37話「突撃! 友達の自宅!」
夕方、いつものカフェ。
今日はあのダメ教師の姿はなく、店だって閉店となっていた。
アイツの気ままな立ち振る舞いで営業時間が増えたり減ったりするのは、どうなのだろうか。
そもそも、公務員の副業がどうなんだって話ではあるんだけど……。
「いやぁ、今日もダメダメでしたねぇ~」
カウンターの上をふわりと舞って、ロールがため息を吐いた。
あのあと、俺とロールと藤坂の三人は町に出て歩き回ったんだが……有力な手がかりは見つからない。
メアリー・スー。
彼女はロールについて何か知っている風だった。
しかし、メアリー・スーだってそう簡単には見つからない。
今日の調査を終えて、取り敢えず屋流の店に帰ってきた。
最初は不必要だって思ったが、冷房があってオマケにインスタントコーヒーまで飲める環境があるというのはありがたい。
なんて認めると、脳内の屋流が嫌味ったらしい笑顔と共にサムズアップしている絵が思い浮かぶ。
かぶりを振ってそんな屋流のイメージ図を消し去った。
俺はなみなみと注がれた真っ黒な液体を口に含む。
やっぱり屋流の淹れたコーヒーの方がおいしい。……悔しいことに。
「これも地道にやっていくしかないな……」
「残念だが、一気に事が進むことはないだろうね」
俺のすぐ隣に腰掛けて、藤坂はカフェオレ片手にそう言った。
彼女の背には、俺がプレゼントしたウサちゃん柄の竹刀袋があった。俺があげた誕生日プレゼント。
改めて見ると、藤坂のイメージとズレているような気もしないでもない。
でもしっかり使ってくれるのは嬉しかった。
「そうッスよねぇ。千里の道も一歩から! ッスよね」
「ロールにしては難しい言葉を知ってるな?」
「センパイ~、自分も毎日進化してるんッス!」
ちっちっと人差し指を左右に振ってロールは胸を張る。
「ロール君は凄いな」
「マイちゃんにそう言われると……アレッスねぇ」
「……?」
複雑な表情を見せるロールと首を傾げる藤坂。
まぁ、ロールの言いたいことも分かる。藤坂は本気で感心している様子だったけれど……。
「そういえば、この店のマスターさんって誰なんだ?」
「風間迅という人なんだけれど、町から離れていてね。その間の留守を……」
「ヤリュウさんが請け負ったっていうことッスね!」
「そういうことになるね」
「あの屋流に留守番を任せるのかぁ……」
その風間迅っていう人は、大物なのかもしれないな。あるいは大馬鹿者かも。
俺だったら屋流に店を任せようとは思わない。だって怖い。怖すぎる!
あんな奴、ちっとも信用できない!
「というか、居候って……」
「先生は独特な人だからね」
困ったようにほんの少しだけ笑って藤坂はコーヒーカップを傾けた。
実際、藤坂と屋流の関係性こそ独特だと思う。屋流の口から藤坂については何度か聞いたことはあるが、藤坂の口から屋流について聞いたことはない。
ちょっと、聞いて見よう。
「藤坂と屋流はいつから知り合いなんだ?」
「先生とは、五年ほど前からの付き合いだね」
「五年前……」
「私が中学一年生の頃から、だね」
「長い付き合いッスねぇ~」
中学一年生の頃からか。
想像以上に長い。俺はてっきり高校に入ったあたりだと思っていた。
「最初は家に居候していたんだけど――」
「え? 家って、藤坂の?」
「ああ」
藤坂はコクリと頷いた。
屋流が藤坂の家に居候していたのか……。それは新事実だ。
というか、本当になんなんだあのダメ教師は。知れば知るほど謎が深まる。
「そういえば、マイちゃんの家ってどこにあるんスか?」
俺たちの間に顔を突っ込んで、ロールが言った。
藤坂の家、そういえばどこにあるのか聞いたことがなかったな。閑静な住宅街とかだろうか。
それとも、ちょっと郊外の方?
なんて予想を胸に抱きつつ、藤坂の返答を待つ。
「私の家は幻山の中にあるよ」
「……まじで?」
幻山というのは、町の名物の一つである標高七百メートルくらいの少し大きな山だ。
名前の由来は、人を化かす幻が出るから……らしい。。とはいえ、今は道路も整備されておりわざわざ獣道に入らなければ、どうということはない普通の山なのだが。
しかし、その山の中に家があるって遠いんじゃ……?
