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普通の高校生とヴァンパイアの四季  作者: 湯西川川治
冬の話
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寝込みを襲ったりしませんから 2

     2


「おはよう未広。今日は早いな」

「早く起きちゃったから。そんなに僕が早く来るのがみんな珍しいかな」

「最近いつもギリギリなんだから仕方ないだろ」

「冬は寒いから朝起きれないんだよ」

 寒いと布団が僕を離してくれないから仕方がない。周りからは、やだー、私傘持ってきてないとか失礼な声が聞こえてくる。

 そんな未広に、と缶コーヒーを手渡してくれたのは柏崎博人かしわざき ひろと。1年生の時から同じクラスの友達だ。出席番号が前後ろだったから、と話すようになって今に至る。

「未広がボクよりも先に来るなんて、天変地異の前触れかな」

「生徒会長が生徒を侮辱していいんですか」

「未広の友達として言っているからノーカウントだ」

 そう言って悪戯っぽい笑みを浮かべていながら会話に入ってきたのは、生徒会長の栄恵だった。昨日の一件でもわかる通り、ボクっ娘だ。割と僕はそれを気に入っているのは内緒の話。

「おはよう栄恵」

「おはよう未広」

「はい甘いもの」

「朝から悪いな」

 悪いとは言いながらスッと手を伸ばして栄恵は笑顔をもっとほころばせた。昨日牧穂さんが食べきれなかったフィナンシェを持ってきたのだった。なんというか餌付けしている気分になってしまうのは内緒の話。

「これ美味しい!」

「栄恵のお墨付きが出てよかった」

 笑顔をほころばせる栄恵を見てると、ボクっ娘でもしっかり女の子なんだなあ、としみじみとする。正直可愛い。

「俺も欲しいな」

「はーい」

 博人にも渡して、3人でもぐもぐと食べながら始業を待つ。

「そう言えば、何かわかったか?」

「いや、全然」

「まあ一日で分かったら警察も学者もいらないな」

 主語はなくとも話は進む。

 なんとなしに答えたけれど、もちろん嘘だ。一夜で吸血鬼に出会いました、でも犯人ではありませんでは栄恵は納得するはずがない。そうとしか言いようがないんだけど。

「そっちでなんか調べてるのか?」

「うん」

「また無理するなよ、体が資本だ俺たちは」

「もちろんだよ」

「ちなみにお題は?」

「吸血鬼のこと」

「とうとう週刊誌の記者でも始めたのか」

「博人までそんなことを言う」

 やっぱり傍から見ればそういう認識だよなあ。

「美濃部会計が襲われたってやつだろ。昨日サッカー部の後輩から聞いた。先生たちの方でも調べてるらしいけど、手掛かりゼロらしい」

 サッカー部のネットワークは案外広いらしく、昨日のことがもう知れ渡っているらしい。博人はサッカー部のボランチのレギュラー。つまり中盤で攻撃と守備のバランスを取る人だ。まさに彼にうってつけ。

「でも吸血鬼だなんてなあ」

「ここにいる生徒会長がそう云い張ってるんだよ」

「なんだか不服そうだな」

「なんでムキになってるの栄恵」

 昨日から思っていたけれど、栄恵はなぜか吸血鬼と云う言葉に敏感で、こだわっているみたいだった。訳を聞いてみたかった。

「これに書いてあった傷とそっくりだったんだ。疑ってみる余地はあると思う」

 吸血鬼の生態についての一考察。まるで論文のようなタイトルの本を栄恵は差し出してきた。昨日言っていた同人誌みたいだった。にしては分厚いし、気合が入っているようだった。なんとなくさっき言っていた理由が分かった。感化されるには十分。

「著作は……かみじゅあお?」

 神珠碧。全く聞いたことのない人だった。というか読み方が分からない。今僕が言ったので合ってる気がしないけど。

「かみたまあおい、だそうだ」

「この人のこと知ってるの?」

「いや、ボクは直接知らない」

 どうも、この同人誌は誰かから譲り受けたものらしい。らしいというのは、栄恵も直接受け取ったわけじゃないからとのことだった。

 ペラペラとめくってみる。文字だけではなくて、ところどころ絵とか写真が盛り込んであって、読み物としては読みごたえがありそうだった。なんとなく見続けていると、あるページに目が留まった。

「珠倉山に秘密の鍵がある?」

 本当かウソかわからないような内容だったけれど、秘密の鍵と言われれば、少し信じてしまいそうになる。珠倉山とは学校の裏山のこと。意外と大きい山で、立入禁止じゃないけどあまり立ち入る人もいない。

