品格
相席を求めてきた貴族は、本来こんな所に居る筈も無い、今話題の人の一人だった。接点が今の今迄一度だって無かった人が、何だって私に用があるのだろうか。やっぱり、流行の関係だろうか。
「君が良く此処に来ていると聞いてね、申し訳ないとは思ったんだが待たせて貰ったんだ」
「左様でございましたか」
貴族である彼ならば、こんな面倒をせず呼べば良いのだ。それをせず、敢えて目立つ方法を取ったと言う事は、私を不利にしたかったのだと誰でも勘繰る事が出来る。けれど、その方法は賢い選択ではない、と言えよう。彼が意図的か否かは分からないが、もし意図的ならばザザ商会の敵ではない。
「今、私や他にも噂になっている人がいて、それを聞いたことがあると思う。そんな私から言う事だから、大体の察しはついていると思うが、実はある女性に贈りたい物があるんだ。だが、どうしても手に入れられなくてね。君の家なら…否、君ならば容易く手に入れられるのではと思っているんだ。協力して貰えないだろうか」
「…我が商会への依頼では無く、私へ直接という事は、私が持っている物でしょうか」
「そうだね、正確には君の力かな。依頼して貰いたいんだ、君の為ならご家族は何より優先して動くだろう?アティ氏の髪飾りが良い例だ」
アティ作った髪飾りは、私が欲しくてお願いした訳では無い。姉が義兄に相談した結果だ。だが、目の前の彼には、知らぬそんな事実はどうでも良いのだ。私が強請り、手に入れたのだと思っているのだろう。成る程。実際、私がお願いする事を、家族は優先的に叶えてくれるだろう。私だって言われれば、出来る限り叶える努力をする。その力が一番無い私に、家族はあまり願わないが。
「…何がご入用でしょう」
「話が早くて助かるよ。欲しいのは彼女に似合うジュエリー一式だ。ペンダント、イヤリング、後は指輪。デザインはアティ氏に、金額は幾ら掛かっても構わない。半年以内に全て揃えて貰いたい」
「…先ず、単刀直入に言わせて頂きますが、不可能です」
「何?」
「ご存知かと思いますが、アティ氏は今、少なくとも数年待ちせねば予約すら叶わない状況です。私の髪飾りは、姉が三年程前に予約し、ある程度デザインを決めていた上で、今回の式典に間に合わせる事が出来たのです。決して我が家だから贔屓して貰い、順番を抜かして手にした訳では無いのです。こればかりは証拠も無いので信じて頂くしかありませんが、信頼関係を無くす真似は、我が家の信念から外れますので絶対に致しません、と申し上げておきます」
彼は取引の場を此処に選んだ。私と彼は今、貴族と町人ではない。客と商人である。取引は、押し負けたら不利となる。そして、こんな自分でも、今迄沢山の取引を見てきたのだ、出来るだけの事はしなければ、ザザ商会の名にに傷が付く。沢山の人の目や耳がある、この場で負けるわけにはいかない。それは彼と同じだろうが、そもそも無謀を言っているのは彼である。やはり、彼がザザ商会の客として、賢い選択をしていなかった。
「気分を害される様回答して申し訳ありませんが、そもそも流行は有りますが、身に着ける物の殆どが、各々拘りや好みがございます。似合うからと言っても、それを身に着ける方が好きでなければ勿体ないのではありませんか?その辺りのリサーチは完璧でございますか?」
「それは…」
「アティ氏以外でも、デザイナーを通す場合色々と確認が入ります。ご自身でも経験されていらっしゃると思いますが、どんな肌のお色で、髪色で瞳の色で、どんな雰囲気の方なのか。華奢なのか体格が良いのか。普段どの様に過ごされているのか、そもそも好みはどんな物なのか等、その場にご本人が居れば聞けますが、居ない場合は特に、根掘り葉掘り聞かれます。職人も作り上げる以上、気に入って頂きたいので、こんな事も聞かれるのかと思う程に。そのご準備は出来ておりますか?」
