流想
フラッドと別れ、半年が経った。
味わった悪夢は幾度となく、増強し降り掛かり、第4遠征調査隊を苦しめ続ける。
長き遠征を経て、ベスターと調査隊の繋がりは、かつて無いほど大きなものとなっていた。
絶望に飲まれながらも進み、無為と思われた遠征の先に、遂に成果を見つけ出す。
自立浮遊し、言語を話し、幻像を作り出す機械。その機械はT3と名乗った。
その大きな成果にベスターは歓喜し、第4遠征調査隊は帰還することとなる。
そこに、悪魔は忍び寄っていた。
「……」
バチバチと鳴り続けていた焚火の音が、消え入る様に小さくなっていく。
燃やしつくされたテラ。このテラで忘れかけていた灯を眺め、妙な感傷を引き出され、考え込んでいたようだ。
「夢でも見てるんなら、覚ましとけ」
「あ、あぁ……」
「そろそろ、補給無しの行軍も限界が近い。成果を得ないとな」
ボーッと火を眺めていた俺の隣で、バーンウッドとレイルズが立ち上がり際に、俺に声を掛ける。
「……そうだな」
「何時になく暗い顔つきだな。悪い夢でも見たか」
「……少しな……」
ここに来るまで。色々あった。……思い返せば、重い記憶しか浮かんでこない。俺の心は、この死地に飲まれそうになっていた。
「思い悩むのはいいが、動く時は全てを忘れろ。思考で反応が遅れれば、命を落とす。いいな」
「……あぁ……」
レイルズのいつもの口癖だった。分かっていると憤ったこともあったが、素直に返事をした。
「夢の中ならいいが、現実は気長に待ってくれない。クソみたいな現実はな」
「……」
それからまた長い数日が過ぎる。夜に決まって遭遇する魔を退け、俺達は荒野を進んでいく。果てない地平線を彷徨いながら。
そして気の遠くなる時に身を流し続け、帝国を離れ半年が過ぎていた。見飽きた光景。その歪んでいた何もない光景に、突如、変化が現れた。
塵と砂の大地、その地平線の先に、何かが見える。
それは、この荒野において、異質なほど大きな、影だった。
朽ちた廃材であれば珍しいものではなかった。しかしそれは、廃材と呼ぶには、あまりにも大きかった。
「隊長、あれは……」
「こんな希望もクソも何もない、変化の見えない荒野で、絶景って奴をホントに見る事になるとはな。気を抜くなよ?」
「了解。ようやく本番か」
前を歩いていたバーンウッドとレイルズの陰から、ベスターはそれを見る。ベスターは、幻を見ているかのように目を凝らす。
「あれは……あぁ……!」
駆け出してしまいそうになる衝動をベスターは必死に堪える。その気力は満ち溢れていただろう。だが、それはこの荒野で自殺行為だと。散々に教わっていた。
その異質な影へと、警戒を行いながらも第4遠征部隊は接近していく。
その影に近付くにつれ、視界にははっきりと影の正体が映り、それが巨大な、朽ちた飛空艇であることが分かる。
「デカイな……隊長、入り口を探しましょう。こいつは骨が折れそうだ」
「ああ。鬼が出るか蛇が出るか。酒が出てくれれば最高なんだがな」
「酒なんかで、満足できるか」
ベスターの声に、二人は振り返る。
「探そう。バーンウッド、レイルズ」
その時、バーンウッドとレイルズは、初めてベスターが名前を呼び、笑みを浮かべるのを目撃する。
「ふっ、偉そうになったな。ベスター」
「出世は近いからな」
人が変わったような前向きな発言に、バーンウッドとレイルズは含み笑いを浮かべた。
第4遠征部隊は、其々離れすぎないようコンタクトを取り合いながら、その巨大な異物の探索を始めた。
入り口と思わしき扉は朽ちており、錆びついていることもあり、並みの力を入れても開く様子はない。恐らく、その扉の奥を調べるのならば扉を開かせる策か、或いは強力な力の行使が必要となり、四苦八苦することだろう。
「……ん?」
扉に相対している隊員の脇で、ベスターが砂に埋もれる何かを見つける。
ベスターは近寄り砂を払い、球体状の何かを砂から這い出させる。それは金属の塊であった、その正面であるだろう、大きな目のようなレンズがベスターの姿を映している。
(これは……機械か……?)
