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普通の高校生とヴァンパイアの四季  作者: 湯西川川治
冬の話
36/226

わたしたち遊んでるんじゃないんですが 1

    1


「遊びに来ちゃ悪いですか?」

 美菜ちゃんが我が家に訪れたのは、幕張さんたちと話をしてから3日後のことだった。

「いや、別にいいんだけど何しに来たのかなと思って」

「牧穂先輩がいなくて寂しいかな、と思いまして」

 そう云い張って、ローファーを脱いでするりと玄関で立ち尽くしている僕の横をすり抜けていく。というかなんで制服姿。今日日曜日だって。

 我に返ってリビングへと行くと、美菜ちゃんは猫みたいにこたつに潜り込んでいた。

「寒かったですからこたつが温いです」

「制服しわになるよ」

「いいんですよー。あったかいんですし」

 全然理由になっていない気がするんだけど、美菜ちゃんがそういうならそれでよしとする。

「それに、そろそろ牧穂先輩帰ってくる頃でしょうし」

 本当の理由はそっちか。

「お世話になってる先輩の帰りを待たないなんて、わたしはそんな薄情な後輩じゃありません」

 美菜ちゃんはそう言ってまたこたつへと体をうずめた。牧穂さんは詩音さんたちから真実を告げられるべく、吸血鬼界へと帰省している。少し興味本位もあって一緒についていきますって言ったら、人間禁制です、と詩音さんにごまかされた。

「……それに、未広先輩のことも心配でしたし」

「僕のこと?」

「な、なんでもありません。こたつにみかんはつきものですからさっさと持ってきてください」

 美菜ちゃんは赤くなりながら今度は顔までこたつにうずめる。絶対暑いって。

 言付けの通りにキッチンへみかんを取りに行くと、美菜ちゃんが見えなくなったところで大きく息を吐く声が聞こえた。よく頑張った。こないだ牧穂さんが買ってきた箱のみかんの中から、美味しそうなものを見繕っていく。

 結局、この間は甘味を楽しむ会になってしまった。令奈から本当のことは聞けなかったし、詩音さんが牧穂さんの記憶を開放することもなかった。本当にただお汁粉とかあんみつを食べる会だ。僕と令奈が挑む『課題』というのも当日発表という形で教えてくれなかった。

