43話「忍者の女性と迷子の少年」
わいわい。
がやがや。
平日なのに、若者たちで賑わっているのはやっぱり夏休みだからだろうか。それとも、繁華街というのはこういうものなんだろうか。
そのどちらかもしれない。
今日は昨日言ったように、ロールと町の散策にやって来た。やっぱり暑い。夏って感じの炎天下。
取り敢えず、俺たちの住む町の中央地、公王駅にやって来た。駐輪場を出てほど近くのベンチに腰を降ろす。
額から頬に垂れる汗を拭って、水筒を傾ける。
自宅から駅まで移動するだけでなんだか疲れてしまう。
「やっぱり都会ッスねぇ~?」
「昔は樹を見るためにもっとたくさんの人がいつでも居たんだよ」
「へぇ~! いつか、またそうなりますかね!?」
「……どうだろうなぁ」
青空を眺めて、遠目に見える樹を見た。
夢見の樹。
この町をいつでも見守ってくれている世界最大の樹。多分、この町が以前のような活気を取り戻すためには、樹の観光を再開するしかないんだろうけれど……。
それは、どだい無理な話だった。
「さてと、どこに行きたい?」
「うーん、センパイのオススメスポットが知りたいッス!」
ベンチを離れて歩き始める俺の隣を、ロールがふわふわと浮遊する。
ロールの身体を人がすり抜けたってお構いなし。彼女は自由気ままに空を泳ぐ。
こんな非日常な光景が目の前で繰り広げられているっていうのに、俺以外の人間は誰もロールを気にとめない。
こういう事実が、ロールは幽霊なんだぞって俺に伝えてくる。
誰にも縛られずに、気楽なものなんだろうか。それとも……。
「センパイッ! 無視ッスか! 酷いッス、カカオヒャクパーセントくらい苦いッスよ!」
俺の前に突然ふくれっ面を繰り出してロールはよくわからない例え話を言う。
驚きつつ彼女の身体をすり抜けて俺は返事をした。
「ビックリするだろ……。無視はしてない、ちょっと考え事してたんだ」
「それを無視って言うんッスよ。自分に紹介する場所で悩んでたってわけッスねぇ!」
「あー、うん、そうだ。そう」
「ぜーったい違うじゃないッスか!」
ジトーっとした目が俺に襲いかかった。
こればっかりはまったくもってロールの言う通りだったので、俺は触れないようにする。
「あー、そうだなぁ。この繁華街に庭園、博物館……市役所、神社」
一つずつ、この町の名所と言われるものに指をあげていく。そこまで言ったところで、ロールがもう待ちきれないとばかりに声を張り上げた。
「全部行きたいッス!」
「そう言うと思ったよ」
俺は首を縦に振った。だから俺は別段驚きもしない。
彼女は好奇心旺盛だ、どんなことでも面白そうなら飛びついていく。そういう性格だ。
「ここから一番近いのはどこなんッスか?」
「そうだなぁ、確か……」
というところで、俺は一つ重要な施設を思い出した。
足を止めて、立ち並ぶビルの間に見える巨大な施設を見る。多分、絶対にロールの興味を惹くものがあった。
「テレビ局……なんてどうだ?」
ロールがなんて答えたかなんて、聞くまでもない。
公王町は町ながらに、都道府県と同じような扱いを受けている……という話がある。その話自体は眉唾物だが、町にしては巨大というのは確かだろう。
それはやっぱり、世界一巨大な樹の存在が大きいのだろうか。細かいことはよく知らないが観光事業が打ち止めとなった今は……多分この町は衰退していっている。
公王テレビ局というのは、この町の絶頂期に生み出された場所だ。いわゆるローカルという奴なんだが、その規模は割とデカイ。とても一つの町のために用意されたテレビ局だとは思えないくらいに……。
「おおー! デカイッス!」
隣で感嘆の声を出しているロールを見れば、公王テレビ局の規模というのも中々凄いものだと再認識した。
独自の番組も持っている。これが結構な人気で長寿番組が多いんだよな。
芸能人を呼んで町ブラ企画もやってるし、繁華街を歩けば結構な確率で街頭インタビューにも遭遇する。(俺は会ったことないけど……)
活発に活動している地方テレビ局。それが公王テレビ局だった。
「中に入れるんですか! 撮影風景とか! 見れちゃったり!?」
「多分、そこまでは入れないんじゃないかな」
「えーっ! じゃあ、無理矢理中に入って覗き見するッス!」
「やめとけ、お前の姿が見える人に見つかったら心霊番組が作られるかもしれないんだぞ」
「……今のジョークはそんなに面白くないッスね」
「悪かったな!」
とはいえ、本当にロールの姿が公王町のお茶の間に届けられてしまうかもしれない。それは、なんとしても阻止せねばならなかった。
だって、こんなアホな幽霊がいるんだってバレたらそれこそ幽霊界隈にとんでもない風評被害を生み出してしまう。幽霊ってこんなに怖くないんだって!
