春の話~エピローグ
「結局、2人は上手くいってるみたいで」
「毎日部活で会ってるしね」
「それ、まるで未広先輩たちみたいな」
「鮫ちゃん、それ以上は怒るよ」
「はーい」
僕と美菜ちゃんが睨むと、ひらひらと給湯スペースへと消えていく鮫ちゃん。最近隙あらば僕たちをからかってくるから困る。
「でも、本音でいうと吸血族ってことじゃなくて、あやめさんがお母さんっていう方が驚きました」
美菜ちゃんたちには印旛さんが吸血鬼じゃなくて吸血族だった、ということを話すと理解を示してくれたけど、涼み亭の2人が両親だったということを言うと、何バカなこと言ってるんですかと口々に罵られたので、あやめさん本人から説明してもらう羽目になったのだった。
「茜音ちゃん本人が言っても信じないんだもん」
「信じられるわけないって言うんですよ」
美菜ちゃんは鮫ちゃんが持ってきた紅茶のカップに口をつけて「あつっ」と顔をゆがめていた。
「ともあれ、吸血鬼とか吸血族たちはもうこりごりです」
ため息をつく美菜ちゃん。
「嫌なの?」
「嫌っていうわけではないですが、人の血を吸うとか吸わないとか、って話が日常になるのが微妙というか」
確かに、毎日血がどうたら、なんていうことを話しながら過ごすのは楽しくないかも。
「でも、別に一緒に過ごすのは悪くありません」
素直じゃないなあ。
「だからってもう吸血鬼案件持ってこないでくださいよ」
「僕が直接持ってきてるわけじゃないよ」
「私だって茜音がそうだって知ってたわけじゃないんですから」
鮫ちゃんは知り合ったばかりだから、僕たちに印旛さんを紹介したときは、吸血族だったことは知らなかったらしい。ただ、僕から吸血鬼の話を聴いていたから、受け入れるのは難くなかったんだと思う。
「でも、本当博人先輩で良かったですね」
「理解があるし、暴走してもすぐ止められますし。わたしだったら自信ありませんもん」
人を襲わないという吸血族。でも、恋のその先にもしかしたらその可能性があるかもしれない。けれど、しっかりとその相手と話をして理解を得た。だから多分大丈夫だと思う。
「美菜ちゃんはもし好きな人がそうだったらどうする?」
「なんですか藪から棒に」
不思議そうな顔をする美菜ちゃんに、チラリと目配せをする鮫ちゃん。ごめん鮫ちゃん、ちょっとした好奇心。
「うーん。愛する人からそう求められたら、止められる自信はありません」
美菜ちゃんはポツリと云った。その言葉が、僕の心の奥底に大きく響いた。
「でも」
美菜ちゃんは少し冷めた紅茶を飲んで、呟いた。
「好きな人がそうであっても、わたしはその人を嫌いにはなりません」
「詩音さん、まだこっちにいたんですか」
「もう一回くらい涼み亭に行きたいなあと思って」
帰り際、詩音さんにばったりと出会った。
「未広くんはお買い物かしら?」
「夕飯の買い出しです」
「そうだ、詩音さんにごちそうするってのは」
「まあ、別にいいですけど」
「あら、しおらしい」
「お世話になりっぱなしですからね」
どうせ帰っても誰もいないし、久しぶりに手料理をごちそうするのも悪くないと思ったからだ。他意はない。
ハンバーグつくりましょう、と詩音さんの希望で材料を買い込んで、帰路を急ぐ。
「吸血族に会った感想はどうでしたか」
「うーん、世界は広いなって感じです。まあ私たち以外にもそういう生き物がいて嬉しいかなって。コウモリ以外で」
「やっぱりコウモリって吸うんですか」
「らしいよ」
本当か嘘かわからない風に詩音さんは流す。
「それに、未広くんたちが私達を頼ってくれてよかった」
「だって、吸血鬼って言われちゃ相談するしかないでしょう」
「未広くんも十分詳しいけどね」
「うちは吸血鬼部じゃないです」
すっかり吸血鬼と云えば、みたいな感じになってるけど断じて違う。そもそも吸血鬼のことを新聞に書いたこともないし。書けるわけもない。
「ところで未広くん」
「なんですか」
「……君を吸血鬼にした吸血鬼、当ててあげようか」
ふいに耳打ちしてきた内容は、誰から聞いたのか想像もつかない僕の秘密だった。
「どっから仕入れてきたんですか」
「2人の名誉のために言っておくと、鮫川さんと博人くん以外のどこかです。というか、2人はそれを知らないし。知っているのは私と未広くんだけ」
妙に自信ありげな言葉だった。これで違っていたら笑っていいんだよね。
「じゃあ試しに言ってみてください」
「えーと」
オクターブを下げて詩音さんが挙げた名前は、ドンピシャだった。
「——高津早代、だよね」





