明日への期待
成人の式典当日、私は着飾った人形になっていた。アティのジュエリーも出来上がり、私の髪に着いている。他にも、普段絶対に身に付けないドレスや靴、小物類が私を覆っている。全て姉が選んだ、一流の物。貴族が着ても何ら問題の無い、これから貴族の間で流行するであろう物達。そう、私は教会ではなく、王城へ向かう。本来商家の人間は貴族では無い為教会で祝われるのだが、我が家は大商家であり、祖母、母と貴族出身の身内も居る。我が家の様な下手に影響力の有る商家が教会へ行くと、その教会との繋がりを疑われる上、教会自身も探られたくない腹を疑われなければいけなくなるのだ。誰もそんなお互いにマイナスになる事は避けたいわけで、その結果私も例外無く王城で貴族と共に祝われる事になっている。因みに、貴族と渡り合う為、礼儀作法も子供の頃から学んでいる。商談含め、こういった行事も有るからこそ、だ。
馬車に揺られ、着いた王城。私をエスコートするのは父である。こういった式典で貴族は、令嬢は父親や成人した男の親族、婚約者や同じく成人する男の友人、知人がエスコート役となる。居なければ一人でも構わないが、周りからはどうしても白い目で見られてしまう。その為、執事や金で雇った人間等を伴う場合も少なくない。子息は基本一人、ないしは婚約者を伴う。そういった点では、男が気楽だ。その父と共に、門を潜る。他にも同じ様にエスコートされた令嬢や、談笑する子息が目に入る中、真っすぐホールへと向かう。道中、視線を感じる。我々を知らない子は多いが、大人は父を知っている事が多い。父を知る人達は、連れている私を娘と認識し、そう言う視線を向けてくるのだ。
「…緊張しているか?」
「いいえ、大丈夫」
父が私に視線だけ寄越し、問いかける。それに首を振り、答える。実際、緊張等していない。見られているなとは思ったが、視線だって別に気にならない。出掛けに家族や侍女達に太鼓判を押された私の見た目がおかしいとは微塵も思っていないし、商家の人間がと見下されたとしても無い心は荒まない。よって、答えた言葉に嘘偽りは無い。
「そうか、それで良い。そのまま堂々としていなさい」
「はい」
満足気に口元を上げた父は、外行の顔をしている。家族と過ごす普段では、絶対にしない顔だ。そんな表情の父と共に、ホールに入る。渡されたウェルカムドリンクを受け取り、父と共に一番下手の端へと移動した。何気ない会話をしながら、この式典のホストである陛下の登場を待つ。
「…アレが、ザザ商会の末娘か」
「ずっと表に出てこなかったが…今年成人だったのか」
「ご覧になって、あの髪飾り。とても素敵だわ」
「あのドレスもよ、デザインも新しいんじゃなくて?」
「ねえお父様、私アレが欲しいわ。良いでしょう?」
「我が家との取引が有っただろうか…」
その間に方々から聞こえてくる会話に、私も父も聞こえない振りを続ける。我々は貴族では無い。商談でも無いこの場は、話し掛けられるまで話す事も無いのだ。にこやかに、他愛のない会話を続ける。
「頭取」
そんな中で、父に声が掛かった。頭取とは、我がザザ商会のトップの名称で、つまりは父の事である。普段の敬称は氏や主人、公等と呼ばれるが、商会のトップとして呼ぶ場合は頭取となるのだ。
「…これはこれは、お久しぶりですね」
私との会話を切り、声を掛けてきた貴族に向き直る父。その貴族の横には、愛らしい令嬢が立って居た。
「閣下のご令嬢も成人でしたね、おめでとうございます」
「うむ、頭取のご令嬢もな」
少々恰幅の良い貴族だった。そもそも、父はこの場の貴族全員を把握している筈だ。どの家の息子娘が成人を迎えるのか、絶好の商談チャンスである事を、我が家が把握していない筈が無いのだ。だから、この目の前の貴族が成人する娘を持つか否か初めから知っていて、その事を知る兄達が聞いたら、とても白々しい会話と思う事だろう。だが、商談をする上で、この白々しさは必要不可欠だ。
