わたしはいつから文化祭実行委員長になったんですか 4
4
「後で怒られそうだな、僕」
「……どさくさに紛れて胸を触って来るからいけないんです」
お化け屋敷で襲いかかってきたお化けの股間に蹴りを入れた美菜ちゃんは淡々とそう言った。
「いやあれ多分女の子」
「それでも股間蹴っておけばダメージは大きいですよ?」
末恐ろしいことを言う後輩だ。
美菜ちゃんとは、北砂さんとは別のクラスのお化け屋敷に行った。ここでは吸血鬼は出て来なかったけれど、それなりに怖いお化けは出てきて正直ビビった。そんな様子を悟られるのは小恥ずかしかったから、表情には出さないつもりだったけど、美菜ちゃんにはどう見えていただろうか。
そんな美菜ちゃんはというと、脅かしに来たお化けを逆に退治してしまった。少しぐらい怖がってしがみついてきてくれても良かったのに。
でも本人的にはお化け屋敷を楽しみ尽くしたようで、その後もしばらく色々なクラスの出店をウロウロとしていた。
「あ、先輩先輩、クレープ屋さんですよ」
「鮫ちゃんのクラスのやつだ」
「先輩何がいいですか? 買ってきます」
「じゃあ僕はチョコレートのやつで」
「かしこまりました」
機嫌良さそうにパタパタと教室へ消えていく。さっきまでの不機嫌そうな顔とは裏腹なそれに、少し安心する。文化祭を楽しめているようだったら何より。
「あれ、新聞部の部長さん」
ほっこりしている僕の前に現れたのは、生徒会会計の美濃部さんだった。生徒会の腕章を右腕に着けているところを見ると、巡回中らしい。
「後輩連れて文化祭デート? いいねえ、リア充は」
「誰かさんたちにこき使われた後輩のご機嫌取りですが何か」
「こっそり謝っといて」
それを突っ込まれると決まりが悪いらしい、僕の前の席に腰掛けて、顔の前で手を合わせる美濃部さん。
「お詫びに新聞部の予算上げてください」
「それとこれとは話が別というか」
「うちの部長散々こき使っておいて」
この際だからと持ち掛けてみたけれど、きっぱりと断られてしまった。でもせめて美菜ちゃんをねぎらってあげないと本人納得いかないと思う。
「とりあえず美菜ちゃん帰ってくるまでここで僕の話し相手になってください」
「掴まっちゃうじゃない私」
「一回掴まった方がいいと思う」
留めておいて怒られた方がいいと思うんですよ。
「とりあえずこれでも飲んで」
「おっ、賄賂かい? ありがとう」
新聞部へのお土産用にと持っていたスポーツドリンクを美濃部さんに手渡す。まあ美濃部さんもお仕事の途中だしな。……甘いな僕は。
「首の傷、もうさすがに治ってるんだ」
「いつの話だと思ってるんだい」
「結局、犯人見つからずじまいで」
「まあいいんだよ、別にとっ捕まえようなんて思ってないから。水口が話を大きくしちゃったのもあるし」
「心配だったんだよきっと」
「それがあの子のいいところ」
そう栄恵を評価して、美濃部さんは笑う。お互いに名字呼びをしているけれど、何だかんだ会長との仲はいいのである。
去年の冬にあった吸血鬼騒動の始まりは美濃部さんが血を吸われたところから始まった。結局彼女を襲った吸血鬼の正体はわかっていない。美濃部さんは言葉の通り犯人を気にしていないらしいとはいえ、結局うやむやになってしまったのは何処か釈然としないけど。
「まあ、吸血鬼なんているはずないんだったら」
「さっきお化け屋敷で見かけたよ」
「そういえばいたね」
「血は吸われずに済んだけど」
「ならよかった」
美濃部さんはスポーツドリンクを飲み干して、ごちそうさま、と遠くのくずかごにペットボトルを投げ入れる。
「さすが」
「伊達に弓道やってないからね」
美濃部さんは弓道部の部員で、鮫ちゃんの先輩でもある。実力は鮫ちゃんと双璧を築くほどである。僕も何度か取材させてもらったことがあるけど、
「受験で衰えてると思った」
「受験勉強、そんなにやってないもん」
「しなくていいの」
「弓道で推薦もらうつもりだし」
それがとてもいいことのはずなのに、美濃部さんは少し目を落とした。
「……それに、してもしかたないから」
ぼそっとそう付け加えたように聞こえた。
「仕方ない、か」
口に出してみる。僕は今のところその立場にあるから、その言葉がすごくしっくりくる。
「ねえ、春日井君。変なこと聴いていいかい」
「何」
美濃部さんは何気ない感じで、でもどこか改まって僕に尋ねてきた。
「もし自分がいきなりこの世界から消えたとして、いったいこの世界に何が残ると思う?」
訥々と問いかけてくる美濃部さんの顔は、平然としているようでどこか寂しげだった。
「春日井君は、そんなこと考えたことないかな」
核心を突かれた僕は黙り込むしかなかった。
「たとえば自分がそういう状況だったとして、自分がいなくなった後の世界には何が遺されるんだろうって」
なぜならそれは僕の最大の悩み事だったからだ。僕はこの冬、吸血鬼になってしまう。この世からいなくなった後、僕は。僕の周りの人はどうなってしまうのか。そんなの散々考えたけれど、答えなんて出なかった。
「なんて。そんな問い、哲学っぽくていいんじゃないかなって思っただけ」
さっきまでの物憂げな表情をひっくり返したような笑顔で、美濃部さんは手を振る。僕は相変わらず答えを出せないまま、逆に美濃部さんに聴いてみる。
「美濃部さんはどう思うの?」
「私? 私が一つだけ言うなら『後悔』かな」
美濃部さんはそう口にして、立ち上がってもう一度僕に手を振る。
「それじゃ、仕事に戻るよ。美菜ちゃんをあんまり働かせないように言っておくから」
僕が止めようとする間もなく、美濃部さんは去っていった。
あんまり、ってことはまだ働かせるつもりだこの人たち。
帰ってきた美菜ちゃんは僕を見て一言。
「今美濃部先輩と話してましたよね」
「バレてる」
何でとっ捕まえておいてくれなかったんですか、と美菜ちゃんに散々怒られた。
「よーし、明日の模擬店はおまかせあれ!」
そう息巻いた北砂さんが翌日の新聞部の出店(鯛焼き屋さん)を手伝ってくれたおかげで、我が新聞部の模擬店は校内出店ランキングで3位に入り、おおいに北砂さんはご満悦だった。
文化祭が終わった後、予想通り美菜ちゃんにこってり絞られたけれど、総じて色々と楽しい文化祭だったので、僕は苦笑いを浮かべつつ美菜ちゃんの説教というか愚痴を聞き流した。
こんな感じで秋が流れていく。僕に残された時間も、少なくなっていくのであった。けれど、季節は止まらず巡っていくのだった。