「うーん、珠倉山がかかわっているなら新聞部はやめた方がいいか」

「大丈夫だって」

「何が大丈夫なのか。遭難したのはどこの誰」

「僕たちだって好きで遭難したわけじゃないんだから」

 即座に2人に否定されたけど、言い返せるほどの立場ではないから強がるしかない。

 珠倉山は大きいけれどそんなに険しい山ではないとはいえ、新聞部の2人してでも遭難してしまうほどの山だった。夜は暗くて本当に怖い。

「とにかく、さっきも言ったけど無理だけはするなよ」

「わかってるよ」

「本当にわかっているのか未広」

 栄恵はとても信じていないような顔で僕に言う。心配してくれるのはありがたいけど。

「まあ、ともあれちょっとこれは預かっておくよ」

「よろしく」

 参考になりそうなところもあったので、同人誌はしばらく借りておくことにした。必要ならば牧穂さんに見せてみてもいいし。

「でも、美少女吸血鬼とか居たらそれはそれで人気が出そうだよな」

「どうして吸血鬼を女子と決めつけるの。男かもしれないよ」

「その方が浪漫あっていいじゃないか」

「たしかに少しうらやましいな」

 博人と栄恵はもし女子の吸血鬼がいたら、という話を続けている。この状況でそんな存在と同居を始めた、だなんてバレたら大変なことになるだろうなあ。

「そういえば、今日はまだ千佳子先生来ないぞ」

「もう5分前だな」

 腕時計を見ると、始業5分前だった。うちの担任は、毎日始業5分前に教室に来てはクラスの生徒と談笑するのが日課なんだけど、今日はまだ姿が見えない。

 不思議そうにしている博人と栄恵の前では種明かしは出来ないけれど、あらかた想像はつく。転校生を連れてくるからだ。

「みんな、おはよう」

 チャイムと同時に教室に現れた担任の東金千佳子とうがね ちかこ先生には覇気なく、生徒に挨拶をした。いつも元気いっぱいで登場して元気いっぱいに挨拶をするのだけれど、今日は明らかにいつもと様子が違う。教壇に立っても、俯いて黙りこくっている。何かに耐えているような、そんな感じだった。先生の様子に、教室がざわめき始める。

「千佳子ちゃん、だいじょーぶ?」

「う、うん! ごめんね、ちょっと風邪でもひいちゃったかな」

 ある女子の声に我に返ったのか、ピンと背筋を伸ばして拳を握って笑って見せる。けれどやっぱり、その笑顔はどこか晴れない。

「じゃあホームルーム始めるよ。早速だけど、今日は転校生が来てます。男子の皆さんおめでとう!」

 転校生が女子だということがわかり、教室の男子から歓声が上がった。

「美人さんだよ~! みんな心してアタックするように」

 拳を握って見せる千佳子先生に、男子諸君のボルテージが上がる。それを女子が冷めたような眼で眺めている。いつものクラスメイトだなあ、と感じつつ、転校生を知っている僕は少しだけ優越感に浸りつつ、彼女の登場を待ち侘びる。千佳子先生は転校生が出てくるだろう方をちらりと見て、作ったような笑顔をまたスッと消して、転校生の名前を呼んだ。

「というわけで、今日から一緒のクラスになる、湯西川牧穂さんです。おいで~」

 相変わらず元気のない声で紹介された転校生は、黒板に自分の名前を書いてからペコリと一礼して微笑む。相変わらず制服似合ってるよなあ。

「湯西川牧穂です。今日から皆さんよろしくお願いします」

 美少女、と呼んで差し支えない。わいのわいのと声が上がっている。

「うーん、やっぱりおかしい」

 斜め前の席の栄恵がつぶやいた。それは凛と立っている転校生に向けられたものではなく、その隣でただ立っている担任教師に向けたものだった。

「千佳子先生だったら、初対面の転校生でも女の子だったらちゃん付けをするはず」

 生徒に対して分け隔てなくフレンドリーに接する先生が、女子をさんづけで呼ぶ。違和感の正体はそれだった。

「美少女過ぎて緊張してるんじゃない?」

「だからってあんなのは、自分のクラスの生徒に取る態度じゃない」

 栄恵の洞察力はさすがだった。

「じゃあ席は……未広ちゃんの隣ね」

 僕たちの方を向いて視線をさ迷わせていた千佳子先生は、僕の前でそれを止める。そう言えば隣が空いてた。

「よろしくお願いしますね、未広さん」

「よろしく。これも牧穂さんの仕業ですか?」

「いや、そこまで私はできませんよ」

 牧穂さんは僕の隣まで歩いてくると、苦笑いを浮かべた。クラスまで一緒にしたんだから何とかしてしまいそうだなあと思ったんだけど。

「ところで、学校でもいきなり未広さんと牧穂さんですか?」

「遠い親戚ということにしておいていただければ」

「筋の通る話であればいいですけど」

 と言いつつもう一度牧穂さんを見ると、その視線はひとえにホームルームを続ける担任に注がれていた。

「担任の東金先生、いや、千佳子先生って、初めて会った時からあんな感じでした?」

 牧穂さんは僕の問いに虚を突かれたような顔をして、

「いえ、初めて会ったときは、もっと太陽のような笑顔をしていましたよ」

 そうやってつぶやいたのであった。

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