意志が強い人が飲んだほうがいい 1
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「せんぱーい、ここ教えてください」
「涼み亭のスイーツ奢ってくれたらね」
「いじわるー! それは先輩の役目でしょう」
こんな感じであーだこーだ言いながら、夏休みの宿題を後輩と一緒にやっているけれど、終わる気がしなかった。
「僕が何回奢ったことか」
「回数制限なんて別にないんですよ! フリーパスでもいいんだよ!」
僕の財政状況が破綻するようなことを言い出す後輩に待ったをかけつつ、宿題と向き合っていく。夏休みも終盤戦。宿題をいち早く終わらせた美菜ちゃんとエミールは今日も遊びに行っていた。美菜ちゃんはともかくエミールはいつの間に終わらせていたのかわからないけれど、もうやることはないみたいだった。
「うわっ、なんだこれ」
「何の宿題なんです?」
「全国名を書けって」
いざ宿題と向き合ってみたんだけれど、世界地図とその国名を全部書け、だなんて受験期にやるようなものじゃない。
「うわー、これは面倒」
「地理の中山先生何考えてるんだ」
「未広先輩、問題山積ってやつですね」
「これ以上問題を増やさないで欲しい」
「勾玉の方もまだ出来上がってないんだし、そっちも手を貸さないと」
「まあそっちは栄恵も榛ちゃん先生もいるし」
「でもまあ、榛ちゃん先生にバレるだなんて詰めが甘いよ」
「予想外のところから食らった感じだから許して」
結局ひっくるめた事情が榛ちゃん先生にバレてしまい、少し説教を食らった後に、協力すると言って最近は城見研究室にこもりっきりである。
「にしても、その城見先生は榛ちゃん先生に告ったんですか?」
「まだだって」
「未広先輩みたい」
「……涼み亭のかき氷奢りで」
「ノーサンキュー」
不毛なやり取りを続けても外の暑さが和らぐわけでも宿題が終わるわけでもないので、ため息をつきながら山積みの宿題に戻ることにした。けれど本当に面倒くさい。
「地球儀」
「え?」
「あそこに地球儀があった」
勾玉があった例の開かずの扉。そこに確か地球儀が転がっていた。鍵は栄恵から預かっているので、千佳子先生と美菜ちゃんさえいなければ自由に出入りできる。興味を示した鮫ちゃんは『はーい』と手を挙げた。
「ちょっと私も見てみたいかも」
「ほこりっぽくてなんもないよ」
「宝探しみたいで面白そう!」
目をキラキラさせていたので、一緒に乗り込むことにした。
「ほら、社会科の教材くらいしかないでしょう」
「意外とお宝が眠ってるかもしれないよー」
鮫ちゃんはほこり舞うのも気にせずに、ずかずかと進んでいく。
「お金とかあったら一割もらえるかな?」
「落とし物じゃないんだから」
改めて周りを見回してみる。勾玉の抜け殻はあったとはいえ、それ以外の吸血鬼にまつわるらしいものは何も見当たらなかった。
「未広先輩、ちょっと木箱下ろすので受け取ってください」
踏み台に乗って棚の上段の箱らしきものに腕を伸ばす鮫ちゃんのスカートが翻って、水色の何かが見えた。慌てて目を逸らす。
「せんぱーい」
「はい、ちょっと待って」
「私のパンツ見たのは後であんみつで払ってもらうとして、早く受け取ってください」
バレてた。
何やらずしりと重みがある木箱を受け取って、床に下ろす。埃をかぶっていたそれのふたを開けてみると、昔使っていただろう社会科の教科書がたくさん入っていた。
「昔の教材だね」
「金目のものはなさげな予感」
鮫ちゃんは途端に興味を失って、次なる宝探しを進める。
「あ、何か落ちた」
先ほど木箱があったところから、何やらひらひらと紙が落ちてきた。キャッチしてほこりを払ってみると、何やら英文が書いてあった。筆記体で。正直読めない。何やら表題に加えて、5行くらいの英文が記されていた。
「鮫ちゃんこれ読める?」
「読めるわけないじゃないですか」
即答。
「私と未広先輩の英語力をなめないでください」
決して誉め言葉じゃないんだよなあ、悲しきかな。これは栄恵の出番かな。とりあえず持ち寄ってみるか。
うーん、としばらくそれを眺めていると、ひとつの単語が目に入った。まるでそれは浮かび上がるかのように存在して、思わず鮫ちゃんに尋ねた。
「ねえ鮫ちゃん」
「ん?」
「鮫ちゃんだったら吸血鬼のこと英語でなんて言う?」
「私は『ドラキュラ』って勝手に呼んでます」
「他には」
「うーん、それから『バンパイア』とか」
僕はメモをひったくって、城見研究室に駆け込んだ。
「でかしたよ未広くん!」
そのメモを一目見て、城見さんは歓喜の声を上げた。
「なんて書いてあるんですか?」
「えーと」
城見さんが告げる前に、栄恵が静かに言った。
『私はここに記す。混血の吸血鬼を純潔の人間に返す方法を』
――I record here. The way to return a vampire of mixed-race background to innocent man.





