さいしょのさいご
「なに読んでるの、飛鳥?」
「んー、なんかSF?ってひな姉、どうしたのまだ時間じゃないよね?」
学園の中庭にある丁度よい木陰。
そこで「壊滅的損傷を受けた宇宙船から脱出しようとして全滅する」といういささか暗いSF小説を読んでいた寺内飛鳥は、講義に出ているはずの夏ひなせに声をかけられ、あわてて本を閉じた。
「先生が急用とかで途中で終わっちゃた」
「へぇラッキーだったね」
「ラッキーじゃないよ、この先生の講義って滅多にないんだから。楽しみにしてたのに」
「宇宙工学のえらい人だっけ?」
「そーそー、私達の業界じゃ神様みたいな人なんだから」
「そっか、そりゃ残念。だけど俺は待時間が少なくてやっぱラッキーかも」
「もー飛鳥ったら」
飛鳥とひなせは幼なじみ。幼い頃から一緒に育って、一緒の学校に通って、今も同じ大学に通っている。
1つ年上のひなせが、宇宙関係の仕事に就きたいという事で選んだこの孤島に存在する大学に、飛鳥も後を追うように入学したのが半年前。
昔から「誰にでも愛想良くて人を信用しすぎるひなせを守る為だから仕方がない」と理由をつけて同じ大学に進学したのだった。
全然仕方なくはないのだが、飛鳥的には正当にして絶対的な理由なので仕方がないのである。
「じゃあちょっと早いけど、先にお昼食べにいこっか」
「んー、まだ耀子ちゃん来て無いよ?」
「いやあんなの待つ必要ないって。さっさと来て無い方が悪い」
「あんなのって……私が早く来すぎちゃったんだから、耀子ちゃん悪くないよ?」
「いや、悪い。ひな姉がもう来てるのにここにいないんだから悪くたって仕方がないし、金輪際ひな姉に会えなくたって仕方がない」
「確かにひなちゃんを待たせるのはいけないわねぇ。そんな事する奴いるのかしら?」
「まったく全く……ん?げっ」
「あ、耀子ちゃん」
飛鳥が無茶な理論を振りかざしている後ろで、同意している長身の女性。
「たまには良い事言うじゃない。ひなちゃんを待たせるなんて外道のする事よね。全く全く同意するわ。ところで先月待ち合わせした時にひなちゃんを待たせたバカがいるって聞いたんだけど、その辺りについての見解をぜひとも聞かせて戴きたいわ」
「あ、いや、それは……って、なんでそれを……じゃなくて、お前まだ講義中だろ、なんでいるんだよ」
「窓からひなちゃん見えたから抜けてきただけですけど?それはともかく待たせるようなバカは金輪際ひなちゃんと会えなくても仕方がないのよねぇ」
まさかいるとは思っていなかった耀子が、しかも先月の失態を何故知っているのか。焦りつつもなんとか話題を変えようとする飛鳥。
それをこともなげに却下する耀子。
この飛鳥との仲が非常に悪そうなのは、2人と同じ高校だった日高耀子である。
飛鳥と同じく「可愛くて朗らかで誰にでも優しいひなちゃんを守る為だから仕方がない」と理由をつけて同じ大学に進学したのだった。
全然仕方なくはないのだが、耀子的には正当にして絶対的な理由なので仕方がないのである。
「もー、だめだよ耀子ちゃん。ちゃんと最後まで講義受けないとー」
「え、でもひなちゃんが……」
「ひなちゃんがじゃないでしょ、ちゃんと真面目にしないとだめだよ」
「うぅ、ごめんなさい」
「けけけ、怒られてやがる」
「飛鳥も。なんでそんなに耀子ちゃんに意地悪するかなぁ」
「え?いや、意地悪とかじゃなくて……」
「何時になったら仲良くしてくれるのかなぁ、ふたりとも……」
溜息をつくひなせに、こんな時だけぴったりと息を合わせて怒られ二人組が答える。
「たぶんならないんじゃないかなぁ」
「たぶんならないわよね」
うんうんとうなずく2人。
「ふたりとも?」
それはもの凄く晴渡る青空のような爽やかな笑顔。ただし目は笑っていない。
「マジすみません……」
「本当にごめんなさい……」
かようにひなせを中心に据えた、仲の良い/仲の悪い、3人組なのであった。