「…して、閣下、如何致しましたか?」
その父が、目に軽蔑を宿した。父は根っからの商人である、他人に表情を読ませる真似はしない。だからこの父の感情を読み取る事は、商人ではない貴族には不可能だろう。我が家の人間であるなら、人擬きの練習で観察をした私も含め、別だが。父の心情を理解出来た私は、この貴族は我が家にとって今後あまり利の有る付き合いは無いだろうと理解した。
「否何、娘がそなたのご令嬢の髪飾りをいたく気に入った様でな」
「成る程、左様でしたか。流石閣下のご令嬢ですね、お目が高い」
「そうだろう?で、単刀直入に尋ねるが、手に入れて貰えんかね?」
「…折角の祝いの場です、そういった話は後日に致しませんか?時期陛下も見えます」
「そう言って言わぬつもりだな?知っているぞ、お前がそういった駆け引きを得意としている事ぐらい」
「そうは言われましても…」
ああ、始まった。ライバル貴族と取引したと言えば難癖を付ける。少しでも気に食わないと難癖を付ける。思い通りにならないと、自分本位でなければ気が済まないのが貴族というモノだ。我が家を敵に回して、良い事等無いと言うのに、言わずにはいられないのが貴族という生き物なのだ、と、しっかり学んでいる。だから、この流れの後も理解している。
「…その位にしたら如何か、アビー公」
視線の端に映っていた別の貴族が声を掛けてきた。目の前の貴族より上の爵位を保有する貴族であることは、間違いない。その貴族の後ろにも、綺麗な令嬢が立って居た。
「何…っ!?こ、これは閣下、お騒がせを…」
「折角のめでたい日だ、商談なら別日にした方がゆっくり出来る。それに今日の主役は貴殿の子女であり、我が娘、そしてティーニ殿の子女だ。此処で父親である我々が出てくるのは、興醒めと言うものだろう」
「そ、それは…」
「娘もティーニ殿の子女が身に付けている物に興味を持っていて、欲しいとせがまれているのだが、この場だから声を掛けるのを我慢しているのだよ。公の子女もきっと我が娘と同様気になって我慢していたのを、公が娘を思って行動したと分かっているよ。だからこそ、後にしようではないか。して、ティーニ殿」
「はい」
「話した通りだ、後で我々に教えて貰えないだろうか?」
「はい、勿論でございます、閣下の仰る通りに」
「ああ、宜しく頼むよ」
良かったのだろう、コレで収まる。父の目に有った軽蔑が消えている。頭を下げる父の横で、私も頭を下げた。その間に先に居た貴族は、気まず気にその場をそそくさと去って行った。これが一連の流れ、パフォーマンス。私が学んだ貴族の流れだ。
「…頭を上げてくれ、もう居ない」
「助かりました、閣下」
「いやいや、見世物になる前に助けられずすまなかった」
「とんでもございません」
そう、互いにコレで良いのだ。同等な感情を抱く人間ならば、面倒になる前に、と思うだろうが、この程度のトラブルが珍しくない人が集まる場では、ある程度のシナリオが用意されているものだ。この国の低位貴族は、高位貴族に比べてより下位の者に対して良い感情を持っていない傾向が強い。それを諫める力を示すと、高位貴族は信頼となる。我々の様な地位の無い物からすれば、繋がりを示せる。勿論、それが裏目に出て恨まれる事も少なくないが、旨味を取るのが、損をしない様に生きるのが、人と言うもの。どちらが得か、少し考えれば分かるのだから、こうしたパフォーマンスは大事なのだ。流石、見栄の貴族、利益の商人と言ったところだ。
「…では、我々もこれで」
「はい、ありがとうござました」
後から来た貴族も、その場を離れた。恩を売られた事になるのだろうが、その見返りはもう約束されている。アティのジュエリーは凄い力があると、改めて思う。
「…先の子は相変わらずの様だ」
「声を掛けられると分かっていて、伯を引っ張り出したのは、何か理由が?」
「本当は公か侯辺りが良かったのだがな」
