寝込みを襲ったりしませんから 3
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「先輩が部室に知らない女子連れこんできてる、って記事にしましょうか」
新聞部の後輩は、牧穂さんを新聞に連れていくと開口一番これだった。部室と言っても元は社会科準備室だった空き教室を借りているだけだけど。
「転校してきた湯西川牧穂と申します。よろしくお願いしますね、七山さん」
美菜ちゃんは牧穂さんのたたずまいに少し見とれていたようで、少し間を開けた後頭を下げた。
「可愛い後輩さんがいるってききまして」
「褒めても何も出ませんよ」
何吹き込んでるんですか、と言いたげな美菜ちゃんは僕を軽く睨んだ後、そわそわと牧穂さんの方に視線を向けた。
「湯西川先輩は、その、新聞部に入るんですか?」
「うん、そのつもりです。よろしくお願いしますね」
美菜ちゃんは少し口角を緩めて、
「だったら堅苦しいのなしにしましょう。わたしは牧穂先輩って呼びます」
なんだかんだ、新入部員の存在は嬉しいみたいで、テンションが上がっているようだった。
「はい、美菜さん」
「……ちゃんづけでもいいんですよ、未広先輩と同じで」
照れてる照れてる。
「なんですか未広先輩、その目は」
「なんでもない」
あまりからかいすぎると本当に怒られるので、笑ってごまかすことにしておいた。
「ところで、新聞部って名前の通り新聞を書くんですか?」
「はい。一応この学校で唯一の校内新聞を書いてます」
ほら、と美菜ちゃんが指さした先には「南柄新聞」と書かれた壁新聞。それを眺めた牧穂先輩は感心したような声を上げた。
「わあ、意外と凝ってますね」
「結構取材しているんですよ」
「わたしたちの努力の証です」
僕たち新聞部員は新聞を褒められて、まんざらでもなく2人して顔を綻ばせた。
「じゃあ、私も取材に出れば」
「そんな感じですね」
「さっそく、吸血鬼の調査の手伝いをお願いするのがよさそうかなと」
吸血鬼に吸血鬼の調査を依頼する、とは思いもよらない美菜ちゃんはそう提案する。
「吸血鬼、ですか?」
牧穂さんは素知らぬふりをして吸血鬼に興味を示す。演技派だなあ。
「うちの生徒会長、あ、未広先輩にもう紹介してもらってると思いますけど、あの人が「吸血鬼が出た」って言い張るんですよ」
「吸血鬼の所業。ですか」
昨日僕が話したことの更に詳しいことを説明すると、牧穂さんは頭を抱えた。それは演技ではなくて心からのもののようだった。
「そんな不届き物がいるんですね」
事情を知らない風を装って牧穂さんは嘆いているのかもしれないんだけど、事情を知っている僕から見れば、頭を抱えて本心からの嘆きをしているようにしか見えなかった。
「いたずらにしても不気味ではあるんですけど」
そう付け加える美菜ちゃんは吸血鬼の存在をまだ信じていないようだった。そりゃそうだ。僕だって牧穂さんに出会ってなければ信じられていないし、まだ完全に信じているわけでもない。牧穂さんの前では言わないけれど。
「あ、これ栄恵から借りてきた同人誌」
「栄恵先輩、だからあんなにムキになってたんですね」
同人誌にしては重厚な代物を差し出すと、美菜ちゃんは納得したように嘆いてそれを受け取った。
「まるでコウモリみたい」
そしてぺらっとめくったページに、コウモリのような絵が描いてあった。この作者がイメージする吸血鬼は、まるでコウモリのそれだった。牧穂さんはそれをのぞき込んで、感嘆の声を上げた。
「よくもこんなに上手く絵が描けるものです」
「もしかして画伯ですか?」
「美術の成績は2でした」
自慢げに胸を張る牧穂さんは、少し寂しげな表情で続けた。
「でも吸血鬼はですね、おそらくですけど、そんなに怖い姿をしていないと思うんですよ。怖くないからこそ、人間は恐れない。だから、気を許したときに血を吸われてしまう。もしかしたらいるかもしれないんですよ、私たちの周りにも。普通に」
自分のことを棚に上げて、牧穂さんは少し低い声で言った。
「みたいな感じかな、と」
と思ったら、元の声色で、推論を言ってみました、みたいな感じで締めくくった。
「でも正体が見えないのは不安ですからね」
「うーん、人間に化けているっていうか元が人間みたいな感じだったら誰も気が付きませんね」
コウモリの絵に興味を示しながら、美菜ちゃんはふむふむといった顔をしている。
吸血鬼と云えば、みたいな安直な考えを表現したような絵だったけど、実際に吸血鬼と会っている僕とは違って、万人の吸血鬼のイメージとはそういうものだ。この作者も実際の体験ではなくて同人誌という作品の中の存在でしかないんだろう、って僕は心の中で思う。
「さっさと姿を現してくれればいいのに」
「まあまあ美菜さん、そう近いうちに見つかると思いますよ」
見つかってもらわなきゃ困るんだけどなあ、と吸血鬼を見ながらひとりごちる。てか目の前に吸血鬼さんがいるんだけどなあ、なんて口が裂けても言えないけれど。
「だから怖がらずにじっくり調べましょう」
「賛成です」
いつもだったら、うーん、と唸って難色を示す美菜ちゃんがあっさり賛成した。早速主導権を握っている牧穂さんだった。これだったら大丈夫かな。
「僕が言ってもノリが良くなかったのに」
「牧穂先輩の方が先輩らしいからいいんです」
美菜ちゃんの僕に対する評価はわかっているとはいえ、改めて言われると少しへこむ。
「とにかく、この同人誌を参考にしながら各自取材を進めていくこと。みんな無理のない程度にだよ」
「はーい」
「了解です」
元気よく美菜ちゃんと牧穂さんが返事を揃えたところで、後は牧穂さんの歓迎会的なお茶会で下校時間までを過ごした。うちの部室にはティーセットが揃っているので、昨日のフィナンシェと一緒にダージリンを合わせた。美菜ちゃんもフィナンシェはお気に召したらしい、終始笑顔だった。
「あ、入部届ならわたしが千佳子先生のところに持っていきますよ。ちょっとした用事があるので」
なんだかんだ新入部員が嬉しいらしく快諾した美菜ちゃんはその夜。
『なんですかあの先生は。彼氏にでもフラれたんですか。いや、いたのかもわかりませんけれども』
千佳子先生の異変を察して直電を寄こしたのだった。