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普通の高校生とヴァンパイアの四季  作者: 湯西川川治
冬の話
40/226

わたしたち遊んでるんじゃないんですが 五

     五


『やっと算段が付いた。課題をクリアできた暁には通知が取り消されることになった』

 幕張さんからの電話のお役所的な言葉の意味はつまり、令奈先輩を助けてくれるということだった。栄恵先輩の家で感動の再会を果たしている牧穂先輩と令奈先輩を待っている間、未広先輩に幕張さんからの電話が入ったのだった。

「わかりましたありがとうございます。けれどその課題って何なんですか」

『詩音くんから当日まで絶対に内緒だと言われたからここでは言えない』

 相変わらず詩音さんは課題の概要を明かしてくれないらしく、未広先輩は予習しようもなくって泡を食っている感じだった。


 ともあれ課題当日。天気は雪だった。

 舞台は、先生たちにあれほど立ち入りをやめろと言われてきた珠倉山の中腹だった。

 課題を受ける先輩方と、課題を出す詩音さん。それと幕張さん、牧穂さん、わたしがいた。栄恵先輩と柏崎先輩は、それぞれ生徒会とサッカー部の行事で来られないらしいから、しっかりと未広を頼むよ、と託されてしまった。といっても、何の課題をやるかもいまだにわからないしなんていったらいいんだろう。

「寒い」

 課題の監督官を務める詩音さんが一番寒そうで、厚着のコートを着ているのにブルブル震えていた。確かに珠倉山はなんだか平地に比べて寒い気がする。体感でマイナス5度くらいはありそうです。

「吸血鬼は寒がりなんだよ」

「牧穂先輩全然そんなんじゃないんですけど」

「牧ちゃんは特異体質なの」

 言い訳にしては苦しいことをのたまいながら、相変わらず寒い寒いと震えている。

「未広くん、令奈くん、良く2人とも集まってくれた。感謝する」

 幕張さんが頭を下げると、2人はいやいや、と揃って胸の前で手を振る。

「令奈を助けられるんだったらお安い御用ですよ」

 未広先輩のその言葉に少し嫉妬を覚えつつ、令奈さんを見る。その顔が真剣で、すこし何とも言えない気持ちになる。

「もう2人には課題は伝えてあるんですか」

「ああ、さっき詩音くんから……詩音くん、そろそろ始めるぞ」

 相変わらず寒々とした様子の詩音さんは、牧穂先輩からカイロを奪い取って暖を取っていた。それで少し何とかなったのか、未広先輩と令奈先輩に向き合って、宣言する。

「それでは、課題を執り行います。未広君、令奈ちゃん、準備は良いかな」

 2人は、たがいに頷き合って、OKマークを作った。

「じゃあ、第一の課題、始めてください」

 詩音さんが始まりを告げる。未広先輩と令奈先輩は2人して、珠倉山の向こうへと足を進めていく。そんな先輩の背中に、わたしはポツリと声をかけた。

「先輩、あの……」

振り向いた未広先輩と目を合わせては逸らしを繰り返すわたしを、先輩は猫にそうするように撫でた。

「いってきます、美菜ちゃん」

 笑顔で山の向こうに向かっていく先輩たちを送り出して、姿が見えなくなったところでわたしは座り込んで唸った。どうして素でああいうことするかなあ先輩は……

「うらやましいことですね」

「一緒に住んでる人には言われたくありません」

「大丈夫です、何もしてませんから」

「何かしてたらさすがのわたしだって怒りますよ!」

 ずるい。いや、いやらしい。いかがわしい。

「ちなみに結局今日の課題っていうのは」

「ある意味心理テストみたいなものだ」

「……わたしたち遊んでるんじゃないんですが」

「美菜さん落ち着いて」

 一瞬、煙草を悠々と吹かしている幕張さんに飛び掛かりそうになったけど、牧穂先輩が押さえてくれた。代わりに、詩音さんが最初の課題を説明してくれた。こちらも煙草を吸いながら。

