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普通の高校生とヴァンパイアの四季  作者: 湯西川川治
秋の話
98/226

今から、わたしのことを話します 2

     2


「まったくもう、私がいなかったら入れないんだよ」

 そう苦言を呈しつつ、千佳子先生は僕に部室の鍵を渡してくれた。持つべきものは担任だ。

「ごめんなさい」

「何忘れたの?」

「明日までの宿題」

「それじゃあなおさら私のおかげ」

 千佳子先生は私の手柄だといった風に胸を張った。

 夕刻20時。忘れ物をしたのでダメもとで千佳子先生にLINEをしてみたら、残業中でかつカップラーメンでも食べてたのか「3分待って」と既読にされたけど、結局学校に入れてくれることになったのだった。

「あんまり遅くならないようにね。もう十分遅い時間だけど」

「千佳子先生が帰るまでには帰ります」

「もう帰ろうと思ってたんだから。早く取ってきてうどんでも食べに行こう」

「さっきカップ麺食べてたんじゃ」

「残業するとお腹減るの」

 ほら行った、と促されたので、夜の部室へと向かうことにした。


 部室の机の上に散乱していた宿題を回収して、僕は職員室への道を戻る。廊下は電気が付いていないので、スマホの灯りを頼りに進む。自分の教室のあたりに来た時に、千佳子先生からLINEが飛んできた。

『教壇の上にある教材取ってきて』

 お願いします、というスタンプを添えて。

「人使いが荒い」

 そう呟きながら教室に足を踏み入れようとすると、ガタン、という物音が聴こえてビックリした。

「……誰かいるんですか?」

 恐る恐る問うてみても、誰の声も帰ってこない。気のせいだったか、と思って教室の電気をつけてみる。

 一歩進んで見まわしてみても、誰もいなかった。夜の教室だし感覚が機敏になってるのかな、と足を進めると、何かが足に当たる感覚がした。なんだ? 目線を足元に向けてみると、女子生徒がいた。ワイシャツの衿を赤く染めた。

「美濃部さん!」

 目の前に横たわっている制服姿の女子の名前を呼ぶけれど、応答はない。その首から血が床に滴り落ちていた。

「どうしたの美濃部さん、大丈夫」

 思わず身体を揺り動かすけれど、意識がない。ごめん、と胸に耳を当ててみると、脈打つ音が聴こえたから、生きてはいる。

「とりあえず保健室、いや、もう先生帰っちゃってる。それだったら千佳子先生」

 それよりか119番か、と思い当たったところで、視界の端に誰かが映った。

「成城、さん……?」

 恐る恐る呼んだ名前の主は、お昼をご一緒した成城翠さんだった。僕を見据える瞳は、購買で立ち尽くす彼女とは違って、迷いのないものだった。よくよく見ると、口の端に牙を生やしていた。わかりやすいというか、そのまんまというか。

「もしかしてきみ」

 浮かんできた疑問に対して、成城さんはあっさりと答えた。


「そうよ、吸血鬼よ。悪い?」


 開き直ったような口調は、今日お昼を食べた時の彼女とは全く違うものだった。真っ赤な血が、牙から滴り落ちる。

「今、あたしはそいつの血を吸った。あんたの思っているとおりね」

 僕の疑問をいとも簡単に解消した成城さんは、僕ににじり寄ってくる。

「あんたもこうなりたい? いや、もうなるのか」

 僕の行く末もお見通しらしかった。

「美濃部さんをどうしたの」

「安心して、殺してないから。いや、殺しても死なないんだけど」

 いつか聞いたような吸血鬼ジョークをかまして、成城さんはにやりと笑った。

「同族の血も案外美味いものだね。もどきの血はどんな味がするかしら」

 襲われる。身構えた僕だったけれど、続いて成城さんは叫んだ。

「ちょっとやめてください!」

 それは僕ではなく、他の誰かに向けられた強い言葉だった。その瞬間、成城さんの表情がふっと消えて、また戻った。そして、すぐに頭を下げられた。

「春日井さん、ごめんなさい。失礼なことを言ってしまいました」

 その言いようは、昼休みに出会った成城さんのそれだった。

「え、あの」

「明日話します。ごめんなさい」

 そう言い残して、成城さんは僕の横を抜けて走り去っていった。

「おーい未広ちゃん、なんかすごい音が聞こえたけど大丈夫?」

 入れ替わりにやってきた千佳子先生の心配そうな言葉とそのあとの顛末については、あまり覚えていない。

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