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普通の高校生とヴァンパイアの四季  作者: 湯西川川治
春の話
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美しいに菜の花の菜で 三

     三


 あれは春日井先輩だった。

 声をかけようか迷って、なぜだか先輩から見えないところに隠れてしまった。

「よ、未広」

「博人も購買帰り?」

「今日はコンビニ帰り」

 博人、と呼ばれた男子生徒は、ビニールの袋を胸に抱えていた。春日井先輩は『お昼だお昼ー』と言いながら、自分の持っていた袋を開け始めた。多分購買で勝ってきたメロンパンだ。2人は近くのベンチに座って、お昼ご飯を食べ始めた。わたしはどうしようかなあ、お腹空いたなあ、とか思いながら、どうせ今購買に行っても大したものが残っていないはずだっていうのは入学して何日間で学んだから、2人の様子を見ていることにした。

「サッカー部はどう、新入部員」

「うちはイレブンこそできないけど、フットサルならできる人数が入った」

「うらやましい」

「その言い方だと、新聞部はボウズっぽいな」

「全然釣れないよ。ひとり興味を示してくれた、というか新聞を読んでくれた子はいるんだけど」

「その子を誘わなかったのか?」

「強制する必要はないからね」

「そんな控えめだから部員集まらないんだぞ」

「かもね。まあ、ひとりぼっちならそれでいいよ。気楽でいいからね」

「まったく、部員4月中に一人でも入らないと廃部だってあれほど言われてるのに」

「そんな心配してくれるんだったら、新聞部に入ってくれるかい?」

「入りたいのは山々だけどさ、サッカー部は兼部ダメなんだよ」

「その気持ちだけでもありがたいよ」

「どうも」

 廃部。その言葉を聴いて少し心がざわついた。そんなこと春日井先輩は言ってなかった。でも別にだからってわたしが入る義務はないんだろうけど、なんか少しすっきりしない。

 新入生歓迎号を思い出す。それなのに、春日井先輩は部員募集の枠を削ってまで新入生のためにあれを書いたのだと思うと、素直に尊敬する。本当だったらでっかく一面使って部員を募集してもいいはずなのに。

「美菜、こんなところで何やってるの」

 後ろからいきなり声をかけられて、飛び上がってしまった。

「なんだ、椎香か」

「なんだって、こんなところでコソコソしてるの」

「え、いや、購買でパンが買えなくて途方に暮れてたんだよ」

「はい、私が買ってきたやつあげるよ」

 椎香。わたしの親友の影森椎香かげもり しいかは、わたしにパンの袋を出してくる。メロンパン、クリームパン、焼きそばパン、コロッケパンとより取り見取りだ。

「よく買ってこれたね」

「コツを覚えたからもう怖くない」

 椎香はそう胸を張る。この親友の心意気は数日間一緒にいただけだけど、すごいと思った。

「あのベンチで食べよう」

 椎香が指さしたのは、さっきまで春日井先輩たちが座っていたベンチで、ってあれ?

「いない」

「誰が?」

「ううん、なんでもない」

 わたしは誤魔化して、椎香と一緒にベンチに座った。椎香の持っている袋の中からコロッケパンを取り出して、口に頬張る。購買のコロッケパン美味しいんだよね。そんなわたしを満足げに見た椎香は焼きそばパンを頬張って、やがて部活トークに花を咲かす。

「美菜、料理部に入るの?」

「そのつもり」

「美菜なら将来パティシエとかになれそう」

「それは言い過ぎ」

 椎香に褒められて嬉しいけれど、そんなに自信過剰ではない。ケーキくらいなら焼けるけど、パフェとか飴細工とかは作れないし。

「そういう椎香は部活どうするの?」

「私はとりあえず帰宅部かなあ」

 中学の頃もそうだったし、今更やりたい部活もないし。っていう具合だ。

「頑張ってるみんなを見守る部活」

「帰宅部ってそういうんだっけ」

「見てるのも楽しいもの」

 椎香はそうやって小さく笑った。

「だから、美菜が楽しんでいるところを見せて」

「わかった」

 椎香の期待に応えられるかな、と思いつつ、わたしはメロンパンに手を伸ばした。


 放課後、家庭科室へ向かう途中で、ちょうど料理部の部長さんと出くわした。

「あ、えーと」

「北砂冴里。サリー先輩でいいよ」

 いきなりあだ名で呼ぶのもどうかと思ったけれど、なんか可愛いからそうさせてもらうことにする。

「サリー先輩はこれから部活ですか?」

「うん、ちょうど部室へ行こうかなって。七山ちゃんも?」

「はい。入部届を書いてきたので」

「わーい! 七山ちゃんが来てくれるなら百人力だよ」

「そんな期待しすぎないでくださいね」

「何言ってるの、美味しかったよ肉じゃが」

 仮入部の時に料理を作ってと言われて作ってみたら部員のみんなから大好評で、部長からの評価もすでに高いという感じだ。嬉しいんですけど、最初から期待値高すぎてもっていうか。