「一つ目は、山のほこらにある勾玉を取ってくること」

「勾玉?」

「上からの指示だ」

 その『上』というのは未広先輩が言ってた、統括官だか総括官だかその上の総裁かは知らないけれど、とにかく幕張さんと詩音さんよりも上の役職の人の言うことらしい。

「ほこらって、前に少しだけ行ったことがあります」

 わたしがそういうと、幕張さんはこっちを見た。

「この山に出禁になった時、山のほこらの調査をしていたんです。なんでも恋愛成就の御守り的なものがあるから調べてきてくれ、って言われちゃいまして。結局なかったんですけど」

 新聞部に珍しく舞い込んできた案件を、未広先輩が今回の吸血鬼騒動みたいに安請け合いするものだから。すごく困ってる様子だったから、ってそりゃ気持ちわかりますけど。

「その時、何かおかしなことになって遭難したのか」

「いや、一瞬自分たちのいる場所がフワッとした感覚になって、それから方角を見失ってしまいました。スマホのコンパスも地図も役に立たなくて、立ち尽くしてしまいました」

「うーん、未広さんはともかく美菜さんまでそんな状態になるとは」

「絶対帰れる自信があったんです。そんなに険しい山でもありませんし。でも、その時は何もできなくなってしまいそうで、わたしも未広先輩も正直怖かったんです」

 あの時の気味悪い感覚は、今ほこらにいなくても忘れることができない。だから、先生たちに止められていなかったとしてもあまり行きたくなかったのが本音。未広先輩はどうなのか知らないけれど。

 なんて遭難の時の話をしていると、さっき消えていった未広先輩と令奈先輩の姿が目の前にあってビックリした。

「ただいまー」

「えっ」

 早い。一同が目を丸くして2人の帰りを迎えた。

「もう帰ってきたんですか先輩方」

「うん、ほこらの前に置いてあってすぐに帰ってこれた」

「すごく簡単だった」

 思わずわたしは詩音さんを見る。

「いや、仕組んでない!」

 詩音さんもこんなに早く課題を終えて帰ってくるとは思いもしなかったらしく、泡を食っている。最初からほこらに勾玉を置いてあるっていうオチかと思ったけど、よくよく考えると

「また迷っちゃうかも、って未広ちゃんがすごく心配そうにしてたけど、特にほこらの前に立っても何もなかったよ」

 じゃあわたしたちのあの経験はなんだったんだろう。

「これですよね、詩音さん」

 未広先輩が詩音さんに手渡したのは、緑色の勾玉だった。

「そうこれ! よくやったね」

「これが何に必要なんですか」

「上の指令。とにかくなんか必要なんだって、これが」

 詩音さんも何に必要かまではわかっていないらしくて、物珍しそうにそれを見ている。

「1つ目の課題、クリアだね」

 令奈先輩が笑顔を見せた。それを見て詩音さんは小さく息を吐いて、宣言した。

「それじゃあ、第2の課題です」


 2つ目の課題は、幕張さんが言っていた『心理テスト』だった。珠倉山から降りて、別会場へと場所を移した。

「どうなってるんですかこれ」

 わたしたちからは未広先輩と令奈先輩が見える。けれど、未広先輩と令奈先輩はお互いが見えないし、わたしたちが見えないらしい。

「特殊なマジックミラーになってます。お互いの質問と回答は聞こえないようになってます。相談しようと思ったって無駄ってやつですね」

「よくもこんなセット用意できましたねえ」

「予算スッカラカン。牧ちゃんのポケットマネーから少し補填を」

「なっ、聴いてませんよそれは!」

「いいから早く始めてくださいっていうんですよ」

 咳払いをしてから、詩音さんはモニターに向かって呼びかける。

「2人ともー、聴こえてますか? 聞こえてたらサムズアップ願います」

 呼びかけに応じて2人ともそうしたので、詩音さんは先を進めた。

「今から問う事柄については、自分の正直な気持ちを答えてください。嘘をついてもいいですが、決していい結果にはならないと思います」

 詩音さんは、機械的な声でそう告げた。

 さて、どんな質問をするのだろう。

 ……って。

 しょっぱなから何て質問をしてるんですか詩音さん!


「——春日井未広さん、あなたは高津令奈さんのことが好きですか?」


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