「学校まで来るのにどれくらいかかるんだ?」
「一時間も自転車を漕げばすぐに着くよ。急げば数十分だ」
「……?」
「山の上だから、やっぱり広いんッスよね~!?」
「ああ、温泉もあるよ」
「……?」
「ええ~! じゃあ、もしかしてプールとかもあるッスか!?」
「……済まない、プールはないんだ」
「そうッスか……」
「で、でも! 専用のトレーニングルームや道場はあるよ」
「えぇ~! プールより凄いッス~!」
「……?」
俺の頭には疑問符がたくさん浮かんだ。
一時間?
温泉?
トレーニングルームや道場?
俺の聞き間違いだったりするのだろうか?
至って真剣に、そんなことを語るものだから多分嘘ではない。話を微塵も盛ってはいないのだろう。
だからこそ余計に恐ろしいし、気になった。
「な、なんか凄い豪邸に住んでるんだな……?」
「厳密には私の家ではないんだけど、家主の好意に甘えてね」
「家主さんッスか~? オオジヌシって奴なんッスかね?」
こんな豪邸を所有できるんだから、相当な金持ちか権力者ではあるんだろうな。
そんな権力者が藤坂に家を提供しているのも若干気になるところではあるが……彼女は想造獣と戦える数少ない人間だ。、それくらいのサポートは惜しまないんだろう。
「龍宮寺さんはどうだろうね」
「リュウグウジさんッスか?」
「あぁ、家主さんだよ」
「龍宮寺って、代々この町の町長を輩出している家系の名字じゃないか!」
納得した。
昔からこの町を実質的に支配している一族。それが龍宮寺だった。
厳つい名字から察せられる通り、そりゃあ大層な権力者で俺みたいな一般人がお近づきになれる存在ではない。
多分、その一族の誰かが藤坂のサポートをしているんだろう。
納得する他がない。
龍宮寺の名を持ち、相応の権力を握る者ならばそんな豪邸だって所有しているだろうという確信が持てる。
「そんなに凄い人なんッスねぇ~! うーん、マイちゃんの家に行ってみたいッス!」
ロールの目がキラリと輝いた。
予想できた言葉。ロールなら絶対そういうという謎の安心感さえ抱いてしまう。
「センパイの家って、普通過ぎるッス。部屋なんて酷いッスよ! 可愛い女の子が住むにはなぁんにもない部屋なんス!」
「そりゃあ俺は可愛い女の子じゃないからなぁ」
「だ~からモテないッス」
「うぐっ……」
この幽霊痛い所を……。
俺が反論できなくなった所を見極めて、藤坂が口を開いた。
「亜月君も、家に来てみたい……かな?」
「え、あぁ。そうだな、うん行ってみたいかな」
「ロール君も?」
「もちろんッス! 友達の家に行くなんて、自分が人間に戻った時にやりたいことリストの一つッスよ~!」
ロールが幽霊じゃなかったら、風が生み出されるくらいの勢いで首を縦に振る。
どうやらめっちゃ家に行きたいらしい。
山の中にあって、温泉とトレーニングルームだとか道場がある家なんて、そうそうお目にかかれるものじゃないからな。
俺だって行きたくないと言えば嘘になる。
「と、友達――」
藤坂は噛みしめるようにそう呟いて、俺たちを見据えた。
カップをカウンターの上におき、ふぅと息を吐く。
「じゃ、じゃあ……わ、わた、私の家に、その……来ないか、な。……なんて、も、もちろんイヤならいいんだ。イヤなら」
いつものクールな彼女からはかけ離れた言葉遣いでゆっくりと言葉を紡ぐ藤坂。
ロールと顔を見合わせて、俺たちは言葉を揃えて返事をする。
「そんなのもちろん」
「行くに決まってるッス!」
「……!」
藤坂の顔色はほとんど変わらなかったが、心無しか明るくなったような気がする。
パァ、なんていう擬音がよく似合いそうだった。
「そうか。ふふ、そうか。では、明日の朝先生の店に集合ということで大丈夫かな?」
「問題ないッス~!」
俺が答えるよりも先にロールが返事をした。
まぁ俺も問題はないからいいんだけど。ロールがよっぽど楽しみにしていることが伝わってくる。
「そうと決まれば色々と準備をしないとね。では、失礼」
「ちょっと藤坂――あ、言っちゃった」
嵐のようにテキパキと後片付けを行い、藤坂は店から出て行ってしまった。
顔色や声色はいつもとほとんど変わらないのだが……どうやら藤坂も楽しみにしているらしい。
俺も明日が楽しみになった。
さて、藤坂の家はどんな家なんだろうか……。