「じゃあ、入れるところまで入って雰囲気楽しむッス~」
「そうだな。俺も子供の頃に来たなぁ」
懐かしさを身に感じつつ、俺たちはテレビ局の中を目指した。
「へぇ。一人でッスか?」
「いやいや、母さんとだよ。子供のプレイエリアみたいな場所があるんだけど、そこから迷子になっちゃって」
「迷子ッスか」
「そうそう、泣きじゃくったよ」
「あんな風にッスか?」
ロールが人差し指を向けた先には、ベンチに座って泣きじゃくる子供が一人。
「そうそうあんな風にって……」
そして、その近くには茶髪の女性が一人。ギラギラとしたチェーンと黒色のジャケットがなんとも厳つい。
なんか事件の匂いがプンプンするぞ!?
「センパイ! あれ絶対ダメな奴ッスよ!」
「そ、そうだな」
ゴクリとツバを飲んだ。
気がついてしまった以上、見過ごすことはできない。けれど、子供の前に立つ女性は明らかに喧嘩が強そうだった。
絶対ヤンキーだ。
いや、俺より年上で学生という雰囲気でもないからヤンキーよりも質の悪い人かもしれない!
「センパイ、怖いんです?」
「ちょっとだけ……な?」
「大丈夫ッスよ! 絶対マイちゃんとか赤鬼なんかよりは弱いですって!」
「そういう問題でもないんだけど……」
ああ、でもああいう人に子供が絡まれているっていうなら、それはやっぱりダメだ。
腹を括れ! 俺!
よし、行くぞ!
深呼吸をして、俺は子供と女性の間に割って入った。
「ちょっと、何してるんですか?」
「あぁ?」
女性は露骨に嫌そうな顔をした。彼女の口からは八重歯がギラリと白く輝く。
俺は反射的に彼女の顔から目を背けてしまいそうになる……が、なんとか耐えて続けて話す。
「子供が泣いてるじゃないですか、何かしたんじゃないんです?」
「何かってなんだよ?」
こ、怖い!
人を殺してそうな眼光の鋭さだ!
俺はたじろぎながらも、言葉を探す。
「えーっと」
「えーっと? なんだ?」
「……!」
彼女の声に身体がびくりと跳ねた。
悲しいことに、俺はあんまりこういう人間の相手が得意ではない。よく焼けた褐色の肌はなんとも攻撃的な印象を受ける。
ギャル……というか、ヤンキーというか……なんというか。
人を見た目で判断しちゃいけないと言うけど、こうやって人を見た目で判断してしまうのは本能なんじゃないだろうか。
「この子が一人で心細そうにしてたもんで、話しかけてみたらギャン泣きされてアタシも困ってるんだよ」
「……え?」
「……何その以外そうな顔は」
「え、脅したとかいうわけじゃなく?」
「脅す……?」
「誘拐しようとしたとかじゃ?」
「誘拐……?」
「……」
「完全に無実っぽいッスね」
コソコソと、俺の耳元でロールが呟いた。
俺は取り敢えず、彼女の顔を見て思いっきり頭を下げる。
「ごめんなさい! 完全に疑ってました!」
「……はっはっは! なんだそういうことか! アタシの見た目がいかにもって感じだったから、びびりながらも仲裁に入ったってわけね?」
「うわぁ、びびってるってところまで見抜かれてますよセンパイッ」
またしても耳元でロールが話している。
なんとも恥ずかしい話だ。変にでしゃばって、びびってることまでバレてしまったんだから。
人は見た目で判断しちゃいけないって言葉は本当だった。
「うん! 好きだな、そーいう子はさ! 勇気を振り絞ってくれちゃったわけだ!」
「うわぁ……大胆ッス」
俺の肩を力強く叩いて……というか痛いくらい叩いて彼女は大きな声でハッキリとそう言った。話した感じから、あんまり悪い人って感じはしない。
どっちかというと、多分見た目で損するタイプの人みたいだ。
「そ、それはありがとうございます」
「そんな君を見込んで、話がある! この子、泣きやませて欲しいんだけどな?」
ばつが悪そうに、彼女は今も泣き続ける子供を見た。
俺は首を縦に振ってしゃがみ込んで子供と視線を合わせる。最初から、こうするつもりだった。
「どうして泣いてるの?」
「……ボク、迷子になっちゃって……それで怖いお姉さんが話しかけてきたから……怖くて!」
「確かにあの人見た目はすっごく怖いッスもんねぇ」
