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普通の高校生とヴァンパイアの四季  作者: 湯西川川治
冬の話
34/226

やむを得ない事情 1

     1


「詩音くんか」

「どうも、お邪魔しています」

 ちょうど煙草に火をつけてひとまず吹かしていると、煙の向こうに女性が立っていた。

「君も吸うか」

「せっかく止めたんですから、意地悪を言わないでください」

 そんな詩音くんに煙草の箱を差し出すと、彼女は少し頬を膨らませてそう言った。女性にしては珍しく喫煙仲間だった彼女も、今では禁煙に成功している。喫煙人口が減ってきているのは人の世界でも吸血鬼の世界でも同じだ。

「ですが」

「また吸いたいくらいに悪いお話です」

 前置いた上で低い声で言った詩音くんは、今度は俺の差し出した煙草を手に取って咥える。言葉通り、世間話をしに来たわけではないらしい。

「いいのか」

「吸わなければどうにもならない時もあります。それに、幕張さんの前ですから」

 ライターで火をつけると、詩音くんは煙をふかす。久々の煙草に少しくらくらするのか顔がゆがんだ。

「幕張さん、見た目の割には軽いのを吸ってますよね」

「重ければいいってもんじゃない」

「吸えればいい」

「そういうことだ」

 同じ所属だったときは、こんな風によく一緒に吸ったものだ。詩音くんは俺よりも強い銘柄を選んでいるから、これだと物足りないだろう。

「さて、君が禁煙を破るくらいに悪い話を聞こうじゃないか」

 詩音くんは虚空に煙を大きく吐いた後、一枚の紙を差し出してきた。

「通知か」

 人間界でいう公務員が良く作るような右上に四角い印鑑が押してある文章。俺たちの世界の地区業務でもそれに倣ってよく使われている。内容を確認すると、

「……どういうことだ」

 俺はそれを思わず握りつぶすかと思った。

「君はこれに決裁を下したのか」

「やったのは前の地区長です。私が決裁権者なら、こんな真似許すはずがないでしょう」

 詩音くんは、心外な、という表情を見せて、続ける。

「しかも、新地区長権限で取消そうとしたら『上がやめろ』と言っているって妨害されました。前地区長は飛ばされてその先で行方不明だし。幕張さん、これってどういうことなんですか」

 俺に聞かれても、とは思ったが、確かに不可解なことだった。地区長権限に差異はないはずだ。前地区長の施策を変更することなど多々あること。それが出来ないというのは異常事態だった。

「私には、上の考えることがよくわかりません。彼女を選んだことには異議はありません。しかし、どうして彼なんですか」

 冷静に見えて、言葉は震えていた。彼女のここまでの怒りを初めて見たかもしれない。

「どうして幼馴染を吸血鬼にするような真似をするんですか。それのどこが法律の『やむを得ない事情』に当たるっていうんですか。法制部の目は節穴ですか。こんなんだったらいつだって誰だって吸血鬼にできるっていうんですよ」

 捲し立てる詩音くん。これも直談判済みだとのことだったが、法制部の判断はシロ。

「なんて、私には言う資格ないんですけどね。そもそもお前が吸血鬼にするっていう決裁を下したんだから、ってことでしょうかね」

 自嘲気味に詩音くんは笑う。以前、彼女が西地区の上官として、高津令奈を吸血鬼にすることについて決裁をした。もちろん上からの命令だ。彼女も抵抗したらしい。しかし、血液の供給を引き合いに出されては何も言えなかった。

「それは、煙草も吸いたくなる事態だな」

 一通り吐き出させて、ふと考える。前回にも今回にも共通しているのは『生前の人間を吸血鬼にする行為』だ。吸血鬼基本法第六条で原則禁じられている行為を、なぜ。こう立て続けに詩音くんに委ねようとする。そうさせる上の存在が暗躍しているらしいが、それはいったい誰だ。

「上とは誰なんだ?」

「元上司の地区統括監に聴いてみたんです。俺よりももっと上からのトップダウンだって」

 つまりそれは。

「多分、総裁案件です」

 総裁。人間界の『総理大臣』とか『大統領』とかいうものだ。吸血鬼界のトップ。おそらく前回も今回もそれが絡んでいる。だから、本来俺たちを助けてくれるさっきの地区統括監も助言できないのであろう。

「総裁自らが法に触れることを」

「法には触れていないんですよ『やむを得ない事情』なんですから」

「屁理屈だ」

「目に見えない相手からの屁理屈だと、すごく腹が立ちます」

 総裁は名前も顔も知らない。ベールに包まれたままだ。俺が吸血鬼になったときも、詩音くんがそうなったときも、知らされることはなかった。存在は確かにあっても、その存在を確かめることができないいわゆる偶像のようなもの。

「でもその屁理屈に負けて、私は、また吸血鬼にしてしまうのですかね」

 詩音くんは俺にもう1本煙草をねだって、深々と一服した。

「そんなに諦めの早いやつだったか、君は」

「……だったらここに来てませんよ。今の煙に憂いは全部乗せました」

 多分腹は決まっていたのだろう。煙草と共に、想いの整理をしたかったのだろう。


「助けてください幕張さん。私は春日井未広君を吸血鬼に絶対にさせたくありません」


 賀川詩音は、深々と頭を下げた。


〇吸血鬼基本法

(生前の人間を吸血鬼とする行為)

第六条 吸血鬼が新たに生前の人間を吸血鬼とする行為を禁じる。ただし、吸血鬼の生存に関わるやむを得ない事情があるときは、この限りでない。

2 前項の「吸血鬼の生存に関わるやむを得ない事情」については、各地区長が定める。

3 第一項の規定にかかわらず、人間の血液を吸血することによって人間の寿命を短縮させる行為については、これを害しない。

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