カブール3
兵士が二つあるうちの建物入の奥へ行ったのを見届けて、ジークは男等が出て来た、朽ちた元兵舎の中に向かった。
虎族が作る結界というものが見て見たい。
できればその結界で使ったものを、くすねてやろうという気持ちもある。
この兵舎はもとは山側の土塁に沿って作られていた。以前はたくさんの寝所が必要なくらいに警護の兵士を雇って死霊に備えていたが、死霊を寄せ付けない草の存在を知ると、港町を守るための土塁は必要だが警護の人数は大幅に減らされた過去があった。
その後常駐する兵士らのために、ちゃんとした居住区を建設したが、それも、兵士らに払う金が集まらず兵士の数は減り続けけている。
ジークは放置されたまま、崩れている瓦礫を避けて、はぐれ龍の気配を探した。
歩を進めると、奥にはまだ形が残っている建物が見えた。乱雑に立った柱の陰から少しづつ内部の様子を伺う。
柱と屋根しか残っていないこの場所は、昔は宴会場で、死霊を一匹倒しては。景気づけに大宴会をした跡地である。
曲がりなりにも一段高いステージもあり、化粧石のある土塁を背に女が一人。
袋から何やら出しては化粧をしている。
ジークは気配を消して男らが言っていた結界の石を探した。
石はすぐにわかった。
会場の中央の焚火を囲むように、ちょうど人の尻が乗る程度の石が一定の間隔を置いてある。
日が傾き周囲の明るさが半分になる。
ジークは目の錯覚かと柱や床を見つめ、また点々とある石を見た。石が青白い光を放っている。
ぎょっとしてジークは首をすくめた。
あの石は普通の石ではないと、思ったのはジークだけでは無かった。
女も化粧の手を止めて、青白い光が石と石の間を這い、円になるのをじっと見ていた。
(封じ込みの結界・・やばい)
ステージの後ろの化粧石の下からも、青白い光が左右に延びている。
ステージ近くの柱の陰にある石を伝い、薄いが青い光が複雑な円を作っているのがわかった。
ジークは息を止めて、音をたてぬよう後ろに下がり、朽ちた棒がつきだしている土塁の横を足早に出て、真新しい建物を見つけると、すぐ丸太で作られた大扉へと曲がり、這いつくばって扉の下をくぐって道路へ出た。
焦っているジークの姿を誰に見られよう、構わなかった。
幸い雇われ兵士どもは奥の建物の中で食事中、門番すら置かなくなった大扉は誰でも自由に出入りが出来るようになっていた。
(やばい、マジやばい)ぶつぶつつぶやきながらジークは走った。
青い石の結界は古い文書であの隊長は知ったのだろう、そして所々に置かれた赤石。
赤石が曲者だ。赤石は龍族には劇薬。あの石から染み出てくる気は龍族の理性を取っ払う効力がある。
龍族のある者はあの赤石を槍だと表現し、ある者はささくれたトゲだともいう。
ジークは一度だけ龍族の力を発揮した時、それは小さな赤石を見せられた時だ。
(あんなもんどこから持って来やがったんだ、馬鹿野郎が)坂道を振り向きもせずにジークは駆け降りた。
赤石は大きかった、しかも青石で身動きを制限していた。
陽がとっぷり暮れ初め、辺りがぼんやりして来たが、まだ商魂たくましい商人は、商品の品定めに余念がない。
通りを歩く人々は、血相を変えて走っていくジークをちらりと見るが、死霊に追われている風でもないので気にする者は居ない。
荷物を預けた宿屋にジークは駆け込むと、荷物を背負い宿屋の主人にわずかばかり金を渡して宿屋を飛び出して行く。
ジークが向かったのは、兵舎がある右手の土塁側には走らず、左手にある、山から下りてくる時に最初に通る、町の正門に向かっていた。
山側の正門にも警備兵も、呼び止める者も誰もおらず、がっちり締まっている頑丈な柵の上をよじ登り、土塁に掘られた小さな穴を通って町の外に出た。
日は暮れて下草の道が、丘の上へとつながっているのがかろうじて見える。ジークは必死で丘を駆け上り、岩だらけの崖にぶつかると、近くの高い木を探してよじ登って一息ついた。
「馬鹿めらが、龍を怒らして。何がしたいんだ」
港町が見える枝を探して移動し、眼下に遠く見えるオレンジ色の灯りを見下ろした。港町の家家の玄関には商人のために薪が焚かれている。
ジークは顔に流れる汗を手で拭った。冷や汗である。
真新しい木の匂いがする寄木のテーブルを囲んで警護兵の隊長はそっくり返っていた。
この隊長の椅子だけ背もたれがあり、他の兵士らは丸太を切っただけの簡素な椅子の代用品に座っている。
「本当にあの分厚い土の壁が壊れますかね、正門に火をつけて燃やしたほうが、うまく行きやしませんかね」
「まぁ四の五の言わずに待ってろ。何も起きなきゃ、あの女の踊りでも見ながら、酒でも飲もう、へへっ」
隊長のニタニタ笑う顔を、周囲に居る兵士らは見ていたが、もし隊長の案がうまく行けば、分厚く盛られた土塁は龍の力で大穴が空き、町のお偉方はてんやわんやになる。
死霊が大穴に気が付く前に修理しなければならず、その人夫を大勢雇うことになる。警護兵士らは呼び寄せた親戚や家族が、何らかの仕事にありつけると喜んでいた。
死霊が嫌う植物が出てきて、港を守る警護兵士の数は年を追うごとに減らされている。
山脈越えの街道は廃れ、船での交通手段が増えて行く中で、警護兵士の役割は乱暴者の集まりに見られている。
雇われ兵士から商いに手を出す者もいれば、船の荷卸に鞍替えする者も多かったが、実入りの良い警護の仕事は捨てがたく隊長は、ずっと練っていた案を実行に移せることを大いに喜んでいた。
「わしは石集めを手伝ったのだから、わしの一族を優先させて雇って下さいよ」
「わかっとるわい」
「お前ら。騒動が起きたら、素早く動けよ。わしらが役に立つことを、しっかり見せねばならん」
丸太の椅子に乗った兵士らは、隊長の話を本気にはしていなかった。
しかし、うまい話には乗っかるつもりで相槌を打つように、へらへらと笑顔を作って隊長の顔色を窺った。