束だ」

「センパイって、やっぱりお人好しッスね。……ありがとッス」

「それはお互い様だ。じゃ、次は神社に行くか」

「はいッス!」


 こくりと頷いて、ロールは俺と隣を浮遊する。

 良かった、元気を取り戻したみたいで。やっぱりロールは元気が一番だしな。

 さて、神社に行くか。

 俺たちはテレビ局を後にして、次の目的地へと向かう。

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