ベスターが何かをいじくりまわしていると。突如その機械のレンズに映ったベスターの姿が揺らいだ。ベスターを映していたレンズが左右上下に動き始める。
「?!」
「認証、完了」
呆気にとられているベスターをよそに、球体はピーピョロロロ。と言った音を立て、目のようなレンズ部を動かしベスターを眺めていく。
「壊れていなかったのか……?!いや……こいつ……今……喋った……のか……?」
ベスターの動きに合わせ、レンズが絞りを動かすように細まる。球体は砂から浮かび上がると、何かに引っ掛かった風船のように、宙で揺れながら留まった。
「うっ、うぉおっ?!」
ベスターは咄嗟に後ずさりながら剣を構える。切っ先を向けられながらも、球体は動じることなく、ベスターを眺め細く小さい手の様なものを掲げる。
「ご機嫌麗しく、マスター。本日のご予定は?」
「はっ?……マスター……?」
ベスターは戸惑い終着の訪れない思考の中、頭をぶんぶんぶんっと震わせる。
「いやっ、お前はなんだ!?」
錯乱しているのか、語彙力の乏しい問いに球体は疑問も浮かべず返答する。
「形式番号、ティー・スリー・シー・エィチ・エヌ・ゼロ。変わった言語をお使いになるようで、マスター」
「ティー、スリー……?」
聞き慣れない言葉を聞き、ベスターはそれが名前なのかとなんとか認識し、全て覚えきることも出来るはずなく、呆気にとられ続けていた。
「違う違うッ! そうじゃなくてだ! なぜお前は話せて、浮いている!」
ようやくまとまり出した思考の中、ベスターは己の一番の疑問を適切な形で問いにすることができた。
「口頭での指示で差しつかえありませんが、詳細な機能は、マニュアルを参照してください」
「マニュアルだと……?」
しかし、そのマニュアルはほとんどが穴抜けの様にぼやけてしまっており、ほとんどの説明が繋がっていなかった。
「全く分からないが……。というよりこれ、どうやって出してるんだ……?」
「! こいつ……もしかして……!」
ベスターはようやく凄い技術なのではないか。と気が付き、このテクノロジーを納品すれば、任務を達成できるのでは無いかと結論に辿り着く。
「おい! お前……T3! そこを動くな、いいな!」
「了解しました、マスター」
ベスターはその場を駆け出し、爆薬を使用し、扉を遂に開かせていたバーンウッドとレイルズの元へ駆け寄って行く。
「おい! レイルズ! バーンウッド! こっちだ来てくれ! とんでもないものを発見したかもしれない!」
「ふぅー。ん、せっかく開いたってのに、いったい何がどうしたって言うんだ?」
「残りの爆薬を使って扉を……何を見つけたって? ベスター」
焦りの色を浮かべるベスターを見て、二人はただならない予感を感じながらも、冷静にベスターへと振り返り問う。
「宙に浮かび、言葉を話す物体だ!」
「こりゃ、随分疲れてるな」
焦っていた割には的確な説明ができていたかもしれない。しかし、的確すぎていて現実味を帯びていないためか、バーンウッドは舞い上がっていたベスターの正気が薄れたのかと、心配する。とは言え確認だけでもするため、バーンウッドとレイルズは急かすベスターへとついて行く。そして、その先の光景に、二人は眼を見張ることとなる。
「こいつだ!見てくれ!」
「お早いお帰りで、マスター」
呆気にとられているバーンウッドとレイルズをT3は眺めながら、ピーピョロロロ。とスキャニングをしていく。
「どうやら疲れてるみたいだ。目の前に饅頭みたいなのが浮かんでるように見える」
「浮いてるんだよ……! しかも、こいつは……自ら名乗ったんだ! ……そうだろう、T3」
「名乗った?つぶあんって?」
「そんな名前なわけないだろう……」
驚きながらもペースを乱さないバーンウッドに、ベスターは元気を取り戻したのか、呆れる余裕すら見せている。その脇で、レイルズはT3を囲む様に動き、調査を行っていく。
