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普通の高校生とヴァンパイアの四季  作者: 湯西川川治
冬の話
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甘いものの食べ過ぎでおかしくなりましたか? 3

    3


「落ち着きましたか」

「はい、だいぶ戻ってきました。ありがとうございます」

 リビングで休んでもらっていた行き倒れの女性は正気を取り戻していた。口調もはっきりしていて、受け答えも問題なかった。

「とりあえずコーヒー淹れました。あったまってください」

 手に持つマグカップから湯気が昇る。彼女に手渡したところで、一つ疑問が浮かぶ。

「コーヒー、砂糖とミルクは要りますか?」

「いえ、ブラック派ですから」

 そう言って彼女は僕からマグカップを受け取って、コーヒーを一口飲んだ。所作が大人だなあ、と思った。見た目は大学生の僕の姉さんみたいな感じなのに。

「すみません、驚かせてしまって。人様の家の前で行き倒れていた、だなんて恥ずかしい限りです」

「いやいや、こうしてコーヒーを飲めてるんだから大丈夫ですって」

 シュンとする彼女にフォローの言葉をかける。聴くべきだろう一般的な疑問をぶつけてみた。

「それにしても、どうしてうちの前で力尽きてたんですか」

「未広さんを訪ねてきたのですが、電池切れになってしまって」

「僕を? っていうかどうして僕の名前を?」

 誰かを訪ねてきて、というのは一般的な答えだけど、いきなり僕の知らない人から僕の名前が出てきたので驚いた。思わず問い返したけれども、彼女はその質問に答えずに、本当に危ないところでした、と重ねて感謝された。

「湯西川牧穂と申します」

「僕は春日井未広です」

 そしてぺこりと頭を下げる姿に、僕も恐縮してそうした。

「未来の未に広い、で未広さんですよね」

「正解です。って、僕とあなた、どこかで会ったことありましたっけ」

「いや、初対面ですよ」

 どっから僕の情報が洩れているのか。もしかしたら知り合いから聞いたのかもしれない。知り合いの知り合いというやつだ。

「それで、どうして僕を訪ねてきたんですか?」

 彼女は、忘れてました、みたいな表情を浮かべて僕に向き直った。そして腰掛けていたソファーから立ち上がったと思えば床に跪いて、三つ指を立てて深々と頭を下げた。

「私をここに置いてください、未広さん」

「……はい?」

 今何と言いましたかこの和服美人は。

「あの、それは、えーと」

 慌てるあまり語彙力を失ってたどたどしくなる相槌に、彼女は続ける。

「——私、吸血鬼なんです」

「……え?」

 人間2連続で突拍子もないことを見聞きすると、固まるものだなと思った。そんな僕の様子を気にすることもなく、湯西川牧穂さんは僕に告げた。

「未広さんの血を狙っている吸血鬼がいるので、あなたを護りに来ました」


 ちょっと待ってください、としばらくシンキングタイムをもらって、僕は頭を抱えた。

 今この人、なんて言ったんですか。

 まさに僕が今調べていた「吸血鬼」という存在。そう名乗る張本人が、なぜか僕の目の前にいる。それは僕が想像していたファンタジーなものではなく、人間の姿をしている。人間にしか見えない。この状況で何で頭を抱えずにはいられないのか。

 ——この女性が、血を好み、血を愛し、血を吸う。そんな吸血鬼だっていうのか。

 僕の頭は一瞬でオーバーヒート寸前になってしまった。

「未広さん、未広さん」

 そんな絶賛沸騰中で背中を向けて頭を抱えている僕の背中に、湯西川さんの声がかかる。なぜだか少しテンションが高めだったけど、次の言葉でその訳が分かった。

「そのお菓子、頂いてもいいですか」

「はい」

「それでは、遠慮なく」

 机の上に置いてあったフィナンシェに手を伸ばして、包み紙を破って頬張る。女の子は甘いものに目がないんです、とはよく言ったものの、吸血鬼の女子も甘いものが好きらしい。少し安心した。って。

「そうじゃなくて! あなたさっき吸血鬼って言いました?」

「はい」

「ドラキュラ? バンパイア?」

 うんうん、と頷いて肯定して見せる自称吸血鬼。

「このフィナンシェ美味しいですね」

「姉が海外に行くからって、近所の人がくれたんですよ……だからそうじゃなくって!」

 この人は僕の反応を面白がっているのか、はたまた天然なのか、それともフィナンシェが美味しくて頬を緩ませているだけなのか知らないけれど、浮足立つ僕の顔を見ながら笑っている。

「そうですよ、私は吸血鬼です。あなたが想像している吸血鬼さんとはちょっと違うと思いますけど、確かに吸血鬼っていう存在と思っていただいて結構ですよ」

 引き続き吸血鬼という言葉をごく普通に口にする様子からすると、彼女が嘘をついていないことはわかった。嘘をつくようには見えない。

「吸血鬼ってことは、その」

「ええ、血も吸います」

 彼女は“も”と言った。

「吸血鬼は吸血するだけじゃなくて、普通に食事もします。こうやってフィナンシェを食べて美味しいって言いますし、タピオカミルクティーに舌鼓も打ちます」

 いわゆる普通の女子だと言いたいらしい。けれど、合点は行く。

「世間でいう吸血鬼って、さっき未広さんが言ったようなバンパイアとかそういう存在だと思います。けれど、実際はこんな感じです」

 吸血鬼は人々の創作の産物だと思う、っていうのは図書館で思ったことだけれど、まさか普通に人間の姿をしているだなんていうのは想像が及ばない。そもそも存在自体が現実だとは思わなかったんだけど。

「もっとコウモリみたいな姿をしていた方が良かったのかもしれませんけどね」

 湯西川さんは、そうおどけて見せた。

「そうじゃなきゃ、あなたを護れないかもしれませんですし」

「そう、僕の血を狙っている吸血鬼がいるって」

「言葉の通りです」

 湯西川さんはただそう肯定した。イコール、僕の血を吸おうとしている吸血鬼がいるということ。そして目の前の彼女は、それから僕を救おうとしている吸血鬼。どう見ても美少女にしか見えないけれど。

「狙われるようなことは何もしてないつもりなんですが」

「私も、未広さんが狙われることをしているとは思えないんですよね」

 あなたがそれを言ってしまっては真実がますますわからないんだけどなあ。

「むしろ品行方正というか。失うものを失っても、その分しっかりと生きていると思うので」

 その言い方は、まるで僕のことを見透かしているようだった。主語はないけれど、きっとこの人はわかっているような言い草だった。

「……僕のことどこまで知っているんですか」

 思わず訝しげに尋ねた僕に、湯西川さんは涼しい顔で笑った。

「秘密です。とにかく、私に護られることが今は最善の選択だと思うので、黙って護られてしまってくださいね」

 この人には逆らえないと思った。

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