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普通の高校生とヴァンパイアの四季  作者: 湯西川川治
冬の話
33/226

ここは禁煙です 4

     4


「うーん、これ吸血鬼界にもテイクアウトしてくださいよ」

「あらあら、わたし行こうかしら」

 あやめさんは詩音さんに甘味を褒められてまんざらでもなく、別のテーブルで2人でお茶を飲み交わしていた。

「何をしに来たんだ詩音くんは」

 呆れながら後から来たあんみつに舌鼓を打ってる幕張さんも人のこと言えないと思うけど。

「結局、乗り込んできた幕張さんを追って詩音さんが乗り込んできたって話で良いんですね」

「間違ってはいない」

「止めに来た、ってわけじゃなさそうですね。地区長さんって言ってましたし」

「いや、勇み足で人間界をやってきた俺を止めに来た、っていうのに間違いはないだろう」

 実際、策はないのだから。と幕張さんは頭を掻いた。

「じゃあ何をしに来たんですか、幕張さんこそ」

「さっき言った通りだ。牧穂くんの進捗を見に来たのと、君の顔を見に来た。今はただそれだけだ」

「お眼鏡にかなう人でしたか、未広さんは」

「一緒にタバコを吸ってくれる不良少年じゃなかったがな」

 幕張さんはそう茶化す。でも茶化してくれるくらいには信頼されたということかな。

「まあ、風の噂で少々面倒なことになっているというのを聞きつけたというのもあるが」

「誰から聞いたんです」

「詩音くんだ。彼女の情報収集能力は天下一品だ」

「新聞部に欲しいな」

「あら、私も未広君たちの高校に転入しようかしら」

 いつの間にか幕張さんの隣に戻ってきていた詩音さんが笑いながら頬を膨らませる。

「牧ちゃんだけずるいです」

「何言ってるんですか詩音ちゃんは」

「あら、嫉妬かな?」

「美菜さん、この人店員さん権限でこの店から追い出してください」

 静かに言いながら、牧穂さんは店の外を指さす。牧ちゃん、と呼んでいるからきっと詩音さんも大学生とかそんな感じなんだろう。というかすごい親しい感じだ。そんな様子を見ながら僕はぼやく。

「上司と部下なんですよね」

「歳は同じなので詩音ちゃんとはこんな感じなんです」

「本当だったら牧ちゃんの方が先に地区長さんになってもおかしくなかったのに、渋ってるんですよね」

「私はそういう肩書にはこだわらないので」

「なっちゃえばよかったのに」

「なっても何もいいことないので。ストレスで煙草に手を出しそうです」

「確かに」

 うんうん、と同意する詩音さん。止めたはずの煙草に手を出すほどにはストレスフルらしい。

「ところで未広君、牧ちゃんはこの世界でどんな感じかしら?」

「どんな感じ、ですか」

 フワッとした物言いでなんといえばいいか迷ったけれど、確実に言えることとしたら。

「美しくて可愛い人です」

「なっ」

 わかってる。こんな反応をするのはよーくわかっているつもりでしたけれど。

「あらあら照れちゃって。2人付き合ってるの?」

「付き合ってません」

「あらもったいない」

「牧穂さんにもったいないんです。僕が」

「あらあら。結婚するまで処女は守り通そうって今時純潔な女子だから、大事にしてあげてくださいね」

「襲いませんから。それに僕は他に好きな人が……」

「うん? 令奈ちゃん?」

「いや、まあ、そうともいうし、いいませんし」

 思わず口を滑らせてしまったけどもう遅い。でも、このもやっとした気持ちを言葉で言い表すことは難しいと思った。

「うーん、まあ吸血鬼だからね。別に吸血鬼を好きになっちゃいけない法律はないし、愛を確かめ合ってはいけないっていう条例はないけれど、色々と難しいですからね」

「逆もしかり、ですか」

「うん。例えば牧ちゃんが未広君のことが好き、って意を決して夜這いをすることだって悪くない」

「襲わない! 大体未広さんは令奈ちゃん以外に他に好きな人が」

「あ、ちゃんといるんだ。人間で好きな人」

 ちょっとやめてよ牧穂さん。美菜ちゃんに助けを求めるけれど、ふい、と目線を逸らされてしまった。そんな様子を見てか、詩音さんはにやりとした。

「あー、なんか分かった気がします」

「何がですか」

「んー? 頑張ってね、未広君。あ、店員さーん、ちょっと注文いいですか?」

 美菜ちゃんを呼びつけて、紅茶を注文する詩音さん。そして注文を聴き終えた美菜ちゃんは、なぜだか顔を赤くしていた。何やら耳打ちされたらしい。

 そして、牧穂さんの元に駆け寄り、赤い顔しながら冷たい目でこっちを見た。

「……牧穂さん、未広先輩と一緒に出禁にします、店員権限で」

「……どうぞよしなに」

 怖い怖い。幕張さんは我関せずでほうじ茶飲んでるし、義治さんはカウンターの奥だし、あやめさんは優雅に笑ってこっち見てるし。僕を助けてくれる人はいなさそうだった。

「ふふふ、本当に転校してこようかしら」

 一連の流れを満足そうに見届けた詩音さんは、無邪気に笑っていた。

「本当に何しに来たんですか、この世界に」

「あら、私だって甘味を食べるためだけにここに来たんじゃないんですよ。この甘味のために毎日頑張ってるのかもしれないですけど」

 僕が呆れた声を出すと、詩音さんは真面目な顔をしてそう言う。そして、笑みを消して、本当に大真面目なことを続けて言った。

「実は、ひとつだけ令奈ちゃんを止める策があります」

 一同の表情が引き締まる。だったらそれを先に言ってくださいよ、という雰囲気に包まれながら、次の言葉を待つ。

「それにはいくつかの条件があります。その条件をかなえるために、私は来ました」

「条件?」

「散々世間話をしちゃったので簡潔に。2つ条件があります。第1の条件は、湯西川牧穂の記憶を取り戻すことです」

 牧穂さんが目を見開いた。彼女の記憶の奥底にある、高津令奈を吸血鬼にしたという真実。その言伝を裏付けること。でもつまりそれは、牧穂さんに真実を伝えることを意味した。

「牧ちゃん、あなたは今記憶喪失の彼方にいる。私は、記憶操作を解除できる能力を持っています。私が、あなたの記憶をお返しします」

 お返しします。まるでそれを自分が持っているかのように言う詩音さんに違和感を覚えて、僕は詩音さんを見た。初めて、彼女に苦悩の表情が浮かんだ。そして、重い声で僕たちに告げた。


「——だって、その記憶を消したのは、賀川詩音なんですから」

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