「こいつは……嘘だろ、自立してるのか? しかも、この躯体で浮いてやがる」
「そうだ。おい……こんな技術、あるはずないだろう?……「こいつを持ち帰れば、任務は果たせるだろう……?!」
「……あ? ああ。こいつをな」
ベスターの剣幕にやや押され、バーンウッドは顎に手を当てT3をしげしげと眺める。
「んー……。そうだな……。こんな珍しい饅頭なんて土産にすれば、インテリ共も満足するかもしれんな」
「……そうか、お前もそう思うか……は、はは……」
機械や技術に疎い、古い体質なバーンウッドが認めれば間違いない。ベスターは歓喜に身を震わせ、自然に笑いがこみ上げる。
「それに大荷物にはならなさそうだ!」
「それじゃあ、飛行船の探索は止めておきますか?」
「あぁ、早く帰ろう。……俺には、待たせている奴がいる……」
「おいおい、あんまり浮かれるなよ? 帰るまでが仕事だからな」
「あぁ、ここまできたんだ。帰るくらい、訳ないさ」
目に見えて口数が増え、油断にも見える楽観的な言葉を口にするベスターを見て、バーンウッドは一つため息を付きながら、レイルズに振り返る。
「というわけだ、レイルズ。出来れば早く帰りたいのは、誰もが同じだからな」
「了解。埃っぽい場所に入らずに済んでラッキーだ」
レイルズも同意し、第4遠征調査隊は帰還に向けて動き始める。
「俺について来い、T3!」
「了解です、マスター」
T3は律儀に動くなという命令を今まで実行しており、座標のロックを解除し、ベスターをターゲットしベスターの後方に浮かぶ。
「ほらな? これなら文句も出てこないだろう」
「あぁ、行こう」
その時。後方に開きかけていた扉が、激しい衝撃音と共に宙に浮き、上空を舞い、遠征隊員達に影を作る。
その影の中を、素早く動く影が、通り過ぎる。
「BEEP! BEEP!」
「?」
「……」
「ベスター!」
その声は聞き慣れていた。何かあった時はレイルズがまず叫んでいたのを思い出す。
何かが通ったと思った時、既にベスターの視界は一気に反転していた。地面に体を打ちつけた後に、突き飛ばされていたことに気が付く。
「?!」
「ガアアアッ! ッ……!」
「……」
ベスターは遠のきそうになる意識の中、なんとか立ち上がる。
カシュッギュルルルルルル……ギュィィィィィイイイインッ!!
耳を劈く轟音の音に振り返れば、そこには、漆黒の棘の様に真っ直ぐ垂らした長髪から覗く、嘲笑っているか様で焦点の合っていない、ぞっとする表情を浮かべた無口な化け物が映る。轟音の正体は、その化け物の腕の先にある、長く鋭い枝分かれした爪のような物が、目で捉えきれないほどの高速回転を行っていた。
「レイルズ! ちっ……!」
「……! レッ……レイルズッ!」
化け物の駆動音に混じり、声が聞こえた。苦痛を示す声。ベスターはバーンウッドの声で思い出した様に振り返る。
庇うように飛び出したレイルズが、ベスターを突き飛ばし、血を流していた。
「あ、脚をやられただけだ……! は、走れ! それを持っていけ!」
突き飛ばされたベスターに巻き込まれ転がっていたT3を、レイルズは掴み、ベスターへと投げつける。ベスターがT3を受け取り、レイルズの血が流れている場所に視線を向けると、彼の片膝から下が、見当たらない。
「あれじゃダメだな……。俺が抑える。先に行け、ベスター!」
バーンウッドはガンを構え、化け物目掛け発泡し、少しずつ下がりながらガンを放ち、陽動すると共に動きを止めようとする。
「ふ……フザケロッ!!」
「おい、ベスター!」
ベスターはバーンウッドの静止を無視し、レイルズのもとに駆け寄り、長剣を引き抜き、化物目掛け水平に凪ぎ、斬りつける。
「ガッ……!」
化物へとぶち当たった長剣が、激しい金属音を上げ、弾かれる。その反動により長剣は、ベスターの手を離れ、地に落ちる。
「……」
「……! くそ……ッ!」
