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想造獣  作者: 雨有 数
第1.5章 公王町事件簿
34/91

34話「立ち入り禁止区域の怪物たち」

 五年前の事故により、人がよりつかなくなった立ち入り禁止区域。

 日が落ちても昼間のように賑わっていたのは昔の話だ。今となっては、人がいないのをいいことに半グレたちのたまり場となっている。

 人の営みは完全になくなり、道に設置された街灯も無用の長物となっていた。


 だから、星がよく見える。


 一人の男が無限にきらめく星の海を眺めていた。

 月明かりに照らされる銀の髪は、およそ男の腰くらいまで伸びている。口元を彩るのもやっぱり銀色。


「綺麗な星空ですね。もっとも、君に風景を愛でるなどという雅な趣向があるとは驚きでしたが……」


 奥から声が聞こえた。

 銀髪の男は、窓辺から手を離し声の方へと視線を向ける。

 割れた窓から夜風が吹きつけた。


「いやぁ。割れた窓が気になって近寄ってみれば、存外今の夜空も綺麗なものだと思ってね」


 洋物のコートの裾を正して、男は朗らかに答えた。そのまま、室内の奥の方へと歩みを進めれば、自分のために用意されたイスを引いて腰を降ろす。

 妙に質のいい円卓と、東西南北にきっちりと配置された四つのイス。

 そして、天井には宗教画のようなものが描かれており、そこから煌びやかなシャンデリアがぶらさがっていた。

 もっとも、好き放題荒らされているために明かりが灯ることはないのだが。


「彼の言う通りだな。今の空は好かん。そもそも、人間如きが夜を支配したという事実さえ気に食わん……それと、短絡的な快楽にまみれたお前には分からないだろうが、夜空を眺めながら晩酌に舌鼓を打つ。娯楽としてこれほど贅沢なものもあるまい」


 二人の会話に交じるのは、さっきまで影も形もなかった狐面。

 その狐面もまた、イスを引いて腰を降ろす。

 自分の正面に現れた何者かに手を振って、銀髪の男はうんうん、頷く。そして、右手に居座る男に話を振った。


「そうそう。つい、数百年前まで夜はオジさんたちの居場所だったのにさぁ? 今じゃ人間たちが我が物顔さ」

「ええ。そのようで……ですが、それもまた詮無きこと。誤解を恐れずに言うのであれば、そんな人間如きに夜を奪われた己の矮小さを嘆くべきではありませんかねぇ?」

「あっはっはっは! 痛いところを突かれたね!」


 銀髪の男は嬉しそうに笑うが、正面に座った者にとってはこれっぽっちも面白くなかったらしい。円卓を叩いて勢いよく立ち上がった。


「殺すぞ、若造ッ!」

「言ったでしょう? 誤解を恐れずに言うのであれば……と。そも、夜など誰のものでもないでしょうに。強いて言うなれば、神の所有物に他なりません。それを、我々如きが自分のものだと主張しても空しいだけでは?」

