とちゅうのさいしょ
「ひなちゃんを一番にするわよ」
「ひな姉はもう一番だが?」
「解ってる、解ってるんだけどそう言う事じゃなくてさ」
学食。まっとうな学生なら何らかの講義に出席しており、こんな時間この場所にいるのは、控えめに言って真面目ではない学生か、誰かと待ち合わせしている者だけである。
前者、後者両方に当てはまる飛鳥に、同じく両方当てはまる耀子が話しかける。普段、ひなせが居ない時には概ね口喧嘩を行うか、それぞれの趣味の本などを読みつつ時間をつぶす事が多い。そんな2人にしては珍しく、比較的穏やかな会話が行われている。大体いつもは挑発・蔑み等の言葉から始まるのだが、今日はなんとはなしに様子が違うようだ。
耀子のいつもと違う雰囲気に気が付いているのか、普通?の受け答えをする飛鳥。
「何が違うんだ?」
「だーかーらー、ちょっと相談なのよ。というか協力して欲しいのよ」
「なんつっかその、俺らこんな風に普通に話するような仲だったのか?」
「いつもの事とかどうでも良いのよ。協力するの?しないの?」
「相談……協力ねぇ……ひな姉に関する事のようだから一応聞いとくけどな」
「でしょ?あたしだってひなちゃんの事じゃなきゃ、あんたみたいな体力しかないバカで無神経な男に相談なんかするもんですか」
「話を聞いて欲しいのかバカにしたいのかどっちなんだ?」
「あ、ごめん。今日は喧嘩するつもりじゃないの」
「……解った、話せよ。ひな姉を一番にするとか言ってたな」
珍しく素直に謝罪した耀子の態度に、飛鳥も話を聞く姿勢を見せる。
「実はね、今度学内総力選抜試験ってのがあるらしいのよ」
耀子の話は、近々行われるという「学内総力選抜試験」についてだった。
曰く「学内で学年を問わず優秀な生徒10名を選抜するテストが行われる」
曰く「選抜された生徒10名は学校から表彰され、すばらしい特典が与えられる」
曰く「その特典はとにかく将来において非常に有利に働く物らしい」
「で?」
飛鳥は興味なさそうに一応返答を返す。
そんな試験がこの学園に存在するとは全く知らなかった。しかしそれが一体なんだというのだ?
飛鳥がこの大学に在籍しているのはひなせの為であり、今まで一緒に居た彼女と離れるのは考えられなかった為だ。ひなせが宇宙関連の仕事に就きたいという目標を持っているのであれば、その目標が飛鳥の目標なのだ。正確には宇宙関連の仕事を行うひなせのサポートが出来る場所に居る事なのだが。
耀子にしても飛鳥と同じような動機を抱えているはずなのである。仲が悪いとはいえ、短くない付き合いだ。耀子がひなせの事を一番に考えている事くらいは解る。
なのに何故こんな話を……あぁ、なるほど。一番にすると言うのはそう言う事か。
「つまりひな姉の就職が有利になるようにって事か?それなら協力するのもやぶさかではないが……ひな姉自身はどうなんだ?そう言う目立つというかショートカットみたいなのあんまり好きそうじゃないけど」
「そうね、ひなちゃんはきっと乗り気じゃないと思う。というか多分普通に参加はしても「いつも通りの実力出せれば充分だよー」とか言ってホントにいつも通りにして、しかもそれなりの順位に付いちゃうと思う」
「ならいいじゃないか。俺らがなんかする必要があるのか?」
「それがあるのよ。とても重要な必要性があるの」
「……ほう、聞かせて貰おうか」
「これはね、他の人、ひなちゃんにも内緒にしてよね」
「ひな姉にも?どういう事なんだ?」
飛鳥が言うのも何だが、世の中で信頼しているのはひなせくらいと言ってもいいほど耀子はひなせにはべったりなのだ。その耀子がひなせには秘密でわざわざ飛鳥に話を持ちかけるというのは、普段なら考えにくい。それほど重要な事があるらしい。
「協力するかどうかは話を聞いてからで良いわ。けれど秘密は守って。そうじゃなきゃ話さない」
「自分で話を持ちかけといて話さないと来たか。まぁ……お前のやる事だからな。それにひな姉の害になるような事もないだろうし……協力云々は聞いてみなきゃ解らんが、秘密くらいは守ってやる」
「そう、それは助かるわ。と言うか意外ね、もっと嫌がられるかと思ってた」
「嫌がってるよ。主にお前と協力関係になるような事はな。けどひな姉に関する事なら別だ。お前がひな姉を大事に想ってる事くらいは知ってる」
「……」
思っても見なかった飛鳥の発言に耀子は面食らう。が、すぐに気を取り直して話し始める。
「ま、まぁいいわ。じゃ話すけど、まず目的を言うわね。さっきも言ったけどひなちゃんを学内選抜で10番内にする事」
「まぁ……いいけど、その選抜ってのは本当にやるのか?そんなの聞いた事ねぇぞ。」
「とりあえず最後まで聞いて」
「……解った」
「そして10番以内にひなちゃんを送り込む事を目標にして、ひなちゃんの特訓を行うわ」
「はぁ……」
「実技・筆記試験対策は私がやるわ。フィジカル・サバイバル対策はあんたにお願いしたいの」
「ちょっとしたルートがあって、今回の試験内容は大体把握しているわ」
「そりゃすごい」
「対策内容自体は明日までに私が全部作る。あんたはその内容に沿ってひなちゃんに訓練を行って欲しいの」
「それで?」
「私達2人でひなちゃんを選抜試験までに鍛え上げるって事よ。まだしばらく試験の事は発表されない。これは大きなアドバンテージよ」
「いや何をやるかは解ったんだが……」
「目標と具体的内容、この二つを教えたのに理解できない?」
目標に対しての対策。それは理解した。飛鳥も同年代の学生に較べれば頭は良い方だ。火星への有人飛行が行われ、人類の移民が始まろうかというこの時代にあっても宇宙関連への就職は非常に狭き門なのだ。そんな狭き門への道しるべとなるこの大学自体かなりレベルが高い。
そして耀子は持病の為、運動系がからきしダメではあるが、ずば抜けて頭が良かった。恐らくその辺りの理由で特訓とやらの役割分担を言い出したのであろう。
しかし解らないのは何故そんな事をしなければならないかだ。
「どんなルートかは知らないが、まっとうなルートじゃないだろそれ。そりゃ内緒にしろって言うわな。そう言うのひな姉が一番嫌うからなぁ」
「そう……ね。多分知られたらあたしの事も嫌いになっちゃうだろうね」
「や、それはないだろうけど……で、それが解ってながらなんでそんな事するんだ?」
「それはね、試験内容と一緒に知った事なんだけど……」
飛鳥はその内容を聞いた。その上で答える。
「解った。協力しよう」