40話「楽しい食事に、楽しいトレーニング」
豪勢な机に芸術品かと見紛うほどのイスに腰掛けて、俺は藤坂が作ってくれた料理を眺めた。
スクランブルエッグに、あとなんかおしゃれな料理。(俺の知識不足からか料理名が分からない)それに白米とサラダ。
紙エプロンまで用意されている。
絶対に、朝食という力の入れようではなかった。そのうえ、藤坂は俺のななめ後ろくらいに立ち、俺を睨んでいた。
睨んでいるわけではないと思うのだが、どうしてかその視線は険しい。
食べることに緊張してしまう。
「美味しそうッスねぇ~、自分も食べれたら良かったのに~」
ロールは俺の隣に座って、指をくわえてぼやいていた。彼女のいう通り、大変美味しそうなのだが、やっぱり背に刺さるプレッシャーのようなものが気になってしまう。
「えーっと、藤坂は食べないのか?」
俺の正面にはもう一人分の料理が配膳されている。龍宮寺さんの来訪を藤坂は知らされていない様子だったので、消去法的に藤坂のものだろう。
なのに、藤坂は俺の背後で突っ立っている。
「あ、ああ……そうだな」
少し戸惑った様子で藤坂は返事をして正面に着席した。
けれど、やっぱり真っ直ぐと俺を見ている。一体、どうしたというのだろうか。
ちょっと気まずいので両手を合わせて、料理を一口食べてみる。
当然というように、美味しい。
作った本人は机に身を乗り出す勢いで俺に視線を向けていた。
彼女の熱い視線から少し目を逸らして、口に含んだ料理を飲み込む。
それを待っていましたと言わんばかりに、藤坂が口を開いた。
「ど、どうかな! 亜月君の口にあっただろうか!」
今度は立ち上がりそうな勢いで、そう言われた俺は若干勢いに圧倒されつつ頷いた。
「う、うん。凄く美味しいよ」
「……! 良かった」
胸を撫で下ろした藤坂はイスにもたれかかる。
あぁ、なるほど。
藤坂がずっと俺を見ていたのは自分の料理が心配だったからだろうか。でも藤坂の心配とは反対にしっかり美味しい。
「自分は毎日食べている自分の料理だけれど、他人に食べさせるのなんて先生以外には初めてだったから……」
彼女は両手を合わせて、いただきますと呟いた後にそう言った。
俺は自炊ができるわけではないが、もし自分が料理を作って誰かに食べて貰ったら、美味しいか美味しくないかはとても気になってしまうだろう。
俺は思わず微笑んで頷いた。
「心配しなくてもさ、凄く美味しいよ」
改めて、藤坂に伝えた。
こういうのはやっぱりちゃんと伝えておかないと。俺もしっかり言われた方が嬉しいし。
藤坂は少し困った風に笑った。
「……ありがとう」
「センパーイ、マイちゃんの料理はどうでしたか?」
「びっくりするくらい美味しかったぞ」
「ええー! 自分も食べたかったッス~~!」
空中で駄々をこねるロール。
食事を取ることができないのは確かに可哀想だ。
「きっと、ロールが人間に戻ったら藤坂も作ってくれるさ」
でも今はこんなことしか言えなかった。
正直手がかりは何もないが、それでも戻れると信じるしかない。
「ああ。もちろん、ロール君の口にも合うようにまだまだ精進するよ」
隣で皿を洗っている藤坂が頷いた。
俺も一緒に洗っている。最初は自分一人でできると言って聞かなかった藤坂だが、俺が食い下がった。
家に招いて貰って、そのうえ食事まで出して貰って何もしないというのも嫌だったから。(客人としては正しくないのかもしれないが、それ以前に友達である)
「精進って、これ以上うまくなったらプロの料理人にも負けなさそうだ」
冗談半分、本気半分でそう言った。
藤坂なら努力次第で本当にプロレベルになりそうだし、今でもちょっとした店はできるかもしれない。
「まさか。せめて先生と同じくらいのものは作りたいけれどね」
「先生って屋流?」
「ああ、料理の師匠だからね」
確かに、藤坂の誕生日会で用意されていた料理は全部屋流が作ったみたいだけど、そのどれもが絶品だった。家庭的なんだけど、そのレベルが極めて高い。
正直、プロ顔負け……というよりも屋流が料理関係の仕事に就いていたんじゃないかと思うほど。
コーヒーといい、あんな風貌なのに家庭的なんだよなあの人。
「屋流が料理得意なのって本当に以外だよなぁ」
「ふふ、そうだね。私も初めて先生の料理を食べたときは驚いた」
「確かにヤリュウさんってちょっと見た目がアレッスもんねぇ~」
と、思い思いの言葉を話す。さらりとロールが酷いことを言った気がするが、多分気のせいだ。
「でも……先生が家に来て、嬉しかったのを覚えているよ」
「あんな奴が?」
「センパイ本当にヤリュウさんが嫌いなんですねぇ~。どうしてッスか?」