まるで動じていない化け物が、ゆっくりとベスターへと振り返る。ベスターは心臓を鷲掴みされる様な恐怖を覚えるも、崩れこんでいたレイルズを片腕で抱え、背後に浮遊し直していたT3へと片腕を伸ばす。
「飛べッ! T3!」
「浮上します、マスター」
ベスターがT3を掴み命令を行うと、ベスターの体を難なく持ち上げていく。
高速回転する化け物の鋭い爪が、レイルズへと触れるかと思われた刹那、レイルズを抱えるベスター、そして掴んだT3が後方へと浮上し、その爪から退かせる。
咄嗟の命令を退去と判断したのか、T3はベスターとレイルズを宙に連れ去り、開かれた飛空艇内部目指し移動していく。
「……」
「なっ……!? どこに行ってんだ! クソッ!」
ベスターとT3により連れ去られるレイルズ。それを標的にしていた化物が、宙に浮かび去って行くその標的へと顔を向け、大きな口を開かせる。
刹那、口内から発射された無数の弾丸がガトリングの如く銃声を打ち鳴らし、宙に浮くレイルズの身体を背後から貫く。
「フッ……ガハッ……!」
「こいつ! ぐッ……なんて重量してやがる……ッ!」
乱射し始める化け物を見たバーンウッドは、弾の切れた銃を装填する時間を省き、化け物に体当たりを仕掛け時間を稼ごうとする。しかし巨体を有するバーンウッドの強烈な体当たりすらも、化け物は動じていないかの様に、やや傾いただけで揺らりと体を戻す。
「……」
「くっ……ぐおぉおっ!!」
バーンウッドへと向きを変えた化物が両腕でバーンウッドを掴み、拘束したままその体を物ともせず持ち上げる。
刹那、化け物の腕から発生した突風が吹きつけ、バーンウッドの身体をいともたやすく宙に吹き飛ばす。
吹き飛ばされたバーンウッドが加速していく。その先には、宙を浮遊し移動していた、レイルズ、ベスター、T3が居た。合流したバーンウッドが宙で激しく衝突し、3つの身体を加速させ巻き込んでいく。
「ぐぁぁあっ!?」
飛空艇内部へと吹き飛んでいく塊が、飛空艇内部の通路を突き抜けていき、壁へとぶち当たる。
息の止まるほどの衝撃を受け、隊員は飛空艇の床に崩れ落ちる。
「カハッ……」
「レ……レイルズ……!?」
脳が振るえ、視界が揺らいだ。俺が顔を上げ目にしたその先には。……見たことがない程に風穴が開き、大量の血液を流している……レイルズの姿があった。
「な……」
「ハーッ……ハーッ……なんて、顔してやがる……ベスター」
「なんで……」
「これじゃ、止血なんてしてられないな……」
虚ろな目をして、呑気なことを言うあいつの視点は、明らかに定まっていなかった。そんな状態になりながらも、奴は……。
「なんで俺なんかを……庇ったんだ……! バカヤロウ!!!」
「クッ……。クソったれめ……!」
俺は、必死でレイルズの傷口を抑えながら、ヤツに憤りをぶつけた。奴は今にも瞑ってしまいそうな目を、わざとらしく片目を上げて見せ、力なく笑う。
「最初に見た時から……危なっかしい、からな……お前は……」
「俺はそんなことッ望んじゃいなかったんだッ!!」
「ベスター……お前……ここに、配属された時……言ったはずだよな。
仲間だろうと、斬るって」
「……」
確かに言った……。だが……。
「俺は……もう、斬り捨てろ。この状態じゃもう、邪魔になるだけだ……」
「ばかなッ! ……ッ!」
俺はその時、ようやく分かったんだ。
レイルズのしたように、守らなければ。……守りたいと思う気持ち……、そして……。
今まで分からなかった。守られる側の気持ちを……。
「妹を、待たせている家族を……悲しませるな。生きろ! ベスター!」
レイルズは、血塗れの手を、自らが首から下げた何かに伸ばすと、それを力任せに引きちぎる。そして、握りしめたそれを、ベスターへと押し付け、そのままベスターを押し退ける。
「……だめだ……お前、お前ッ何もわかっちゃいないんだ……ッ!
