合法的に涼み亭に行けて嬉しい限りです 4
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「印旛はわたしの旧姓なのよ。娘にはわたしの家系の名字を使ってもらってるの」
とりあえず上がって、とあやめさんは僕たち御一行を居間に通してくれて、紅茶とラングドシャを出してくれた。
「まさか彼氏が博人君だとは思わなかった」
「彼女のお母さんにずっと会っていたとは思わなかった」
「ふふ、そりゃそうよね」
さすがの博人も涼み亭の看板娘がお母さんだとは思わなかったらしく、緊張しまくっている。
「お母さんも意地が悪い。わたしが博人くんの名前教えてあげた時に種明かししてくれればよかったのに」
「ふふ」
あやめさんはいじける印旛さんをひらりと交わす。確かに言われてみれば顔立ちは似ているし、母娘と言ってもおかしくない気はした。いまだに信じられないけど。
「相変わらずこんな感じだから安心してくれ、涼み亭にいるつもりで過ごしてくれな」
義治さんは茶目っ気全開のあやめさんに苦笑いする。
「というか2人とも抜けちゃってお店どうしてるんですか」
「美菜ちゃんたちにお願いして来たわ」
だから急なバイトで来れなくなったって言ってたのか美菜ちゃん。
「あやめさん、改めて私吸血鬼の賀川詩音です。色々と話聞かせてください」
「あら、たしかにまだフルネーム聴いてなかった。よろしくね詩音ちゃん、私たちも吸血鬼の親戚みたいなものだから」
吸血鬼の親戚。あやめさんはしれっと言った。
「どうも、茜音さんの彼氏になりました、柏崎博人です」
「うん、知ってる」
「あやめさん、堪忍してくださいよ~」
「ふふふ」
博人をからかって、あやめさんは満足そうだ。そんな様子を見て、今度は榛ちゃん先生が自己紹介する。
「えっと、今年から副担任になりました、日向榛です。まさか涼み亭のお姉さんが印旛さんのお母さんとは」
「こっちも知ってる。千佳子ちゃんによく連れられてきてる子よね」
「はい、これからも絶対通います」
「良きに計らってね」
「頭撫でないでください~」
まるで猫にそうするようにあやめさんが榛ちゃん先生の頭を撫でる。どうやらお気に入りらしい。
「僕は」
「未広くんまで乗っからなくてもいいのよ」
「お約束かと」
ボケを封じられて僕は恥ずかしくなって俯いた。
「さてとまあ前説はこの辺にして、本題と行きましょうか」
そんな僕をよそに、あやめさんは僕たちに向き直った。
「真面目な話をすると、彼氏が君で良かった」
あやめさんは博人を見据えてにっこり笑った。義治さんもサムズアップした。それはおそらく、ずっと彼を見てきているからということと、吸血鬼を知っているからということの二つの意味合いからだろう。
「今からする話は『あやめさんと義治さん』じゃなくて、『印旛茜音の母と父』
としてすることだから、博人くんたちもそのつもりでいてね」
そう前置きして、あやめさんは言葉を続ける。
「まずはひとつお願い。これからも茜音と変わらず一緒にいてあげて欲しいんです」
「当然です」
「良かった。そしてもう一つお願い。茜音がもしかしたら博人くんを襲うかもしれない。その時は、助けてあげて」
それは、そうすることがないと信じてきていた印旛さんにとっては寝耳に水の話だったかもしれない。印旛さんの顔色が一気に変わる。
「何それ、だってお母さん言ったじゃん! そんな心配しなくていいって」
「少なくともわたしたちはそうならなかった。けれど、あなたはそうなるかもしれない。今更だけど、そうならないって保証がわたしにない」
「だったら最初からそう言ってよ! わたしはずっと信じてきてたのに」
「わたしたちは人から血を吸うことはなくて、血だけが必要。わたしは茜音にそう言ったかもしれないけれど、それは思春期じゃなかったから」
「思春期?」
思春期だからなんだというのか、印旛さんはそんな顔をしている。
「思春期みたいな多感な時期に恋をしていたらどうなっていただろう、って。若気の至り、じゃないけれど。何かタガが外れてそんな欲求がわいてくるかもしれない。だけどわたしはそれを保証できない。なぜっていうなら」
あやめさんは少し寂しげにつぶやいた。
「わたしは思春期に恋をしたことがないから」