うんうんと相づちを打つロール。本人に聞こえていたら非常に失礼な話なんだが……二人に霊感はなさそうだった。
ともかく、このお姉さんが怖くないことを伝えないといけないな。
「大丈夫、このお姉さんは見た目はちょっと怖いけど、多分いい人だから!」
「ほんと……? 突然食べられたりしない?」
「食べない食べない!」
「トゲトゲで刺してきたりも……?」
「実はあのトゲトゲゼリーみたいに柔らかいんだよ!」
「……」
と、俺と少年の攻防は続いたが俺はトドメの一言を放つことにした。
「大丈夫、何かあってもお兄さんが守って見せるから!」
「ホント……分かった」
涙を拭いて、少年は俺に笑顔を見せてくれる。
ふぅ、これで一件落着……というわけでもない、か。
「ありがとう、名も知らない勇気ある君。助かった」
彼女が口を開けば、少年はさっと俺の背後に隠れてしまう。どうやら余程この人が怖いらしい。
まぁ、トゲトゲでギラギラしているし、何より声も大きい。そして、見た目がやっぱりヤンキーっぽい。
「えーっと、俺は亜月日々です」
ずっと名も知らない勇気ある君なんて呼ばれるのも気恥ずかしいので名前を名乗った。それを聞いた女性は、んー、と悩む素振りを見せて顎に手を当てる。
一体、何を悩んでいるんだろうか。
「アタシはハットリ、よろしく! 日々君」
「えーっと、君の名前は?」
ハットリさんと握手を交わしつつ、俺は少年に名前を聞いた。少年のままだとこっちはこっちでばつが悪いしね。
少年はまだハットリさんから姿を隠したまま、小さな声で名前を教えてくれた。
「啓太」
「よろしく! 啓太少年!」
「ひっ……」
ハットリさんの大きな声にビックリしてか、啓太君は今度はベンチの裏に隠れてしまった。どうやら、啓太君はとことんハットリさんが怖いらしい。
……その気持ちは分からなくもない。
「ハットリさん、声が大きいみたいですね」
「うーん、元気がいいのがアタシの取り柄の一つなんだけどなぁ」
「今はそこの取り柄を少し抑えて貰って……」
「そっかぁ。ちょっと残念だ」
肩をがっくりと落としたハットリさん。
やっぱり悪い人じゃない。とはいえ、見た目が怖いことも事実なので啓太君とハットリさんの中は俺が取り持たないといけないな。
「啓太君は誰とここに来たの?」
「えっと、お母さんと……」
「お母さんはどこに行ったか分かるかな?」
「あそこ」
と、啓太君が指さした先には俺たちが丁度入ろうとした場所……我らの公王テレビ局が鎮座していた。
俺はどういうことかと、もう少し詳しく話を聞いて見ることにする。
「一緒に来たってことかな?」
「ううん、お母さんがここで働いているの」
「そういうことか……」
さて、どうしたものか。
「なるほどな! うーん、中は関係者以外立ち入り禁止だろうし、ちょっくらアタシが調べてくるわ! 日々君たちは啓太少年を頼んだよ!」
「え、ちょっとどこ行くんですか?」
「テレビ局に忍び込んでくる! こう見えてアタシ、実はニンジャなんだよ!」
「……?」
そんな言葉と共に、ハットリさんは「ニンニン、ドロン」という言葉と共に消えた……というわけではなく、ダッシュして走り去っていった。
どうして、俺の周囲にはちょっと変な人ばっかり集まるんだろうか。そもそも、テレビ局に忍び込むとか言ってたけど、本当に大丈夫……?
「えー! ニンジャなんッスねぇ!? 凄いッス! かっこいいッス~!」
「いやー、えー? どうなんだろうな?」
もしかして、体よく面倒事を押しつけてきただけなのだろうか……。なんて思ってしまう。たとえそうだとしても、啓太君のお母さんを見つけないといけないし。
「お兄ちゃん誰と話してるの?」
「いや、独り言だよ。よし、お母さんを見つけるために取り敢えずテレビ局に行こうか!」
「うん!」
ハットリさんがどこかに行ったからか、啓太君は安心したような雰囲気で俺の手を握る。
別行動というのは良い考えかもしれない。
取り敢えず、受付の人に事情を説明してお母さんを呼び出して貰おうかな。これからどうするかを考えて俺たちはテレビ局を目指す。




