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伽藍の龍  作者: KOUHEI
1/7

ジーク

深い緑色とも濃い藍色にも見える海水に囲まれた島が三つ並んでいる。

中央の島には大きな穴があり、その周りは六角形の岩が幾重にも、水の流れのように穴の周りを縁取っている。

ポカリと大きく口を開けた穴から、流れ出た岩は波打ち際で黒々と盛り上がり、盛り上がったところにも地下に向かって暗い穴が開いていた。

そして黒い岩穴は島の周囲を囲むように開いており、穴の入り口は皆、海に向いて口を開けていた。



うっそうと茂った森の中で、一人の若者が淡々と木の根や倒木の隙間をかいくぐり、落ち葉でふわふわの道なき道を歩き続けている。

若者は空を見上げまだ森の中は明るいというのに、倒木でちょっと開けた場所を見つけると、野営の準備にかかった。

むやみやたらに進んだところで暗くなった森の中では安全な場所を探せる機会は少ない。


若者は見るからにほっそりとした頼りなげな風情で、成年とは言い難く、また少年と呼べるほど幼くもない。

若者は手ごろな石の上に小枝を集めた上に座り、横に置いた布袋を腰のそばに引き寄せた。

旅人の装いとして簡単な肩当、同巻きなどの装備を外すつもりもなく、旅姿のまま若者は森で一夜を過ごすつもりでいる。

活力の無い目で若者は右手を見つめていると、若者の指先に白い結晶が現れ玉になった。

若者は塩の玉を作り出しては、焚火の周りに隙間の無いよう塩玉を放り投げる。

繰り返して塩玉を投げては、焚火を中心に自分の周囲も塩玉で円を描いた。簡単な結界である。

若者は新しい革のブーツの踵で軽く岩を蹴って真後ろにも塩玉をまた投げた。

わざわざ自分で作った結界の中にヘンな生き物を入れて一晩過ごしたくない。


若者の名前はジークという。

ジークは背中に抱えていた背負い袋を下ろし焚火のそばに置くと、懐から小袋を出して香料の塊を2粒、火の中に投げ入れた。

焚火と塩玉の円の中にだけ香料の煙が充満し結界の中を埋め尽くした。

「糞面白くもない、なぜ俺だけがこんなところに居なけりゃならん。くっそ、今頃は別荘地でうまいもんを食っていたのに」と毎年行楽で行く別荘での宴に思いをはせた。

ジークは参加できないとわかったときはかなりショックだった。


吐く息とともに不満を口にしジークは、傍らの袋に手を突っ込み、干し肉を出してちぎって口に入れる。

暗くなりつつある森の中で最初の夕食だ。


新品の革のブーツは草の汁や泥が付着し、手で払っても落ちそうにないが、それ以外の部分の革の真新しさが良く目立つ。

軽いとはいえ肩当や胴当ては硬くて動き辛いが、決して森の中では旅装束を解くでないぞ、と言い含められている。


旅立つ前に揃えられた柔らかい革の短衣とズボンを最初に着込んだ時には、わくわくしたが、支度を整え大勢の親戚の男たちに囲まれて、歩きなれた大理石の化粧石の庭から荒い敷石の並んだ道を抜けて、街はずれの境界線を示す石柱の前まで来ると高揚した気分ががくんと減っていた。


ジークが考えていた別れの挨拶をすれば、

「武勇伝を待っているぜ」口々に言ういとこたちに苦笑いで答え、ジークは振り向くことなく西へ向かって歩き出したのだ。


四、五分も獣道のようなところを歩くうちに、背中で聞いていたいとこたちの別れを言う大声は聞こえなくなった。

森の中は倒木や苔むした岩が行く手を阻み、湿った枯葉の上を滑らないように用心しながら、陽の届かない木立の中を一人ジークは歩き続けたのだ。


暗くなり始めた森を見まわし、ジークは旅の初日から街に戻りたくなった。

特権階級の選ばれたるものだけしか入れないアカデミーに入学は出来たが、アカデミーでは最高齢者の18歳になっている。


アカデミーでの訓練生の能力の個人差は大きい。

風、火、水を操る能力と変身は竜族の即戦力になり、最も求められていたが、ジークへの教官の期待は早くに失っている。

18ともなればいろんな部署から引く手あまたの声がかかる年齢にもかかわらず、ジークにはその打診は一件も来ていない。


もともとアカデミーには入学できるほどの能力は無かったとジークは思っている。

火も水も自由に制御できる力はいつまでたってもジークには現れない。


たった一度だけアカデミーでの権威者の前で大変身をしてしまい、

未知の能力保持者として地道に実技の訓練を重ねた結果、薪に火をつけること、塩玉を作り出し結界を作ることは出来た。

だが、アカデミーの訓練生ならば森を一つ焼くくらいの火の玉を作り出せるし

水を自在に操ることも簡単にできる。

けれどジークには小さな力を制御することが、アカデミーでの訓練の成果の全てだった。


龍族ととしてのパワー不足が今回の旅に大きく関係している。

つまり龍族としてパワーを表に出さない、もしくはパワーの無い者がこの旅には必要だったのだ。

通常の龍族は喜怒哀楽で軽くパワーが放出される。アカデミーではパワーの制御を徹底して教わるが、そもそもその制御するパワーが無かったので、選ばれたという、あまりにも嬉しくない任務であった。