「どうしてって……」
どうしてだろうか。
俺はどうしようもなく、屋流という男が嫌いだった。いや、そんなに強いレベルのものではない。
ちょっとだけ、嫌悪感を抱いてしまう。
その言葉に、その振る舞いに、その出で立ちに。屋流という男の何もかもが俺にとっては遅効性の毒じみていた。
でも、今は俺がどうして屋流を嫌うかよりも話の続きを聞くことの方が大切だ。
俺は気を取り直して藤坂の言葉に耳を傾ける。
「亜月君が言いたいことも私は分かるよ。けれど、あの人はそう悪い人じゃないと私は思うんだ」
「……」
「先生が家にやってこなかったら、きっと私の食事は今もまだ冷えた作り置きのものを電子レンジで温めていただけだろうし、二人に料理を振うことだってできなかっただろうから」
「そうなんスか?」
「ああ。食事の楽しみを教えてくれたのは先生だったからね」
屋流との付き合いが長い藤坂だからこそ分かる視点というものがあるんだろう。多分、藤坂にとっての屋流は家族やそれに近しいくらい大切な人なのかもしれない。
彼のことを話す藤坂の表情は、穏やかなものだったから。
「藤坂がそういうなら、やっぱり屋流もいい人なんだろうなぁ」
「きっとね」
「絶対そうッスよ~! だって、なんだかんだ言いながらもやることはしっかりやってくれるッス!」
確かに、と俺は首を縦に振った。
あの人は適当な風に見えて、実際周囲をよく見ている。
それは分かっているんだけどなぁ。でもまぁ、理由もなく嫌うのもアレだし、今度からはもう少し優しく接してみようかな。
なんて思いながら、俺たちは皿洗いを終えた。
「はぁ!」
強烈な踏み込みに、床が軋む。
中央に配置された木人……というトレーニング器具に向かって藤坂が竹刀を振う。
鬼気迫る太刀筋で彼女はひたすらに木人を叩いていた。強烈な音が止めどなく聞こえてくる。
まるでマシンガンのようだった。
「凄いッスねぇ」
俺の隣で正座しているロールが感心した様子で頷いた。
これが彼女のトレーニングの一つらしい。皿洗いをした後、藤坂のトレーニングを見学させて貰った。
そして来たのは自宅の離れにある道場。
小規模だがしっかりとした造りだ。床は畳だし、ひのきか何かの香りが心地いい。
「で、センパイの参考になるッスか?」
コクリと首を傾げてロールは俺を見た。
俺は首を横に振る。
「いや、参考にはならないかも……」
どうして俺たちが藤坂のトレーニングを見学しているのかといえば、俺が見たいと言ったからだ。
俺は弱い。
それは当たり前の話だった。
けれど、これから先想造獣なんていう怪物と対峙して自衛できるようになりたかった。いつまでも藤坂に守られているようじゃ足手まといだから。
強いなんてもんじゃない彼女のトレーニングを見たら、何かしらの参考になるかもしれない。そんな浅知恵で見学してみたが、分かったのは藤坂の凄まじさばかり。
「そんなっ……! まさか私の動き方が悪かったのだろうか」
「うわっ!?」
いつの間にか目の前に立っていた藤坂の声で俺は驚いてひっくり返ってしまった。
さっきまであんなに元気に木人に打ち込んでいたのに……。
むくりと身体を起こして、俺は首を横に振った。
「いや、藤坂が悪いってわけじゃないんだけどさ」
「だけど……?」
心配そうな顔をして俺の言葉の続きを待つ。
そういえば、俺が藤坂のトレーニングを見たいって言ったら彼女は随分と張り切っていたような気がするな。
「まだ俺には早すぎたみたいだ」
「そうか……力になれず面目ない」
「マイちゃんは何も悪くないッスよ~。あ、じゃあセンパイがマイちゃんの弟子になればいいッス!」
ふわりと宙を漂ったロールがそんなことを言う。
俺が藤坂の弟子に……?
なんて意味を咀嚼するよりも早く、藤坂が俺の手を取る。
「そうか! そうか!」
藤坂の目が不思議と輝いて見えた。
「うん、それは名案だ! 亜月君もそう思うだろう?」
「え……あぁ、まぁそうだな?」
勢いに押されて首を縦に振った。確かに悪い提案ではない。
一番の問題は、俺が藤坂のトレーニングに付き合いきれるかということ。
でも、強くなれるならやってみる価値はあるのかもしれない。
「ふふ。私が教え込まれた技の全てを亜月君に教え込むよ」
「それは楽しみだな……うん」
程ほどにしてください。
なんて言葉はもう目に見えて張り切っている藤坂を見たら口から出てこなかった。
こんなにも嬉しそうに俺に何かを教えてくれるというんだから、ありがたいことなのだろう。
けれどやっぱり、藤坂のあの凄まじいトレーニングを見ていると自分が着いていくことが出来るのかが非常に心配だった。
でもまぁ、頑張るしかないか!