「……」
商談中、無駄とも思える世間話をしたり、相手の自慢話を聞くのは、その人の事を知る為に必要不可欠である。本人ならば反応が直に帰って来るからまだやり易いが、居ない人間となるとそれ以上に大変であり面倒なのだ。
「…どうやら私は無謀なお願いをするところだった様だ」
「此方こそ偉そうに申し訳ございませんでした。今言ってきた事がしっかりされていたとしても、ご希望を叶えて差し上げる事が出来なかったのは事実でございます。代わりと言っては何ですが、このお店の向かいに在る花屋で花束をご用意させて頂きます。如何でしょうか?」
「花束…」
「はい。花であれば、お選びになる方の気持ちとして渡すのにもってこいだと思います」
プレゼントとして、そもそも苦手であれば別だが、長く保たないのがマイナス面であって、それ以外はメリットしかない。色、種類によって込められた想いを乗せられる。他にも、万が一気に入らない場合、直ぐ破棄できる。
「アドバイスをくれる、と?」
「勿論でございます。差し上げる方が私の考えているお人であれば、似合うお色や形に合わせ、想いを乗せたものご用意出来ると思います」
「…そうか、ならばそれをお願いしよう。無理を言ってすまなかった」
「いいえ、とんでもございません。此方こそお待ち頂いたにも関わらず、失礼を致しました」
「いや、気にしないでくれ」
周りの目も気になるのか、彼はそのまま店を出ようと私に手を差し出した。エスコートしてくれる様だ、流石貴族様。ここで取らないのは流石に失礼を重ねるだけ、相手に恥を重ねさせるだけ。その行為は賢くない。私は彼に伴って店を出た。余談だが、会計は、彼がしてくれた。
◇
「…一つ、尋ねたいんだが」
花束が完成し、思い通り、彼も花屋も満足の行く物が出来た。それを手にした彼が、ふと私に向かってそう告げた。
「はい?」
私は首を傾げた。花は満足したと言ったのに、一体何だと言うのか、と。
「君は、過去をやり直したいと思った事があるかい」
「過去、ですか。それでしたら、勿論」
「それは…」
「?何か、ございましたか?」
「え、あ、いや…続けてくれ」
「はぁ。まぁ、幼い頃から家族には沢山迷惑を掛けてきましたから、もし過去をやり直せるのであれば、もう少しまともになるかと思います」
「幼い頃…」
「はい」
過去、と言われたら自分の昔しかない。此処に来る前、今、この瞬間より前は全て過去だ。それとも、人擬きの私が知らないだけで、他にも過去と言われる括りが存在するのだろうか。やり直したいと思う過去は、自分の昔ではないのだろうか。駄目だったのか、間違えたのか。だとしても、ザザの客ではない、他人である彼とはもう会う機会も殆ど無いだろうし、私は困らない。勉強だった、とするだけだ。
「…そうか、すまない。変な事を聞いた」
「いえ、重ね重ねご期待に添えず…」
「いや違う、そうでは無いんだ。今の質問については忘れてくれ」
「畏まりました」
満足の行く答えではなかった様だが、納得はした様だ。良かった、私は間違っていなかった。しかし、過去、か。もしこのままの状態で過去をやり直せるのであれば、人擬きはもっと人と成れるだろうか。私では、無理な気がする。精々、今の様な心配を掛けない程度で終わりそうな気がする。
「それより、コレ、有り難う。正直、花かと思っていたんだが、手にしてみると良い物だと思うよ」
「ありがとうございます。そう言って頂けたなら、我々も提案した甲斐があると言うものです。ただ生物ですので、早くお渡ししなければなりませんが…」
「大丈夫だ、これから逢いに行くつもりだから」
「左様ですか」
「……末様」
「?」
掛けられた声に振り返れば、店の主人だった。末様とは、商会の人間達が呼ぶ、私の呼び名である。そんな彼女の手に、紫色の花木が握られていた。愛らしくラッピングされて。