俺と、同じだッ! だから、だからっ! 死ぬなッ! レイルズッ!」
「気づくのが、遅いんだよ……隊長!」
俺は背後からバーンウッドに肩を掴まれ、力づくで引き戻される。
「ベスター!おい、ベスター! お前、生き残るんだろ!? だったら、今は自分が生き残る事だけを考えろ! ……レイルズの思いを無駄にするな!」
「俺は……ッ! 俺はッ!!」
レイルズの行け。と強い意志のこもった笑みを前に。俺はどうして良いかわからなくなり、押し付けられた何かを受けとったまま、動揺し続けその場から動けなくなる。
「……」
「行くぞ、ベスター!」
ギュルルル、と化け物の爪の回転する音が遠くに聞こえた。時間が無いと言う様に、バーンウッドは俺を引きずりレイルズから離れようとする。俺は、納得のしきれない思いのまま、身動きも取れず、バーンウッドに引きずられ連れて行かれた。
「行ったか……冥土の検問所で……引っかかると、良くないからな……それは……置いていくぜ」
「……」
化物がわざとらしく足音を鳴らしながら、飛空艇の中へと入る。駆動音を響かせ、今から切り刻むと言わんばかりに獲物を見せつける。
レイルズはそれを不敵な笑みを浮かべながら見つめる。その手元には、扉を壊す際に余らせていた爆薬。その全てを起爆させるための、リモコン式のスイッチが握られていた。
最期の力、意識が途切れそうな中、僅かな余力でそれを握りしめる。すると、一瞬の内に、爆炎が二つの影を飲み込み、影を掻き消したように見えた
「レイルズ……!」
「あっ……うぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああっ!!!」
爆炎にかき消される瞬間の光景を、俺は一生忘れることができないだろう。
その時俺は気付かされた。大切な者を失う、苦しみを……。
「……」
「ベスター……!」
「ッ!」
バーンウッドが俺の頬を力強くビンタする。倒れそうになるほどの衝撃に、呆然としていた俺の意識は引き戻された。
「お前、ここまで来て死にたいなんて言うなよ?」
「……! ぐっ……」
気付いてしまった以上、俺は死ぬ訳にはいかないことを、再認識させられる。
「お互いクソみたいな世界に生まれたな。だが、諦めるな」
「さあ、走れ! わかったな!」
「……あぁ……ッ!」
「……」
「!? ……あいつ……まだ生きているのか……ッ!」
「気にするな、ベスター! きっと生き残れる! だから、勝手な事はするなよ!?」
一瞬、レイルズの……。そんな思考を見透かす様に、バーンウッドが静止し、早く逃げろと促す。
俺は従い走り出した。だが、すぐに違和感に気が付いた。バーンウッドがいない。あいつは、今まで走っていた方向と真逆の方向に走り出していた。
「振り返らず行け! 少しくらい、団長だか隊長だかの威厳を認めろよ!」
「なッ!?」
通路の入口まで迫っていた化け物へと、バーンウッドは落ちていた瓦礫を掴み振り上げ、叫びを上げながら向かっていく。足止めをする気だとすぐに理解したが、俺は振り返り叫ばずにはいられなかった。
「おい! 止めろッ! 死ぬぞバーンウッド!!」
「……前に盾だとかなんだか話した気がするが、まさか自分からそうなりに行くなんてな。クソみたいな頭になっちまったもんだ」
あいつは、そのまま独り言を呟きながら、化け物の猛攻にへこんでいく、瓦礫ごしの衝撃を浴びながら、また、行け。と、笑みを浮かべ、俺に無言の意志を伝える。
刹那、バーンウッドの抑えていた瓦礫の隙間から、滑らかなカーブを描き、伸長した鋭い爪が現れ、……バーンウッドの体を……貫いた。
「ッ!? ……ゴフッ……、ウォォオオオオオオオッ!!!」
見たこともない量の吐血をしながら、バーンウッドは瓦礫ごと押さえていた化け物を押し返し、通路の奥へと消えていく。暫く通路の奥で金属のぶつかりあう音が聞こえた。だが、それは直ぐに止んだ。そして……真っ赤な鮮血に染まった化け物が、通路の奥から、揺らりと姿を現した……。
「バ……バーンウッドォオオオッッ!!」
悲しみに暮れる間等なく、その化物は俺へと近付いてきた。
俺はその時、且つてない程の恐怖を思い知らされた。
死の恐怖……それもあっただろう。だがそれ以上に……俺のために死んでいった奴の思い。……そして、俺を待つ者の想いを。全てを失い……裏切ってしまうことが……。
たまらなく……恐ろしかった……。
「うぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああっっ!!!」
俺は一心不乱に走った。得体の知れない飛空艇内部、道など知る由もなかった。……俺を突き動かしたのは恐怖心。ただそれだけだった。
やがて飛空艇内部の行き止まりに辿り着き、逃げる道の先を失ってしまう。
「ッ!!」