ジークは焚火のチロチロ燃える火から視線を外し、教官に揃えておくように言われた細かい物品の入る、荒く織られた布袋を見た。布袋の底には小さな2匹の芋虫が這っている。

ジークの点けた火が枯れ枝に移り、強く燃えるにつれて熱を放ち布袋の底を熱くしている。

その熱から逃れようと虫が出てきたのだ。


ジークは親指と人差し指で輪を作り、虫をめがけて人差し指に力を込める。

ジークは熱い火の中に虫をはじきいれるつもりである。


「やめろ!、この狭い結界の中で弾かれればやけどをするではないか!」

「この糞バカ!」


突然指はじきをやめろとの声が聞こえたが、小さな静止の声などジークの動きは止められない。

流れのままに人差し指をジークは弾いた。

が、ジークの指は虫を弾かなかった。


代わりにジークの隣には旅装束の幼児が二人、お互いがお互いを抱きかかえるようにして転がっている。

ジークは驚いた様子もなく、二人の子供を見て子供のまとった気を読んだ。


「なんだお前らは。ふーんお前たちはアカデミーの生徒か。俺についてきたという事はさぼったな」

ジークの結界から出られない二人の幼児を馬鹿にしてジークは笑い、結界の中をぐるりと見まわした。

幼児二人ぐらい寝る余裕はありそうだ。


「さぼったわけではない、ちゃんと両親の許可を得てきている」

幼児の一人は塵除けマントについた泥や落ち葉をはたきながら、もう一人の幼児の様子を細部まで観察している。

変身した際にけがをしていないか心配している。


突然現れた幼児はどちらも黒っぽい髪、上等な布で織られた簡易の鎧を身に着けている。口を開いて文句を言っている幼児が少し年上で、巻き毛の幼児の身を案じているようだ。

そして冷ややかな面差しで二人の幼児はジークを見ていた。


「名前は」ジークが尋ねた。


アカデミー以外の場所ではジークはそれなりに年長者として扱われることのほうが多いが、

実力主義のアカデミーでは年下が年上を敬わず侮蔑するのはよくある。

アカデミーは龍の能力の大きさだけが判断基準ゆえに、年下の二人がジークに名前を尋ねられても、率直には答えない。


ぶすっとした不機嫌な顔が相手の顔色を疑いながら、

「アディ・アークイン」と黒髪が言うと

「シグル・アークイン」と巻き毛も答えた。

二人が不承不承名乗ると、顔色を替えずにジークは驚いた。


アークインはジークの母方の姓である。

ジークの母親はドルビンの中では最も大きな一族の出身。

父親のステフニルの一族は3番目か四番目に数が多い一族だが、古くから能力を持つ龍を身内に引き込んでいたアークインはその狙い通り、一族のほとんどが突出した能力を身に着けて誕生し要職にも就いている。


またアカデミーに入るには個性的な能力と、経済的な背景も大いに必要なのだ。

「ガキの姿をしているが、本当の年齢はいくつだ」


龍は能力を最小限に抑えるためには、極力小さな生き物に変身する。


幼児二人は顔を見合わせるとしばし目で相談して、年長者と思わしき子供が口を開いた。

「14歳と13歳だ」


なんだやっぱりガキじゃないか、とは思ってもジークは口に出さない。そのガキよりも年齢は上でも能力はガキの足元にも及ばないのだ


力を縮小させ毛虫にまで変身できるという事は数十倍もジークよりも能力は上である。

ジークが黙ったまま何も言わないのを二人の子供は、勝手に結界内で許可を得たと受け取り、

気をよくしてジークの向かい側で、石を焚火側に集めこれから寝るための準備を始めた。


「アークインの誰がお前たちを送り込んだのだ」ぼんやりと火を見つめながらジークは尋ねた。

「僕たちのことには気を使わないでくれ、あんたは灰色龍のところへ行くことだけを考えればいい」

二人の幼児はすべての事情を知ってジークのバックにくっついてきたようだ。


「灰色龍から気配を消す術を、お前らが会得するつもりなんだろうが、この俺に変身を見破られる程度では

行きつくことも無理だぜ」


龍の生息地から龍が外界に出るには、決して破ってはならないの掟がある。


「フン、馬鹿が、世の中には偶然というものがあるのだ、あんたは単純に虫を弾き飛ばそうとしただけだ、僕らの変身を見切っていたわけではない」


「そうか、都から出て、最初の夜に正体がばれるのは、偶然か」

ジークの嫌味を無視して二人の子供ははごそごそと荷物のリュックを枕代わりにして

ジークに背を向けて横になった。


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