成る程、と頷く。父はより高い地位の人間との繋がりを見せつける予定だったようだ。若い人間が多い中だ、我が家を知らない人間達に知らしめる為に。だが、と思う。
「今の伯は確か、娘の婚約者が公では?」
「そうだ、良く覚えていたな」
にっこりと笑う父の顔に、自分の知識が間違いではないと知る。
「この場には居ないがな、仲睦まじいともっぱらの噂だ。相手は既に成人しているし、この場に父親を伴った事が不思議だが…」
「確かに…」
婚約者が成人している場合、後々の婚姻の意味を強める為にも、父親よりそちらを伴う方が多い。勿論父親等も珍しくはないが。その事情は人それぞれであるのだが、悪意ある人間が在れば、噂として流されかねない。興味を持てず捨て置くのは私ぐらいで、父達は情勢を見る為に、些細なことですらアンテナを張る必要が有る。だからこそ首を傾げたくなるのだろう。
「まぁ、何か事情があるのだろう、古くからの付き合いも有る家だし、邪推する様な事も無いだろう。それよりも、リコの時も思ったが、相変わらず品の無い代物も見かけるな」
変わった話に、あ、と思わず言いそうになった。
粗悪品を売り付ける商会は少なくない。目が肥えている人間ならば騙される事も無いのだろうが、父達からすれば許せない事柄の一つだ。商品、売り手、買い手、作り手、商売は全ての事柄が一つでも欠けたら成立しない。我が家はその全てに対し、想いを欠かせる事を許さない。人が携わると言うことは、何をするのにもそれに対して想いが乗る。金が無いから、出せる限度がこれだからと言うならまだしも、手に出来るのに、作れるのに等といった想いの欠ける事を、絶対に良しとしないのである。それを見ると品が無いと眉をひそめて、溜息を吐くのだ。
「あの令嬢の扇は、あの位の持つ代物ではないな。好きで持っている訳でもなさそうだし、その横の子息のスカーフも同じだな。質感と色なのだろうが…あのデザインは無い」
「…父さん、商人の目は止めない?先の子と一緒になってしまうわ」
「そ、そうだな、つい…」
そろそろ止めないと、父は止まらなくなる。先に思わず声が出そうになった理由はこのせいだ。それを分かってハッとした父は、気不味気に苦笑いを浮かべた。別に不快では無いが、ストッパーは今、私しか居ないのだ、早々に手を打たなければ困るのは私だと分かっている。早く式典が終わらないかと思いつつ、苦笑いを返した。
◇
式典が終わり、帰路に着こうとしていた私達に、沢山の声掛けがあった。内容は様々だったが、要するに全てが商談の話だった。私が身に着けている物や、父が身に着けている物、姉の婚約の話をしつつそれにより齎される話等々。お陰で家に着くのに、かなりの時間を費やした。式典よりそのせいで疲れてしまったのは、私も父も想定していたとは言え、中々のものだった。しかし、父はその中でも、いくつか実りがある話が出来たものがあると、上機嫌だった。私の存在が役に立ったのだから、良かったと思う。尤も、私がちゃんとした人間であれば、もっと良くなったかもしれない内容も多かっただろうと思うが。
「マル」
「?」
「改めて、成人おめでとう。これからもっと沢山の知識を得て、見聞を広げて、世界を見ていきなさい。大人になったのだから、己が負う責任も増えるが、その分やれる事も増える。今迄もそうだが、勿論これからも、父さん達はお前がやりたいと思う事に、反対するつもりはないよ。犯罪を犯されたら困るが、その辺の分別は心配していないからね、思う存分探すと良い」
「ありがとう、父さん」
心配してくれる、見守ってくれる優しい家族。その心労を取り除く為にも、極力早く、何かを見付けなければ。改めて遣れる事を考えなければ。今日聞いた話も、纏めれば参考になるかもしれない。休む前に、忘れる前に遣る事が出来た。でも今、言う事は決まっている。
「今日は疲れたから早く寝るけど、明日から改めて色々遣ってみるわ」
満足気に頷く父を見て、私も頷いた。