「その花を見た時、君の様だと思ったんだ。だから、君へ今回のお礼に」
「あ…左様でしたか。では、有り難く頂戴します」
「ああ」
彼は、ではとその場を離れていった。恐らく近くに控えていた人達がいる筈で、合流するつもりなのだろう。それにしても、何とも不思議な人であったと思う。最初は、理不尽に高圧的にくるのかと思ったが、そうではなかった。ジニー達が嫌いだと言っていたから、きっと中々な性格なのだろうが。しかし、この足でジンジー家に行くと言うのも、非常識ではないのか。あぁ、成る程、そういうところが中々、なのか。納得した。
「末様」
「?」
「コレ、如何致します?」
「頂いて行くわ、折角だもの」
「では」
ラッピングされたこの花木の名前は知らない。だが、とても香りの強い花だった。この国には珍しい、変わった花だ。
「新しく仕入れたの?」
「先様がお庭に植えたいと苗を購入した時に、少しだけ先方から間引いた物を頂いたので、試しにと」
「成る程。白いのもあるのね」
「はい、手にしたのはこの二種のみですね」
「売れ行きはどう?」
「珍しいので、正直手は伸びておりません」
「そう…ならやっぱり持って行くわ」
「ありがとうございます」
店主が言う先様とは祖母の事。その祖母が仕入れた珍しい花が、売れ行きが良くないという中、偶然私へとされたプレゼント。その事実に商会の人間である店主が、何を言いたいのかなど直ぐに分かる。私も、商会の人間である。売れるに越したことはない。
「白も貰える?」
「勿論です、合わせますか?」
「いいえ、其々で」
「畏まりました、少々お待ち下さい」
「因みに時期は?」
「そう言えば、先様の苗は蕾でしたね。此処に有るのは全て、温暖な地域で育った物と聞いております」
「そう、分かったわ」
後で祖母に確認しなくては。祖父母は隣町で、自由気ままに暮らしている。よく旅に出かけ、あまり家に居ないかと思いきや、急に戻って来て、我が家や親戚を集めパーティを開いたりと、本当に自由気ままに暮らしている。その旅先で珍しい物を見つけて来ては、そのパーティでお披露目するのが一連の流れだったりするわけだが、花のことは知らなかった。祖母が目に留めた、と言うことは、それなりに良いものだと思ったのだろう。にも関わらず、大っぴらにしなかったのは何か考えがあるのか。それとも、まだ時期じゃなかったのか。どちらにせよ、祖母に聞けば分かる事。私の成人の祝いをする為に、旅行には当分行かないと言い、家に居る筈だから。そう言えば、祖父母から貰った珍しい紙のレターセットが有った。それに伺う旨を書いて、送ろう。
「お待たせ致しました」
そうこうしている内に、店主が白い方もラッピングして持ってきた。
「有り難う」
「お気を付けてお帰り下さいませ。それとも足を呼びますか?」
「いいえ、大丈夫。今日はありがとう」
「此方こそ、有り難う御座いました」
受け取った花を手に、私は店を出た。帰ったら母に渡そう。匂いや見た目が嫌いだったら捨てれば良い。そもそも、もしかしたら母は、この花について知っているかもしれない。そして売る方法を見つけてくれるかもしれない。それなら、母に任せた方が良いだろう。今日の報告も、父か兄にしなければならない。少なくとも、商売の話をしたのだから。
ザザ商会の人間として、正解を知っておかねばならない事は多い。そして、それに満たっていないのが自分という存在なのである。人としても、商会の人間としても、まだまだ足りない。きっと、生きて行く内はずっと模索しなければいけないのだろう。そもそも、人になれる日は来るのだろうか。生きる事に意義を持てる日が、来るのだろうか。早く、何も考えなくて済むようになりたいと、思った。