ここは禁煙です 3
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「君も吸うか?」
「どうみても僕は未成年にしか見えないんですけど」
「ははは、冗談だ。まだ10年早い」
「そんなに先でもないですけども」
「興味があるのか?」
「吸ってる姿はかっこいいと思いますけど、実際には吸いたいとは思いません」
「はは、それがいい」
幕張さんは今吸っているたばこを灰皿に潰した後、もう一本取りだして火をつけて、吸った。吐く息とともに煙が揺らいで、その向こうの幕張さんはご満悦だ。僕は不良少年にはなれないらしい。
「それじゃあ代わりに」
幕張さんがポケットから取り出したのは、ボンタンアメだった。
「そこはココアシガレットとか出してくるところじゃ」
「あいにく売ってなくてな。美味いぞ、ボンタンアメ」
確かにそうだけど、と四角くてちっちゃいそれを口に放り込む。オブラートの向こうから甘酸っぱい味が染み出してきて、思わず頬が緩む。
「護られるのが君で良かった」
「いきなり何を言うんですか」
「いや、素直で、優しい君だったからこそ、牧穂もうまくやれているんだろうなあと」
幕張さんは優しげな眼で呟く。僕が何を出来たかわからないし、牧穂さんの『僕を護る』ということはまだ達成されていないけど。
「見ず知らずの男子を護るために人間界に放り出されるだなんて、いきなり上司が部下にすることじゃないなとは思うんだが、仕方がなかった」
誰に言い訳するでもなく、幕張さんは煙をくゆらす。
「ボンタンアメ、もう一個もらってもいいですか」
「ん」
もらったボンタンアメを手のひらで転がしながら、僕は幕張さんに問いかける。
「どうして、牧穂さんに本当のことを言わなかったんですか」
牧穂さんが怜奈を吸血鬼にした事実だけでじゃなくて、何か他に理由があると思った。だから僕は幕張さんを追っかけて一服しに来たんだ。
「何、簡単なことだ」
幕張さんは短く言って、煙を吐き出した。
「——もし本当のことを話せば、彼女は死を選んでしまったからだろう」
「吸血鬼の、死、ですか」
「俺たち吸血鬼はもう死ぬことができない。だけど、牧穂ならどんな手を使ってでもそれをしようとしたに違いない」
生きた人間を吸血鬼にする行為はもともと吸血鬼界では禁じられている。でも、自分はその結果で吸血鬼になったことを無理やり受け入れている。受け入れてはいるけど、認めてはいない。確かに、そんな牧穂さんが、自分が『そうした』ってことがわかれば、この間の一件以上に錯乱することは想像できる。。
「でも、今のあの子だったら、その真実を受け止めるだけの力がある。君と一緒に話していて、それを思ったから吹っ掛けたまでだ」
もしかしたら、壊れてしまうかもしれないというリスクを負ってでも。
「だから、感謝する」
幕張さんは、吸い切った煙草を灰皿に擦り付けた。
「あ、幕張さん!」
一服から涼み亭に戻ってくると、幕張さんの名前を呼ぶ女性が一人増えていた。
「詩音くん」
そう名前を呼ぶところを見ると、幕張さんの知り合いらしかった。
「幕張さんが人間界に殴り込みに行った、って言って慌ててきたんですよ」
いわゆる『おこ』とも安心とも取れるような表情で、牧穂さんと同じくらい美人さんは幕張さんに言った。
悪い悪い、気が急いたと答えて座る幕張さんの目の前に、義治さんが涼み亭自慢のほうじ茶クリームあんみつを置いた。
「はい、ほうじ茶クリームあんみつです」
それを見て、詩音さんと呼ばれた女性は、手を挙げる。
「店長さん、私も甘くておいしいやつお願いします」
「かしこまりました、お嬢様」
茶化す義治さんをにらむ、あやめさん。
「詩音くん、先に食べていいぞ」
「あら、幕張さんが頼んだのに」
「同じものを頼むからよい」
「ありがとうございます!」
早速スプーンでクリームを掬って口に入れた彼女は、あまりにもおいしかったらしく顔をとろけさせていた。
「あの人、牧穂さんも知ってる人ですか?」
「はい、くだんの地区長さんです」
この人が怜奈を止めてくれようとしてくれている人か。ジーっと見つめていると、目が合った。
「あ、あなたが春日井未広くんだね」
初対面の僕の名前を平然と呼ぶ彼女は、自己紹介を始めた。
「改めて自己紹介。私は賀川詩音と申します。賀川さんでも詩音さんでも好きに呼んでください。あ、あと説明は省きますが吸血鬼です」
だろうな、とは思った。幕張さんの名前を初見で知っているし、人間界とか言っているし、何より地区長さんだし。にしてもなぜリクルートスーツ。いや黒髪ポニーテールには最高の組み合わせなんだけど。色々考えていると、詩音さん(幕張さんがそう呼んでいたから倣って)は胸ポケットから四角い箱を取り出して、、中から筒状のものを出した。ちなみにココアシガレットじゃない。それを口にくわえて、同じく胸ポケットから取り出したマッチで火をつけて、煙を吐き出した。
「だから、ここは禁煙です!」
どん、と大きな音を立てて詩音さんの前にほうじ茶を置いて、美菜ちゃんはとうとう声を荒らげた。