「でも、その割には少しすっきりしない顔をしてる」

「そう、ですか」

「うーん、七山ちゃんはどっかと部活を迷ってる。でも心配いらないよ、うちは兼部も大丈夫だし、正直に言ってみなさい」

 ほら、かつ丼でも食べて吐いて吐いて、となぜだかカツサンドを一つ渡された。なんで持ってるんですか。なぜだかサリー先輩にはわたしの逡巡がお見通しで、この雰囲気だと言わないと次の話に進まなさそうなので、正直に話すことにした。

「新聞部」

「新聞部……春日井くんのところだ!」

「お知り合いだったんですか」

「うん、去年のクラスメイト。今年は離れちゃったけど、結構仲良くしてたのよ」

 春日井先輩の名前が出てきてびっくりした。

「春日井くんなら、信頼していいと思うよ」

 そして、全幅の信頼を置いているかのような口調でサリー先輩は言った。

「うん決めた。七山ちゃんはうちの部のアドバイザー。来たいときに来ていいよ」

「……アドバイザー?」

「部員だけど、特に毎日来いってわけでもない、という感じかな。本籍は新聞部に置いて」

「待ってください、わたし特に新聞部に入るってわけでは」

「これも何かの縁だし、せっかくだから春日井くんのそばで見守ってあげて欲しいなあ、って」

 これは私の個人的なお願い、と付け加えた。そのサリー先輩の横顔は、少し寂しそうで。

「本当は私が新聞部に入ってもいいんだけど、なんか違うなあって。ほら、料理部の部長でもあるし。だから、春日井くんと一緒にいてくれる人が一人でもいればいいなあって思ってたの」

 まるで寂しいと死んじゃううさぎみたいな言い方をしてるのは置いておいて、わたしは桜の下でたたずむ春日井先輩の姿を思い出していた。わたしは『儚い』と表現したけれど、別の意味で言えば『脆い』存在だった。そしてそんな春日井先輩の姿を、忘れることができない自分がいた。だから、わたしは本当にすっきりしなかったんだ。

「何があったか、はサリー先輩からは話してくれなさそうですね」

「私には話せないよ。春日井くんから話してくれるかどうかもわからないけど」

 それじゃあどうにもならないです。

「だから、話してくれる存在になってあげて欲しいなって」

 サリー先輩はそうわたしにお願いした。なれるのかなあ。

「大丈夫だって、七山ちゃんと春日井くん、お似合いの予感がするから」

 そしてどこから出てくるのかわからない自信に満ちた表情でわたしを促すのだった。


 サリー先輩に聞いた新聞部部室は社会科準備室らしい。ノックしてドアを開けると、ノートパソコンの前に座っている春日井先輩がいた。わたしに気が付くと、タップするのをやめてこっちを向いた。

「七山さん」

「こんにちは、春日井先輩」

 わたしは挨拶をして、そのまま宣言した。

「わたし、新聞部に入部します」

 それはまるで一世一代の告白のように、しかしスルリと、わたしの口をついた。

 キョトンとした表情で春日井先輩はわたしを見つめている。廃部寸前の乗りかかった泥舟に乗る新入生のしかも女子を不思議そうに。

 恋愛感情とかじゃない。今はまだ、なのかもしれないけれど。

 でも、春日井先輩と一緒にいれば、きっと、楽しい学校生活が送れると思った。

 その気持ちに間違いはなかったから。

「よろしくお願いします、未広先輩」

 そう呼んだのは、わたしなりの覚悟だったのかもしれない。


「今回はあの仕掛け、やりませんでしたね」

「やりたければやってもよかったんだよ」

 未広先輩はしれっとそう言う。実際は少し考えたんだけれど、多分引っかかる人はわたしぐらいしかいないだろうと思ってやめたのだった。

「よし、これであとは読んでくれる人を待つだけ」

「自信作ですから、本当だったら全校生徒に配るくらいしても良かったんですよ」

「それはもっと規模が大きくなってから」

 4月に一人でも部員が入らなければ廃部。それはわたしが入部して去年はクリアされたけど、今年もそれは続いている。もう一つの条件である毎週の新聞発行は大丈夫だから、後は部員が入ってくれるだけ。

「でも、わたしみたいな物好きがいなきゃっていうのに、今年も『新入部員募集中』はスペースの都合上でちっちゃいし」

「しょうがないよ。その時は料理部に美菜ちゃんもろとも引き取ってもらう」

「確かに先輩も料理できるから問題はないですけど。って大問題です!」

 この先輩は楽観的すぎる。本当に新聞部なくなっちゃいそうだなあ。

 部室に帰って、ほっと一息つく。忙しかったのもようやく終わった。本当にあとは新入部員を獲得するだけだ。

「あのー」

 女子生徒はこう言うのだった。

「私、新聞部に入部したいんですけど」


     〇


 ――新聞部に入ってよかったですか?

 未広先輩との対談形式でまとめた編集後記。未広先輩は不意にそう聴いてきた。

「んー、どうでしょうね」

 わたしはなんか気恥ずかしくて、どこぞの野球の監督のような返答でごまかしておいたけれど、今から改稿ができるんだったら、こうしてもらいたい。

「わたしは、新聞部に入ってよかったと思います」


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