背後を振り返れば、そこには戻る道を塞ぐ化物の足音が響き近付いてる。
「逃げ場は……ッ! 逃げ場はないのかよッ!!」
「……」
「マスター、次はどのように致しましょうか」
「どのようにだとッ?! よくもそんな悠長な口が開けるなッ!!」
張り詰めきった俺の心境を、呑気なT3の声に逆撫でされ、俺はそんな場合ではないと理解しているにも関わらず、怒鳴り散らした。
「失礼ながら、マスター。私に”口"に相当する器官はありません。あるのであればそれは――」
「黙っていろッ!」
「……」
「黙っていろ。了解しました」
プツン、と音声が途切れる音がし、T3はそれから音を発しなくなる。
「ッ――――」
無数に並べられた巨大タンク。俺はその影の一つに身を隠していた。
悪魔の近付く音が、死神の鎌の回転する音が。俺の精神を極限状態へと追い詰め、狂わせていった。
「……」
ギィイイイイイイイッチュィイイイイン!! ゴトッ。
「ッ!!」
化物の一閃に、俺の目の前にあった金属製であっただろう、巨大なタンクが、一瞬にして視界から切り開かれた。
悪魔の横顔に、俺は心臓の鼓動を停止させられた。
悪魔の顔が。ゆっくりと俺に、振り返る……。
「……」
「……ハッ……ハ……」
「……」
呼吸も行えなくなった俺に、悪魔がその腕をゆらりと振り上げ、俺は咄嗟に腕で顔を覆った。
俺にとって、とても気に入らない模様が宙に舞い、視界を覆う。
それを象った者のとても好んだ。真っ赤な鮮血と共に。
「は……? ぁあ……」
俺はその時何が起きたか理解できてはいなかった。切り開かれた視界の先で、化物の顔が揺らめいている。
分かることは、悪魔は、まだ爪を振り上げている事だった。
「……」
「うっ! うぁぁぁあああああっ!!」
俺は死を悟り、それを本能が拒んだのか、考えもつかぬ方向へと飛び込み、床を転がろうとする。
「ッ?! ガッ……」
おかしかった。飛び込んだ床を転がることができず、俺の頭部は地にぶち当たった。
揺れる頭を支える為、手を添えようとした時、俺は初めて……。片腕を失っていたことに気が付いた。
「うっ! うわぁあああああっッ!?」
「……Pi───出血量──ml、マスターの生命反応低下。計算、計算───生命反応停止まで予測──秒。
生命反応、既定値を低下を確認─zi─zizi──マスターの生命保護を優先。再優先事項を変更」
「がッ、ガァアアアアアアッ!!」
押し寄せる痛み、そして、腕を失ったという、あまりにも大きすぎた衝撃。……そして、潜在していた、生き残れないかもしれないという意識。恐怖が、俺の心を支で増幅し、支配し始めた。
何が起きている 逃げ場はもうないッ! 俺も殺される
俺はどうなった 痛い!痛いッ!! これは夢か、
どうして、どうして 逃げないと・・・ 腕を失った
無数の意識が錯乱し、俺の脳内を交差していく。俺はただ……叫ぶことしかできなかった……。
「……」
「実行可能な機能を検索――ERROR、ERROR、ERROR、ERROR、ERROR。
実行可能な機能、検索を完了。現在実行可能な機能――時空移送。実行をしますか、マスター」「ァァァァァァァァ˝ァ˝ァ˝!!」
「マスターの生命反応、既定値を低下。正常な応否の確認、不可と判断。マスターの生命保護を優先、強制実行。
エネルギー残量、――%。物質変換式ジェネレーター、ERROR。生命保護を優先、強制実行」
「周囲の変換可能な物質を検索――検索完了。変換開始――エネルギー充填完了まで残り――秒。 ERROR――強制実行。ERROR――強制実行。ERROR――強制実行。ERROR――強制実行」
「……」
「ERROR――実行不可。現在のエネルギー残量を計算――エネルギー残量――%を確認。
現状可能な時間移送距離、最小値に設定。時空移送、目標設定。
目標の粒子変換、開始します」
何が起きていたかは定かではない。叫びをあげた。そしたら、周囲の風景がまるで光の粒になったかのように消えていく。
消えていったかと思えば、気が付けば、いや、気が付いていなかったかも知れない。その時はそんな余裕もなかったかも知れない。自らの身体が、肉体が、光となって消えていく。
不思議と痛みはなかった。むしろ、痛みが引いていくような気がしたかも知れない。ただハッキリと分かるのは、最後に声が聞こえ、そのまま意識が暗く閉ざされたことだけだろう。
「再形成は――年後です。人類史の叡智の終点。時空旅行をお楽しみください。マスター」
俺の意識はそこで、途切れた。
第3話:流想〜Fin〜
此処から異世界物となります!人を選びますのできれいにここで終わっても良いかもしれません!構想は完成しきっていませんが、いくつかは定まっておりますので、話の続きに興味がある方は是非お楽しみにしてください!