「吸血鬼ってのんきなのかなあ」

 ボヤいてみれども、当の本人たちは自分たちの世界に帰ってしまっている。

 今度は大きくため息をついたところで、鍵が開く音がして、僕は玄関に飛び出していった。ちょうどそうしていた美菜ちゃんと顔を見合わせる。

 ドアが開いて顔を現したのは、心労でやせ細った、というわけでもなくいつも通りの顔色の牧穂さんだった。

「牧穂さん、おかえりなさい」

 2人揃って挨拶をすると、牧穂さんは一瞬目を丸くした。そして必死に顔をゆがめないようにと頑張った。涙がこぼれそうなのを必死に抑えている。

「未広さん、美菜さん、私、よくここに帰ってこれました」

 牧穂さんは、震える声でそう言った。そして、手に持っていたネギが飛び出しているビニール袋を胸の前に掲げて、笑顔を浮かべた。

「とりあえず湯豆腐でも食べましょう。美菜さん、ちょっと手伝っていただいていいですか?」


 キッチンでビニール袋からネギを取り出した美菜ちゃんは感嘆の声を上げた。

「わあ、いいネギですねこれ」

「八百屋の奥さんべた褒めです」

「うーん、こんなにいいネギだったら鴨鍋にでもしちゃいたいですね」

「今から鴨獲ってくればいいんですね」

 牧穂さんそれは無茶だ。それくらいおちゃのこさいさい、みたいな言い方してるけど。

「未広さんは座っててくださいねー。たまには女子同士で料理したいもので」

「こたつにでも入っててください。わたしがさっきまで入ってたからぬくもりはありますよ」

 女子2人にキッチンから追い出されて、こたつに入る。あったかいや。

 ——多分、僕の前では泣きたくないんだろうな。

 そう勝手に解釈して、僕は少しこたつで眠ることにした。


「それじゃあ、一度こっちに来てるんですね」

「はい。未広さんのこと、令奈ちゃんから聞いていました」

「どんな風に言ってました、令奈」

「あー、いや」

 僕の問いに、牧穂さんは美菜ちゃんをチラリと見て、口ごもる。

「わたしのことは気にしないでください。別に未広先輩が何と言われようとかまいませんから」

 ひどい。

「うーん、昔風の言葉でいうと『お慕いしています』みたいな感じですかねえ」

「良かったじゃないですか先輩、モテモテですね」

「美菜ちゃん少し黙って」

 湯豆腐を囲んだ後、牧穂さんは僕たちに思い出した本当のことを話してくれた。

 生前、偶然知り合いになった牧穂さんは令奈とよく遊んでいたらしい。そう言えば、そのころ少し新聞部の出席率が悪かったりした覚えがおぼろげにあるのはそのせいか。

「吸血鬼のことは明かしませんでした。学校のこと、新聞部のこと、お慕いしている人のこと、いろんなことを令奈ちゃんは話して、私は普通のお姉さんとしてそれを聞きながら笑いました。珠倉山の入り口にベンチがあるじゃないですか。あそこでみんなが帰るまでずっと。楽しかったんですよ、すごく」

 牧穂さんの思い出し笑いからして、本当に楽しかったんだなあ、とうかがえる。けれど、次の言葉を語るときには、その笑顔はスッと消えていた。

「でも、ある時私は命じられました。それは『高津令奈を吸血鬼にすること』でした。私に拒否権はありません。拒否権がある詩音ちゃんも、自分たちの地区に対する血液の供給を止められかけていたので、何も言えませんでした。私は理由も聞かされず、令奈ちゃんを吸血鬼にして、記憶を消されました」

 牧穂さんが悔しげな顔をして、続いて悲しげにつぶやいた。


「……でも、何で死んじゃったんでしょう」


 本当に無念のつぶやきだった。僕以上に、牧穂さんは悔しくてたまらないんだということが分かって、僕以上にそうやって思ってくれている人がいると知って、僕は泣きそうだった。

「令奈ちゃんが自分から死んだわけは私にはわかりません。吸血鬼にはしましたけれど、寿命を縮めたわけではありません。けれど、おそらく想像するに、諦めと悔しさだったんだと思いますでしょう」

「どうして言ってくれなかったんでしょうね、令奈は」

「言えるわけないと思いますよ。大好きな人に」

 美菜ちゃんが断じた。

「自分が吸血鬼になるなんて、誰にも言えるわけない」

「美菜ちゃんがそうだったら、そう?」

「はい」

「そっか」

「妙にあっさり引き下がるんですね」

「いや、女の子の意見は貴重ですから」

「バカにしてませんか先輩」

「まあまあ2人とも」

 牧穂さんが発火寸前の僕たちをとりなして、話を進める。

「吸血鬼になった後には、詩音ちゃんの記憶操作でこの事は封じられていました。だから、令奈ちゃんにとっては偶然死んで吸血鬼になった、という感覚です。でも」

 まるで探偵のように顎に手を当てて、牧穂さんは疑問を口にした。

「でも不思議なのは、令奈ちゃんが先にこの真実を知っていたということです。詩音ちゃんは令奈ちゃんにも記憶操作をしています。そして『わたしは解除していないよ』って言っています。だから、詩音ちゃん以外にもそれが出来る吸血鬼がいて、任意のタイミングでそれをしたってことなんですよ。それが誰なのかはわかりません。そして、どうして『高津令奈でなければいけなかったのか』も。幕張さんと一緒に調べるって詩音ちゃんは言っていたので、そっちはお任せです」

 嫌がらせというほどに思い出させるメリットはあると思えないし、詩音さん以外の誰かがこの件に絡んでいることになる。忘れていたままのことを思い出させて、しかも幼なじみを吸血鬼にしようとたくらんだ人がいる?

「うーん、利害が一致しそうでしない案件ですね」

 美菜ちゃんの頭がオーバーヒート寸前なのはわかった。

「明日、皆さんの力を借りてちょっと整理してみる必要がありそうです」

 栄恵と博人、千佳子先生もいれば何かわかってくるだろう。

「これが私の『思い出した』記憶です」

 一息ついて、牧穂さんは床に膝をついた。そしてそのまま、手を前についた。

「未広さん」

 そうして欲しくはなかった。けれど、そうしなきゃ牧穂さんの気は済まないだろうから、僕は何も言わなかったし、美菜ちゃんも止めることはしなかった。


「令奈ちゃんを吸血鬼にしてしまって、ごめんなさい」


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