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普通の高校生とヴァンパイアの四季  作者: 湯西川川治
冬の話
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甘いものの食べ過ぎでおかしくなりましたか? 4

     4


「うん、やっぱり美味しいですねこのフィナンシェ」

「お気に召したようで」

「未広さんに淹れていただいた紅茶にぴったり」

 閑話休題。少し落ち着きましょうということで、お茶菓子に合う紅茶をご所望のようだったので、勝手にキッチンに合った紅茶を拝借して紅茶を淹れた。お気に入りだったら姉さんごめん。紅茶を入れる腕に自信はないけれど、満足していただけるなら何よりだ。

「その顔は、未だに私を吸血鬼として見ていただいてないですね」

「当たり前ですよね」

 当然のように「信じてくれました?」と言いたげな顔をしている吸血鬼の美女に、僕は呆けたように呟いた。彼女に逆らえないとは思ったけれど、こんな風に呑気にお茶会をしていて変に緊張感がないせいか、改めて彼女の言った言葉を信じ切ることができていない。

「本当に吸血鬼なんですか、あなたは」

「はい、こう見えてもベテランの吸血鬼です」

「そう言われても……」

 煮え切らない心を表すように、僕は言った。

「じゃあ、あなたが吸血鬼という証拠を見せてください」

 うーん、と湯西川さんは考えて、それでは。と肯いた。

「ちょっと失礼いたします」

 そう断ると、吸血鬼は僕の顔に近づいてくる。途端に首に鈍痛が走る。チクリとした痺れに近い痛みを感じて、思わず目をグッと閉じた。

 しかしそれも束の間、痛みは消えていて、開けた目の先には八重歯を生やした湯西川さんがいた。口の端から鮮血をこぼしていた。おそらくそれは彼女のそれではない。


 ——僕は今、吸血鬼に血を吸われたらしい。


 とりあえず、こうやって状況を整理できるんだから、死んではいないようだった。

 湯西川さんは、ぽかんとしている僕を見て、ふふっと小さな笑みをこぼしてからかう様に笑った。

「未広さんの怖がり顔、少しかわいかったですよ」

「注射とか採血とかはあまり得意じゃないので」

「ちょっと血を吸っただけですので、死んだりしませんし吸血鬼になったりしません。そんなに人体に影響はないですよ」

 そんなに、というあやふやな範囲に少し不安を覚えつつ、今すぐ死ぬとかではない保証は得られたらしいので安心する。

「今私が血を吸って、未広さんの寿命は1時間くらい縮まった、と考えてください。吸う血の量で寿命をコントロールできるんです」

 ものすごく怖いことを平然と言えるのがすごいけど、吸血鬼の世界ではそれが普通なんだろうなあと。

「まあ、吸ったら痕跡を消すってことはできませんから、跡が付いてしまうのはご承知おきください」

 手鏡で見せられたそれは、見覚えのあるものだった。吸血鬼に襲われたという美濃部さんにつけられた傷と同じ。

 この人が本当に吸血鬼と云うならば、もしかして僕は依頼1日目にして犯人を見つけてしまったのかもしれない。でも、目の前にいる彼女が見境なく人を襲うような獰猛な吸血鬼には見えない。

「うちの学校で女子生徒が吸血鬼に襲われたんです」

「その犯人が私だって言いたいんですか?」

 試しにカマをかけてみて核心に迫ろうという前に、湯西川さんは僕の言葉に被せるようにそれを突いた。口ごもる僕に、少し冷たい声がもう一つ被さった。

「……私じゃありません」

 彼女は即座に否定をして、訥々と続けた。

「さっきも言った通り、私は未広さんを護るために来ました。人間に危害を加えるために来たわけじゃありません」

 そう語気を強めて言う彼女を一瞬でも疑った自分が馬鹿だったと思いつつ、非礼を詫びた。

「でもまあ、疑われるのも無理ありません。未広さんが私を信じたり得る存在と思っていないわけですし、吸血鬼の話を聞いて初めて会ったそれが私だったんですから」

 僕の心情を理解するように述べて、改めて湯西川さんは僕を見据える。

「人間を襲わない理性は持っていますし、栄養はさっきのパックで補給できます」

 パックがない時のことは、さっきの顛末通りだろう。ということはあのパックは。

「……あれは、血ですか?」

「はい。トマトジュースとかじゃありませんよ」

 淀みなく答える目の前の吸血鬼に、思わずクラっとした。

「献血で集めた血液をあるルートで仕入れて加工していると聞いたことがあります」

 そして聴いてもいないのに聴きたくないことを話す吸血鬼に苦笑いを浮かべた。

「とにかく、アレがあれば私が暴走することはありません」

 それくらいの理性は持っています、と言いたげに湯西川さんは断言した。

「保証はありますか」

「未広さんの学校の生徒さんを襲わなかった、って先ほどのそれだけでは足りませんか」

 僕の気持ちもわかるとは言っていたものの、何度も言わせるな、という意味合いもこもっていたと思う。

「でも、緊急事態のときは少しだけさっきみたいに首を拝借するかもしれません」

「じゃあ緊急事態にならないようにすればいいんですね」

「ご名答。話を分かってくれて何よりです」

 少し話がかみ合って、お互い少し表情が緩んだ。

「ちなみに」

「はい?」

 なんでも質問してください、と胸を張る吸血鬼に、僕は少し失礼な質問をした。

「湯西川さんはおいくつですか?」

「いくつに見えますか?」

「ハタチくらい」

「若く見られて光栄です。けれどもう少しだけ上ですよ。あ、アラサーではありません」

 湯西川さんがいうアラサーの基準が分からないけど、たぶん21から25の間くらいなことはわかった。にしても、年頃の女性に年齢の話を聞くと良くないというのは仕様だけど、湯西川さんは何一つ嫌な顔をしなかった。

「でも今は設定上高校2年生です。まかり通るかはわかりませんが」

「それってどういう」

「未広さんと同じ高校に一緒に通わせていただきます。南柄高校の2年3組ですよね」

 しっかりと僕のクラスまで下調べしている吸血鬼。何者だこの人。

「私だってまだ制服着ても間に合う蔵だと思ってますし、未広さんのお側で護らせていただきます」

 自信満々にまた胸を張った吸血鬼の制服姿を想像して首を振った僕を、なぜか温かい目で見守っている湯西川さん。

「さて一通り話は終わりました」

 と一息ついて、にっこりと微笑みながら続けた。


「あ、未広さん。私のことは湯西川さん、ではなく、牧穂さん、とお呼びください」


 かくして僕は、吸血鬼の美少女と同居することになったのだった。


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