「その小煩い舌先を四つに裂いてやろうか?」

「遠慮しておきましょう。そのために、皆様方にご足労を願ったわけではないのですから」


 結局、うまくいなされ、狐は舌打ちをしながら再び腰を降ろす。男の言葉には不思議な力があった。

 吐く言葉は普通。

 だというのに、なぜか聞き入ってしまう。


 発音、声色、間、それが絶妙に巧みなのだ。

 こと話術において男の右に出るものはそういない。

 それこそ、老獪な政治家にも勝るとも劣らぬほどだ。


「まぁまぁ、二人とも仲よくしようよ。じゃないとオジさんが困っちゃうよ」

「……吸血鬼がそう言うなら、オレが身を退こう。で、要件はなんな――」


「――本当にっ! 信じられないわ!」


 狐面の言葉は遮られた。

 突如として残った空席一つに現れた少女の怒号によって。

 少女――メアリー・スーはそのまま椅子に着席した。

 ちょこんという擬音がよく似合う彼女は、頬を膨らまして憤慨している様子だったが、その様子まで愛らしかった。


「あらま、今日は随分と荒れてるねぇ?」

「……どうしてよ、夢を叶える方が絶対にいいに決まっているのに。どうして現実に縋ろうとするの――」


 吸血鬼の言葉も、メアリー・スーには届いていないらしい。ぶつぶつとつぶやきながら、少女は怒りをまき散らしていた。

 そんな中、重い音が室内に響き渡った。


 一度、二度、三度。

 その音の正体は男が持った杖が地面を突いたものだった。


「さて、これにて五大獣の皆々様が揃いましたね」


 男が静かにそう告げた。

 瞬間、誰もが男に視線を向ける。

 狐面も。

 吸血鬼も。

 そして、あれほど怒っていたメアリー・スーでさえも。


「この町の歴史上類を見ない強力無比な想造獣――それが我々です。そして、その我々が同盟を結び協力関係にある。およそ、向かうところ敵なしでしょう」


 かつんかつん。

 男が円卓をなめ回すように徘徊を始めた。

 三人の顔をのぞきつつ、ゆっくりと話を進めていく。


「しかし、油断は禁物です。斬想刀を知っていますよね?」

「もちのろん! 想造獣ならばなんでも斬っちゃうっていうサムライソード! オジさんたちの天敵だねぇ?」

「では、それの所有者については?」

「お前が散々オレたちに力説していただろう。藤坂舞、名前は覚えている」


 男の質問に吸血鬼と狐面が答える。

 二人の返答に満足したのか、男はもう一度杖を突く。


「私は皆様にこう話したはずですよねぇ? 藤坂舞に近づくなと。正確には一人で戦おうとするな……ですが」

「それがどうした?」


 狐面がそう返事をして、男は待ってましたと言わんばかりに杖で地面を突いた。

 今宵、もっとも大きな音が男たちの耳をつんざく。


「だというのに、勝手に行動をした挙げ句……見事に敗れた面汚しがいるのですよ」

「……」


 丁度、メアリー・スーの背後に立っていた男は声を潜めた。

 まるで少女の身体を縛る鎖のように言葉を操り、そして耳元で囁いてみせる。


「貴方……ですよ? メアリー・スーさん?」

「それは、違うの! 違うのよ! 私はただ、あの子が夢を叶えて欲しそうだったから! 力を貸しただけなの!」

「いいえ? いいえ? 私はそれをするなと述べたはずですが? メアリー・スーさん、貴方はご自身の力をよくわかっていない」


 そのまま、男はゆっくりと自分の席に戻り腰を降ろした。

 言葉の冷たさとは相反して、表情はどこまでも穏やか。それが逆に恐ろしい。


「その力だけを見れば、貴方は我々の中でも規格外。貴方が気ままに動けば、そのしわ寄せが我々に来るかもしれない。我々は一蓮托生――子供の貴方にも分かりやすく表現するならば、大縄飛びなのですよ」

「大縄飛び……?」

「えぇ。誰か一人でも縄に引っかかれば、そこで終了。記録はそれ以上伸びません」


 男は理路整然とそう話した。

 メアリー・スーは男から目をそらす。

 それを男は見逃さない。


「私の夢を、貴方に語りましたよね?」

「え、ええ……」

「では、夢の使者である貴方が私の夢の実現を邪魔になるというのは、随分と皮肉なものですねぇ……」

「そんなわけないわっ! 私はいつでも夢見る貴方の味方なのよ! そうよ私! そうなのよ!」


 その返事を聞き、男は机を叩く。


「では! 二度とこのようなことはないように気をつけてください。二度目はありません。またこのような失態を晒せば、我々は貴方を切り捨てます。重々ご理解のほど……よろしくおねがいします」

「……はい」


 それだけを言い、男は姿を消した。

 男の言葉に気圧されて、意気消沈という他ないメアリー・スー。

 それら二人の様子を眺めて、吸血鬼は肩を竦めた。


「今日の彼は随分と荒れてたなぁ」

「奴は小心者だ。オレたちのような人ならざる者だが、同時に人でもある。緻密な計画。慎重すぎるほどに慎重。盤石な態勢。故にほんの少しのほつれでさえも許容できないのさ。小物だ、あまりに小物。……だからこそ厄介だ」


 狐面は一通りの言葉を重ねると、立ち上がり煙のように胡散した。


「さて、じゃあオジさんも帰ろうかなぁ~。あ、メアリーちゃん! そう気落ちしちゃダメだよ? ほら、あともう一回はチャンスがあるってことだしさぁ?」


 なんて呑気に欠伸を交えて吸血鬼はメアリー・スーに語りかける。

 その言葉を聞いて、メアリー・スーは顔を上げてかぶりを振った。


「そう、そうよね! そうよ私! そうよ貴方! 次、まだ次があるわ……今度こそ失敗なんてしないわ、してはいけないもの。ありがとう虚ろな貴方? 空っぽな貴方? きっと貴方にも楽しい夢が見れますように! そう願っているわ!」


 元気に飛び跳ねて、少女は屈託のない笑みを吸血鬼に見せた。

 そして少女もまた宵闇に溶けるように吸血鬼の視界から消失してみせたのだった。


「虚ろで空っぽかぁ……まぁ、そうかもね?」


 誰もいなくなった部屋の中。

 ぽつりと残された吸血鬼は朗らかに笑う。立ち上がり、再度窓辺に身を預けて夜空を見上げた。


「うん、やっぱりいい夜空だ……」


 吸血鬼もまた、その言葉を残して闇に紛れていく。

 月光の下に、無数のコウモリが羽ばたき過ぎ去って行った。

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